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04 決意

 かなりの時間をそのまま蹲った体勢のままで居た私は、エドワードはもう行ってしまっただろうと判断して、立ち上がった。


 エドワードは王太子に付いて働く忙しい宰相候補のはずよ。こんな場所に、長時間も居るはずがないわ。


 ほっと息をついた私が身動きした音が、部屋の外にも聞こえたのかもしれない。


「……リゼル?」


 私たちを厚い木で出来た扉を隔てていることによって、くぐもって聞こえるエドワードの低い声。


 エドワード……まさか。まだフォーセット男爵邸に居たんだ。私は両手を口に当てて、驚いていた。


 もうとうの昔に帰ってしまったと思っていたエドワードは、まだ図書室の外に居る。


「エドワード。話すことなんて、何もないと思うけど?」


 私たち二人にはもう、話すことなんてない。私のそれまでの思い込みが覆った決定的な出来事だった。


 それに、エドワードは本来ならば、フォーセット男爵家に居るべき人でもない。


 ……特に未婚の私一人しか、この邸に居ない時には。


「その……どうか、話を聞いてくれ。リゼル」


 必死にも聞こえる声音……あら。いつも余裕ある態度を崩さないエドワードが、こんなにも慌てて居るなんて、すごく珍しいかもしれない。


 幼馴染みの私が彼にこんなにも怒って言葉をまくし立てるなんて、これまでになかったことだから当然のことかもしれないけど。


 けど……別に私だってエドワードの事が好きだったし、出来るだけ優しくしたいと、これまで思っていた。


 エドワードと結婚したいし、いつかは婚約を申し込んでくれるだろうと、そう信じて居たから。


 ただの思い込みだったという悲しさや馬鹿にされた悔しさ。そして、言葉に出来ないほどにやるせない……好きな人から誰かと比べて見下されたという感覚。


 じわじわと身体全体が熱を帯びていくように、怒りの感情が燃え上がった。


「私。今年度『令嬢ランキング』一位に、なってみせるわ!」


「なっ、何を言っているんだ! リゼル。おい。少し待ってくれ」


 扉の向こうから聞こえて来るエドワードの声は、呆気に取られていて驚きに満ちていた。


 これまでろくろく外出もせずに、引きこもりって趣味に没頭していた私がまさか『令嬢ランキング』に参加しようとするなんて、まさか夢にも思っていなかったのだろう。


 それは誤解で私だって外出しようと思えば出来るし、何かをしようと自分で思えば出来る。


 幼馴染みエドワードと兄スチュワートは、私について何もかもわかっていると訳知り顔なのかもしれないけど、言葉にしている見えている部分しか彼らは私のことを知らない。


 だって、現にエドワードは私がここまで怒りをあらわに出来る子だと知って、こうして驚いているでしょう?


 ……何が『令嬢ランキング』に出て居るご令嬢は、私とは違う……ですって? ならば、私だってアイリーン様のように、自分を律し、自分を磨いてみせる。


 お兄様も、エドワードも! 今に見ていなさい。 私には何も出来ないって、馬鹿にして……。


 エドワードの心ない一言による怒りによって、火が付き、メラメラと燃え上がる心の炎。


 幼い頃に結婚の約束をしたことを、私が何も言わなかったことを良いままに、このまま何もなかったことにして終わらせようとしたなんて、絶対に許せない。 


「序列一位になって……王太子を、指名するから!」


 見えていないとわかりつつ、私は扉の向こうに居るエドワードを指差した。


 これは、決意。そして、覚悟。


 私に期待させるだけさせておいて、何の責任も取らなかったエドワードを、必ず後悔させてみせるわ。


「なっ……何を言い出して……リゼル。待て……ああ。なんだ? 今、大事な話を……」


 エドワードはどうやら連れて来たグレイグ家の従者に何事か話しかけられ、チッと大袈裟に舌打ちをした。


「リゼル。僕が悪かったから。謝るから。とにかく、今は行かなければならない時間で……また話そう」


「早く帰ってって、何度も言っているでしょう!」


 何を謝るの。私の方には、もう話すことなんてない。


 エドワードはアイリーン様と、思う存分親交を深めれば良いのだわ。


「……ごめん」


 エドワードは一言だけ謝って、廊下を歩き去って行ったようだ。どんどん遠くなっていく足音に、物足りないような、ほっと安心したような……不思議な気分になった。


 ……ええ。さようなら。エドワード。


 私は幼い頃から、結婚すると思っていた人……ううん。単に思い込んでいた人との関係を、今日ここで終わらせた。


 長い間、私はエドワードと結婚するから何も心配要らないんだと思っていたけれど、それは私にとって都合の良い実のない幻想でしかなかった。


 美しく教養に溢れ社交界の華として賞賛される、あのアイリーン様に何の努力もしていない私が敵うはずがない。


 私だってそう思うし、私以外の誰もが、そう思っているはず。


 ……まざまざと自分が居る立場を思い知り、心の中にはぽっかりと大きな空白が出来ていた。


「王太子に求婚は、無謀だったかもしれない……」


 さっき、エドワードには『令嬢ランキング』にて私が序列一位になって王太子に求婚するとは言ったけれど……流石にそれは、言い過ぎたかしれないもと反省した。


 王太子殿下は要するに次期国王となられる方なので、これまでに『令嬢ランキング』で序列五位以内になろうが、王太子殿下に求婚するような勇気のあるご令嬢は居なかった。


 それに、自分で条件が一番良い結婚相手を選べるとするならば、複数の妻を娶ることの出来る国王ではなくて、自分一人を愛してくれる男性が良いと思ってしまう女性は多いはず。


 自分の力で結婚相手を勝ち取ろうとするような自立した女性であれば、より一層そう思ってしまうのかもしれない


 やがて、外から聞こえてくる微かな喧噪は、もう聞こえなくなり静かな静寂が訪れた。


 慌ただしく去って行くような急用があったようだし、エドワードの馬車が行ってしまったのだろう。


 そもそもエドワードが常に多忙なのは、王太子の傍近く仕える次期公爵だからだ。私が彼にとって身近な存在の王太子に求婚すると聞いて、かなり驚かせてしまったのかもしれない。


 姿形の良い、宰相候補とも言われる、将来有望な公爵令息……そんなエドワード・グレイグに、似合う女性だと勘違いしていられた時間は、もしかしたら、不運であり幸運なことだったのかもしれない。


 ……けれど、私はもう覚悟を決めた。


 あんな不誠実なエドワードなんかよりも、もっともっと良い男性と結婚する!


 身分の高さで言うと、レニア王国では王子様しか居なくなってしまうけれど……これから、外に出て色々な人と知り合えば、もっともっと素敵な男性に巡り会うはずだわ。


 私はまだ、社交界デビューを果たしたばかり。これまでは夜会にはあまり顔を出して居ないけれど、これからの私は違う。


 出るはずがないと思われていた『令嬢ランキング』に参加して、私が結婚したいと思う人に、これまでのように、ただ待って居るだけではなくてこちらから求婚するの!

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