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「あの……エド」


「お兄様。私、その話は聞きたくないわ」


 朝食の席で、私にとって完全に無関係な男性の話をしようとした兄の言葉をピシャリと遮り、食後のデザートを食べ終わって席を立ち上がった。


 これまで大人しかったのに急に反抗的な態度を見せた私を見て、兄は驚いた顔をしていた。


「リゼル……お前、どこに行くんだ?」


 立ち上がり久しぶりに外出用ドレスを着ている私を見て、兄は不思議そうだった。


 社交なんてしない私には必要ないとはこれまで言って居たのだけど、母からの言いつけで何着か作ったドレスの中でも、一番お洒落に見えるようなものをメイドに出して貰った。


 薄茶色生地に水色のレースがところどころにあしらわれていて、普段地味なドレスしか着ない私にはかなり背伸びしたドレスだった。


 こんな機会でもなければ、もしかしたら、着ることもなく終わってしまっていたかもしれない。


「ええ。城に行くのよ。私『令嬢ランキング』に参加するの。締め切りも近いし、今日、届け出をしに行くから」


「……何!?」


 兄スチュワートが目を見開いて驚いた顔を見て、私は半目でふっと息を吐いた。


「どうせ、私が参加したって無理とでも言いたいんでしょ? お兄様は、いつもそう言うもの。けれど、反対しても無駄よ。参加したいと願う貴族令嬢の希望は、国王陛下がお守りくださるそうよ」


 ここで止めるならば、建前上だとしても権利を守ってくれると言う国王陛下と争うことになるという気持ちを込めて兄を見れば、彼は懸命に首を横に振っていた。


「いやいや、そういう訳ではない。そういう訳ではないが……リゼル。エドワードと何があったら、いきなりそんな事になってしまうんだ」


 これは思わぬ事態が起きたとでも思ったのか、兄は頭を抱えていたけれど、私はエドワードの話をしたくないし聞きたくないから、食堂を後にしてフォーセット男爵家をさっさと出ることにした。



◇◆◇



 参加締め切り日が近いせいか『令嬢ランキング』事務局の周囲には、数人の貴族令嬢たちが集まっていた。


「やだ。嘘でしょう……あの野暮ったい子が、『令嬢ランキング』に参加するつもりなの」


 興味津々に好奇の視線を向けられても、私は反応しなかった。


「本当ね。もしかしたら、何かと間違えているのかしら」


「『美貌』では、きっとあの子が最下位ね。何あの時代遅れのドレス。わかりやすい子が居て、良かったわ」


 背後でひそひそと囁かれる言葉も、クスクスとわざとらしい笑い声だって、別に気にならない。


 『令嬢ランキング』で、外見が関係あるのは『美貌』の国民投票だけ。


 じっくりと読み込んだ制度によると『知性』と『品格』さえ、首位近くに居られれば、序列五位以内になれる可能性は十分に有り得ると計算出来たもの。


 私本人だって、美しいとは言える容姿を持っていないとは知っているけれど、『品格』の面では話したこともない同年代の同性を嘲笑混じりに馬鹿にする彼女たちよりも勝っていると言い切れる。


 私は無表情無反応の女性事務局員に事前に署名していた書類を渡し、割り印のある控えと参加者に配布される規定集(ルールブック)を貰った。


 ふう……これで、無事に届け出完了ね。


 帰ろうと私が後ろを振り返って、集まっていた彼女たちを直視したら、届け出を終えたばかりらしい三人の貴族令嬢は素知らぬふりをして廊下を歩き出し移動して行った。


 ……あら。時代遅れのドレスだと言われても私だって彼女たちの言っている通りだと思うし、正しいことを言っていると思うのなら、別にここから逃げる必要もないと思うけど……。


 立ち去って行く彼女たちのドレスは、確かに華やかで美しくて……それに、髪型も流行の形に結われていた。化粧(メイク)だってケバケバしい派手な印象になることなく品良く施されている。


 対する私は、化粧もろくにしていない。したとしても、大きな眼鏡が邪魔して、ほとんど見えないかもしれないけれど……。


 ……ああして、外見が少しでも良く見えるように努力している彼女たちに対し、私は確かに努力を怠っていた。


 そう気がついてしまうと、今着ているドレスだったり髪型だったりがなんだか恥ずかしく思えて、書類を胸に抱えて慌てて早足で移動することにした。


 趣味の編みぐるみに没頭する世界に居られれば、誰にも何も言われない。誰も私を傷つけない。幼馴染みの公爵令息と結婚するのだろうと、淡い未来を夢見ていられて何も努力しなくて良い優しい世界に居られた。


 ……けれど、もう今は違う。エドワードは私と違う誰かと結婚するし、狭い世界で夢見て居られない。


 人通りの少ない廊下にまで移動すると、私は今着ている薄い茶色のドレスの裾を指で摘まんだ。


 お母様に言われて作ったドレスだって、これまで何も考えていなかったけれど、彼女たちに比べれば野暮ったい。ああして、馬鹿にされて笑われてしまっても当然のことなのかもしれない。


 私はこれまでに……何をしていたのだろう。思い返しても何の努力もしていない。


 本来なら貴族令嬢として生きるべき現実を生きて居なくて、ただ現実逃避して、可愛い編みぐるみを自己満足で作っていただけだった。


 結婚の約束をしていたはずだった幼馴染エドワードと結婚しないのなら、他の男性と結婚する必要がある。


 けれど、私はこれまで貴族の本分である社交をまったくしていなかったし、通常貴族令嬢が結婚相手を探すために出席する夜会での出会いを期待出来ない。


 そして、『令嬢ランキング』序列五位以内になってしまえさえすれば、条件の良い男性に求婚することが出来るし、断られる可能性だってとても少ない。


 どう考えても、これが私にとって、一番良い道なのだと思う。この時点での自分がどうであるかを直視して認めて、出来ることから改善していかなければ。


 そうすれば、これまでの何もかもを覆せるような、大逆転のチャンスを狙うことが出来るかもしれない。


 だから、もう……私は、やるしかないんだわ。


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