32 誤解
そんな予想もしなかった大騒ぎもありつつ、会場はまた順位発表へと戻った。
二位だと紹介されたご令嬢は、なんと私の友人キャスティンの妹ソフィア・マクダウェル伯爵令嬢だった。
そして、進み出て拍手に応える彼女を見て、私はソフィア様に罠に陥れられようとしていた事を思い出した。
……あれで大きな騒ぎになってしまっていたら、最終的に発表された『品格』の審査でより低い順位になり、私は総合的に五位になったけれど、それが出来なかったかもしれない。
エドワードが見つけてくれて、本当に助かったわ。
キャスティンに一度、妹ソフィア様の事を聞いたことがあったけれど『妹は大人しくて口下手』と評していた。
私に罠を仕掛けようとした彼女の印象とは全く繋がらず、なんだか違和感を覚えたものだった。
そんな彼女は先ほどのシャーリー様の件もあり、すぐに引っ込んでしまうだろうと誰もが予想していたと思う。
……けれど、私の目に映ったものは、信じられない驚きの光景だった。
二位だと発表された後、ソフィアはエドワードの元へと歩み寄り、王太子の近くに居る彼の前へと立ったのだ。
私を陥れようとしていたソフィア様はなんと驚くことに、エドワード狙いだったらしい。
だから、私の事を罠に掛けようとしていたのかしら……? もしかしたら、キャスティンから私とエドワードは幼馴染みだと知っていたのかもしれない。
先ほどの騒ぎを考えれば、ここで二人目のご令嬢を断ってしまうなんて……エドワードは出来なくはないけれど、とってもしづらいかも……。
だって、レヴィンは何をしても許されると言っても過言ではない王族だけれど、エドワードは公爵令息とは言え貴族……ここでまさかの二回目の断りを入れるなんて。
意を決したソフィア様が口を開くその前に、エドワードが言葉を発した。
「……いい加減にしてください。巻き込まれて、迷惑です」
……え?
ソフィア様の動向を見守るために会場中静まりかえっていて、エドワードの声は空間を抜けて響いていた。
どういう事かしら? ……ソフィア様が何かトラブルに巻き込まれていて、それに巻き込まれたくないということ?
エドワードの謎の言葉はソフィア様に向けてのものではないと理解出来たのは、数秒後のことだ。
「……ソフィア」
レヴィンに良く似た王太子殿下は立ち上がり、彼女の前へ進み出た。
「私が悪かった……許して欲しい」
許しを乞うように彼はソフィア様へと手を差し出し、ソフィア様は涙目になった。
そして、二人は固く抱き合ったので、会場中は大歓声が起きた。すぐ近くに居た私も、他のご令嬢たちもただ驚くしかない。
『令嬢ランキング』の順位を発表する閉会式では、思いもよらぬドラマがあるとは聞いていたけれど、まさか二回続けてこんなことがあるなんて……。
「実は、我々は恋仲だったが数ヶ月前に、喧嘩をしていたのだ。謝罪せねばと思っている内に、ソフィアが『令嬢ランキング』へ出場することになってしまった。連絡しても全く返信がなく……私が悪かったのだ。騒ぎになったが、許せ」
王太子殿下は男らしく騒ぎになってしまったのは自分が悪かったと、喧嘩の後色々と思っていたらしいソフィア様のことを庇い、会場は拍手に包まれた。
王太子殿下に嫉妬させたくて、彼の側近のエドワードに求婚を……?
それに、もしかして私を罠に掛けようとしたのは、私が『令嬢ランキングで首位になって王太子殿下に求婚する』と宣言していたから、何かの拍子で彼女の耳に入った?
彼女は私と距離の近いキャスティンの妹だもの……あり得ないことではないわ。
何故、大人しそうでソフィア様が私のことを罠に掛けようとしたのか、これで理解したわ。だって、そんな嫌がらせなんてしなさそうだもの。
普段はそんなことを考えもしない……ソフィア様はそれほどまでに、王太子殿下のことを愛していたからだわ。
誰かを蹴落としてでも、王太子殿下を渡したくなかったけれど、いざとなったら勇気が出なくて……エドワードの前に来たのね。
「……失礼。少しお時間をよろしいですか」
その時、エドワードが真っ直ぐに進み出て、司会がこの場で一番身分の高い王太子殿下が頷いたのを確認して手をかざし「どうぞ」と言った。
「僕はリゼル・フォーセット男爵令嬢と結婚します。他の誰の求婚も、受けませんので」
堂々とした宣言に周囲はポカンとしていたけれど、割れんばかりの拍手が響いた。
そして、エドワードは私に歩み寄って微笑んだ。
「私から……ここで、エドワードに求婚するつもりだったのに!」
小声で彼を睨めば、エドワードは涼しい顔で言い返した。
「結果は同じだから。怒らないでよ。リゼル」
私の怒りなど全く意に介さないように、エドワードは余裕を見せた。
なんだか悔しいと思ってしまうけれど、エドワードと結婚するという目的は果たされることになるのだから、それもおかしな話なのかもしれない。
閉会式で起こったとんでもない三つの出来事に、国民たちは当分大騒ぎだろうけれど……きっと、すぐにそれを忘れてしまうだろう。
そうして……来年の閉会式は、またとんでもない事が起こるのだわ。