28 自然体
国民投票は無事に、私が二位になって終わった。
ほっと安心した気持ちで胸は一杯になった。これで、『品格』の審査でよほどの事がない限り、五位に入ることは可能だもの。
私はエドワードの読み通り、家族に子ども居る層から、絶大な人気を集めることが出来た。
偶然すれ違ったシャーリー様に『こんなの、卑怯よ!』とは言われてしまったけれど、規定集に禁じられていないならば、私は規則通りに戦ったということだから、特に言い訳せずに無言のままで通り過ぎた。
そして、『美貌』の審査が首位となったご令嬢は、なんと、夜会時に私の邪魔をしようとしたソフィア・マクダウェル子爵令嬢だった。
なんと驚くことに、彼女は私の友人であるキャスティンの妹だった。恥ずかしながら、これまでにほとんど社交をしてなかったから、家名を聞くまで気がつかなかった。
名前を呼ばれ私の隣にやって来た時に罪悪感いっぱいの視線で見つめられたので、何も言わずに微笑んだ。
ソフィアだって、必死なのだと思う。私と同じように。
ソフィアは昨年のアイリーン様と同じような食事券を配ったらしい。莫大な出費になるけれど、財産を持ち身分の高い男性と結婚出来るなら安いものだというところかしら。
『令嬢ランキング』はたとえ身分が低くても、自分の才覚で逆転出来るという制度だけれど、だからこそというか、貴族令嬢らしくただお上品であれば良いという訳でもない。
あれを汚い手と言ってしまうならば、それはそうなのだろうけれど……上手く切り抜けられなかった私もきっと悪いのだ。
「……リゼル! よくやったな。やり遂げて、感動したよ」
「お兄様」
朝から準備があって夜になりへとへとになって疲れた私が邸へと戻ると、兄スチュワートは眼鏡を外して泣いていたようだった。
「ほんの少し前まで、邸の中で編みぐるみを作って外出もせずに篭もっていたお前が、こんな風になるなんてな。誰も予想しなかったはずだ」
兄の言う通り、ほんの少し前までの私はどうせエドワードと結婚するならば、別に礼儀作法もお洒落だって頑張らなくて良いだろうと思っていた。
今はお洒落して褒められることが嬉しいし、これまでにない素敵な楽しみを見つけられたと思っている。
「……そうね。私もそうだけど、お兄様だって……こんな事になるなんて、思わなかったわよね」
もう今ではなかなか縁談について動かないエドワードと結婚を急かしもしない妹の私を焦れて動いていたということだろうとはわかっているけれど、予想とは違う変な方向に走り出した妹を見て、兄も思うところがあったのだろう。
「リゼル。僕は今は、こうなって良かったと思っている。家の中に居たまま甘やかされたままでは、この先に生きる事が難しかったはずだ。だが、今のお前はどうだ。自信もついて人前でだって堂々としている」
「それは、私もそう思うわ……これまで、ただ待って居るだけで何もしなかったけれど、自分で動いた方が早いってそう思ったもの……あ、お兄様」
私は次に兄に会えたら、聞こうと思っていたことを思い出した。感動して泣き過ぎたのか、ハンカチで鼻を噛んでいた兄は私を見た。
「なんだ?」
「神から試されるって……どういうことかしら。もし、エドワードの伴侶になるならば、私は何かで試されるのでしょう?」
神に愛されし『加護』を持つレヴィンを見ていて、思ったのだ。彼の周囲には神獣が居て守っていて、その上で
私はもちろんエドワードと結婚するためならばどんな事だとしても立ち向かうつもりだけど、文官として城で働く兄は何か知っているのかもしれない。
「ああ……確かに、聞いたことがあるな。だが、恐れることはない。今のリゼルならば大丈夫だろう」
「……お兄様、知っているの? 良かったら、詳細を教えて欲しいのだけど」
先に何をどうやって試されるかを事前に知っていれば、対策が練られるというものだ。
「いや、これは知らない方が良い。自然体が一番だ。今のリゼルならば、大丈夫だ」
兄はその後も何度聞いても『知らない方が上手く行く』と言って譲らなかった。私も疲労困憊だったし、湯浴みして早々にベッドへと入った。
そして、心地良く疲れた身体を取り巻くのは、優しい満足感だった。
『教養』の審査では見事首位を取ることが出来たし、今回は二位だ。最終的に発表される『品格』の順位がよほど悪くなければ、私は上位に行けるだろう。
ここ何日かは睡眠時間も切り詰めて、編みぐるみを作成していた。
何度か経路で補給したけれど、そこまでの量を作ることが出来たのも、交流が苦手と思いつつ、これまでにお世話になっていた人たちのおかげだ。
これまでに苦手としていたことをやり遂げられたという、この上ない喜び。私はこれまでにずっと、逃げ続けていたものに立ち向かい、見事勝利出来たという喜び。
何から逃げていたのだろう。人前に出ること? 外に出て誰かと関わること?
いいえ……自分の人生を、良くしようと頑張ること。
「頑張れて……本当に、良かった」
目を背けていたことに対峙し、そして、見事打ち勝った。
結果が出るのはまだ先だけれど、これほどにまで頑張れたのなら、もし駄目でも後悔しないだろうと思えた。




