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28 夢

 私が目を覚ますと、朝日を浴びた窓に白いイタチが見えた。


「……シルヴァン?」


 それは、常にエドワードの傍に居るという神の使い雷獣だった。


「おはよう。リゼル」


「……おはよう」


 雷獣は特別な神の使いだとわかっていても、やはり、白いイタチが人の言葉を話すなんて不思議な気持ちになった。


「昨日は、頑張っていて凄かったね。僕もエドワードと一緒に居て、ずっと見ていたよ」


「そうなの?」


 実はエドワードは馬車で城まで送ってくれただけで自分は仕事があるからと、審査の時も会わなかったのだ。


「……君の気が散らないように、隠れて見ていたんだよ。変な緊張を招いてしまってもいけないだろう?」


 それは確かに、そうなのかもしれない。エドワードは自分は見に行けないからと私に嘘をついて、彼に見られているかもしれないという緊張を与えることなく頑張っていた姿を見守ってくれていたのだ。


「エドワードは、優しいのよね」


 ぽつりと呟いた私の言葉に、シルヴァンは可愛らしい耳を動かした。中身は大人らしい言葉を話す神の使いなのに、とっても可愛らしい仕草に思わず微笑んだ。


「昨日は遅くまで起きていたから、今日は休みだし、遅くまで眠るだろうと思うよ」


 ベッド近くまで近付いて来たシルヴァンは、髭を動かしながらそう答えた。


 昨日の祝祭は新年にほど近い週末に行われるので、今日は休日だった。年に一度の盛大なお祭りだし、きっと


「ああ……祝祭だから、誰かとお酒でも、飲んでいたのかしら」


「いやいや。興奮して、目が冴えていたみたいだよ。それに、エドワードは今は恋をしているから、眠りたくないんだろう」


「……どうして?」


「起きて見えている現実の方が、夢よりも素敵だからさ」


 私は無言で白いイタチをじっと見つめてしまい、彼は恥ずかしそうに目を逸らした。


「見つめ過ぎだと思うよ」


「ごめんなさい……あまりにも、素敵な事言うから」


 夢の中よりも現実の方が素敵に見えてしまう……? それは、そうかもしれない。私だってエドワードの居ない夢の中よりも、エドワードの居る現実の方が良い。


 シルヴァンは首を傾げてから、何度か頷いていた。


「君はエドワードが『加護』を持っていても、神からの試練に打ち勝つことを望むんだね?」


「ええ。もちろんよ!」


 私はシルヴァンからの質問に、間髪入れずに答えた。もしかしたら、何も知らなかった頃の私なら、尻込みしてしまったかもしれない。


 けれど、今はそうではない。困難があったとしても、立ち向かっていける。難しいと思えることにも挑戦した過去があるからこそだと思う。


「……ふーん。僕はエドワードに別の子探した方が良いんじゃないと言っていたけれど、あいつの目は確かだったのかもしれないね」


「そ……そうなの……?」


 衝撃の事実に、私は目を見開いた。シルヴァンはエドワードに私ではない令嬢の方が、結婚相手に相応しいと言っていたってことになる。


「そうだよ。リゼルがこのままだと、エドワードは無用な苦労するぞって……約束をしたからという責任感だけで、数十年も耐えられるものではない」


 けれど……今思うと、シルヴァンが懸念していることは当然のことだった。


 外見には気を使わないし社交もしないし、家に閉じ籠もり延々編みぐるみを作成する私。どう考えても、引く手あまただった公爵令息エドワード・グレイグの結婚相手に相応しい貴族令嬢ではなかった。


「それは、言い訳も出来ないわ。その通りだもの」


 苦笑して頷いた私の顔をシルヴァンはまじまじと見つめていた。今度恥ずかしくなってしまったのは、私の方だ。


「なっ……何?」


「いやいや……ほんの少し前の君とは、全く違うと思ってね。こんなにまで変わってしまうなんて、僕も思って居なかった。エドワードは君がやる気になってくれるのを、今まで待って居たのかもしれないね。だって、自分のために変わってくれは……好きな子には、言いづらいからね」


 シルヴァンは私のことを『エドワードが好きな女の子』という前提で話している。そうなると気になってしまうのは、彼らはどんな風に私のことを話していたかということだ。


「……エドワードとシルヴァンって、私のことを、どんな風に話していたの?」


 おそるおそる私が尋ねると、シルヴァンは長い髭をそびやかしながら答えた。


「エドワードは時間が空けばフォーセット男爵邸に来ていたし、彼の気持ちはそれだけでわかるだろう。僕はさっき言った通り、別の子の方が良いのではないかと助言(アドバイス)はしていたけれどね。ほら……少し前の君って、誰かに紹介出来るような女の子ではなかっただろう?」


 今、特大の刃物が胸に突き刺さってしまったような気がするけれど、衝撃に耐え無言のままで何度か頷いた。


「だが、こうして見るとすれ違った事で二人とも成長出来て、僕も良かったと思うよ。リゼルは今は何処にも出しても恥ずかしくないくらいに、素敵な貴族令嬢になった。そうだろう?」


「……ありがとう」


 私に嘘をつく必要のない彼に褒められたからこそ、素直に嬉しかった。シルヴァンは満足そうに頷いて、するりと閉まっているはずの窓をすり抜けて帰って行ってしまった。


 別れの挨拶も出来なくて呆気なかったけれど、なんとなく思った……もしかしたら、エドワードが起きたのかもしれない。


 シルヴァンは神が『加護』を与えし人間を守護するのが役目なのだから、それを一番優先することは何の不思議もない。


 私もそろそろ起きて服を着て……さっきの予想を確認するために、久しぶりにグレイグ公爵邸へ遊びに行っても良いかもしれない。


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