05 勝算
その日。兄スチュワートが帰宅して『エドワードと話したのか』と確認されたので『彼はもうフォーセット男爵家に来ないと思うわ』と伝えると、まるで思わぬ酸っぱいものを食べてしまったかのような妙な表情になっていた。
けれど、その後はエドワードについては一切触れず、いつも通りの会話をしただけだ。
てっきり私が期待させるようにはっきりしない態度を取り続けていたエドワードと決別したことを喜んでくれると思っていたのに、変な態度になった兄の気持ちは良くわからない。
……まあ、別に良いわ。
妹の私にとって、エドワードが幼馴染ならば、兄にとっても同じこと。そんな幼馴染があまり邸を訪ねて来る事がなくなると思えば、色々と思うところがあるかもしれない。
エドワードの気持ちを確かめるようにと、背中を押してくれたことについては兄に感謝をしなくては……無駄な時間を過ごすことなく、これで前を向けるというものだわ。
そして、私はこれまでに考えたこともなかった新しい挑戦を前にして胸を高鳴らせていた。
「さて……と、これが『令嬢ランキング』案内書ね」
実は『令嬢ランキング』については、開催前には参加する権利を持つ十六から十八歳の貴族令嬢たちに分厚い封書が届く。
もちろん。今年社交界デビューを果たしていたので、私の元にも届いていた。
儀礼的な挨拶の下には、参加するならばこの日付までに、城内に設けられた『令嬢ランキング』運営事務局へと届け出をすることと書かれていた。
慌てて壁に貼ってあった暦を見ると、指定された日付まであと一週間の余裕があるので、安心してホッと息をついた。
……良かった。エドワードにあんな風に啖呵を切っていたのに、届け出の締め切りが過ぎていたなんて、あまりに間抜け過ぎるわ。
「届け出は……同封の書類に、自分の署名だけで良いのね……」
同封の届け出用の書類には、こちらの参加届け出をした場合、国王の名において参加する自由を授けると約束されている。
つまり、本来ならは父親に結婚相手を決められてしまう弱い立場にある貴族令嬢たちだけど、『令嬢ランキング』に参加する自由は、国王陛下が守ってくださるらしい。
求婚者がたくさん数居る令嬢ならその中から選べば良いんだけど、私だって社交界デビューして三年しても求婚者が現れなければ選んでいる場合ではなくなるだろう。
そう言った意味でも、私のような身分の低い貴族令嬢を救済してくれる有り難い制度なのだ。
南国から嫁がれた三代前の王妃様、本当に感謝します。
「品格、知性、美貌……品格は期間中の振る舞い全般で、知性は教養を見る試験、美貌は国民の人気投票で決められる……」
国民人気投票については、私だっていつも参加しているから知っている。
その年の『令嬢ランキング』参加者たちが祝祭で王都中を山車に乗って練り回り、国民に投票を呼びかけるのだ。
私はもちろん、去年はアイリーン様に票を入れた。
彼女は本当に華やかで美しくて嫋やかで、エドワードをあの方に取られてしまったのならば、納得もするかと言うものだった。
「とは言え……一位になるためには、どうすれば。うーん。そうよね。一位は難しいかもしれないけれど、せめて五位以内には、絶対に入りたいわ。せっかく、参加するのだから」
今年は、どの程度の数の参加者が居るのかは、まだ開催前でわからない。けれど、大体は二十名程度で、少ない年は十名程度になる。
『令嬢ランキング』序列五位までは、求婚する男性を自ら選ぶことが出来るので、私のような下位貴族令嬢が挑戦することが多い。
しかも、求婚したならば長い歴史の中、一度も断られたことはなかった。これこそが、下位貴族令嬢たちがこぞって『令嬢ランキング』に参加する目的。
『令嬢ランキング』上位者を育て上げる専門の家庭教師だって居るくらいなのだ。
異国に行ってしまったお父様とお母様はいつ帰って来るかはわからないし、兄スチュワートに掛け合っても、雇っては貰えないと思うけど……。
けれど、特に慢心している訳ではなく私に教養を学ぶ家庭教師は必要ないとは思う。
何故かというと、学者の血筋の中で居て、常に勉強するのが当然という家庭環境に育ち、一般教養含め専門分野にも詳しいし、知識は幅広く持っているからだ。
「そういえば……前に捜し物をしていた時に、図書室で『令嬢ランキング』過去問を見たことがあるような気がするわ……」
フォーセット男爵家にある図書室には、多彩な書物で溢れていて、代々学者だったせいかそうそう手に入れることの出来ない高価で貴重な書物が当たり前のように並んで居る。
私は以前、天文学の本を探していた折りに見掛けた、何かの間違いで棚に紛れ込んでいたらしい『令嬢ランキング』運営事務局が出版した『知性試験過去問題集』を図書室から持って来た。
そして、紙を用意して解き始めると、なんだか肩透かしにあった思いだった。
「あら。かなり簡単なのね。一般教養は、こんなものなのかしら……」
正直に言ってしまうと、私から見れば信じられないくらい簡単な問題が並んで居たのだけど、働くことがない貴族令嬢に教養を必要とするのならば、この程度で十分かもしれない。
なんと、自己採点すると満点だった。それほどまでに、私からすると簡単な問題だらけだったのだ。
けれど、私のような学者の娘という境遇の貴族令嬢は、レニア王国には私しか居ない。
「そうね……三つの科目の総合点で、順位が決まるのだから……もしかしたら」
私以上に勉強をしているご令嬢が参加されるならば負けてしまうかもしれないけれど、皆、普段は社交に時間を使うだろうし、勉強にそんな時間を使っているのは悲しいことに私だけだと言い切れてしまう。
そして、私が『知性』の試験で一位を取ることが出来て、『品格』の試験で三位以内にあったとする。
そうなるならば『美貌』の国民人気投票で、仮に最下位近くになったとしても、五位以内を十分に狙える順位になるのだ。
だから、ぶっちぎり一位とはいかないかもしれないけれど、序列五位以内に入ることは不可能ではない。
ううん……こうして制度を確認して楽観的に考えると、序列五位に入れる可能性は、かなり高いと考えて良いのかもしれない。