23 秘策
「うーん……どうしようかしら。悩むわ」
私は『美貌』の審査、つまり国民による人気投票がある祝祭の日に着用するドレスのデザインについて悩んでいた。参加者全員が気合いを入れてくることには間違いないので、私だけは通常のドレスを着る訳にもいかない。
そして、礼儀作法を図られる『品格』についての採点は、最終日になるまではわからない。今頑張るべきは『美貌』の審査だった。
祝祭の日はもう目の前と言えるにまで迫っていて、それだけ多くの人前に出るのが初めての私は緊張もしていたし、最近は良く褒められているドレスだって、社交界の華たるアイリーン様のものを見よう見まねなのだ。
テーブルの上にいくつかデザイン画を並べて、ためつすがめつ見てみても、どれも同じくらいに良く見えてしまう。
それぞれに特徴があることは理解出来る。これは、上品さを一番に考えているとか……流行の形だけど、私にはどうかしらとか。
そういう面でも評判の良いあのメゾン側は、私の希望に出来るだけ添うようにしてくれているのだろうなと思う。悩める余地を作ってくれていると言えるかも。
「どうしたんだ。リゼル」
兄の声が聞こえて、私は振り向かずにデザイン画を見比べていた。
「ああ……お兄様。祝祭の日に着るドレスのデザインを悩んでいるのですわ。どれも良い気がして……わからなくて」
最近、少々は気を使うようになったというだけで、服に拘りがなかった私はデザインを選んだりするという経験が少ない。
メゾンでこれが良いだろうと薦められて、ただその場では選べずに何枚か持って帰って来ただけで、私にはどれが良いのかさっぱりわからないのだ。
「これが良いと思うよ。リゼル」
デザイン画に目を戻していた私は、居るとは思って居なかった彼の声を聞いて驚いていた。
「……エドワード?」
「リゼルは大人っぽくすっきりとしたドレスは、似合わないと思う。装飾が多いと幼く見られるかもしれないが、こういう可愛いドレスの方が似合うと思うよ」
エドワードは何枚かあったドレスのデザイン画から一枚を取り上げて、私に渡した。それは、胸の部分にも可愛らしいリボンがあって、裾にもレースがある華やかなものだ。
「……ありがとう」
「どういたしまして。国民投票、上手く行くと良いね。どんな策を、考えているの?」
「……策って? 何の事かしら?」
エドワードの言葉の意味がわからなくて、私はどういう事だろうと不思議だった。
「国民投票を打ち勝つ、作戦だよ。前年の序列首位のアイリーンだって、皆と同じように花を山車から投げて、それだけで票を集めていた訳ではないだろう」
エドワードだって不思議そうな表情になっていたけれど、昨年の私は『アイリーン様美しい!』と、票に彼女の名前を書いて帰っただけだった。
「え……そうなの?」
「うん。そうだよ。アイリーンは確か自分の名前を書いてくれた人と証明出来た人を対象に、ある店での食事を一食、ご馳走していたのではないかと思うよ。大抵、あの国民投票では似たようなことを大なり小なり誰もがしていたと思う。それに、票を金で買うこと自体は禁止されていないんだ。彼女の家のサマヴィル伯爵家は商売も成功していて裕福だから、そういう事も出来たのだろうが……そうだね。うん」
「そんなことは……貧乏男爵家のうちには、とても無理よ。エドワード」
エドワードだって、ついさっき最後にそう付け足そうと思って、やっぱり止めようと踏みとどまった言葉を察して私はそう言った。
「別にグレイグ公爵家が、未来の公爵夫人たるリゼルを支援しても良いけど……」
エドワードはそう言って、黙ったままだった兄を振り返り、兄は苦笑していた。エドワードが跡継ぎのグレイグ公爵家は、レニア王国でも有数の権力を持っている。
だから、貧乏学者であるフォーセット男爵家だって、潤沢な資金を使い後援してくれているのだ。私だって恩恵を受けている。
「それは、駄目よ! そうなってしまうと、出場して勝ち取るという意味がなくなってしまうわ」
「リゼルは自分の力でやりたいとさ。僕も賛成だ。人の心を掴む方法は、お金だけではないと思う。僕たちは質素に生きて来たからこそ、貴族だが平民の気持ちもわかるだろう。なあ。リゼル?」
「そう思うわ。お兄様。お金で票を買うより、もっと喜んで貰えることを考えれば良いのではないかしら?」
「……それなら、僕に良い案があるよ。リゼル。これから、大変なことになるかもしれないけど」
エドワードが静かな口調で切り出し、私とお兄様は驚いた。
「お前は、公爵令息だろ!?」
「エドワード……どんな、良い案あるの!?」
二人で同時にエドワードに詰め寄ったので、彼はびっくりしていた。
「いやいや……これまで、僕はリゼルに協力したくても出来ない状態だったからね。是非ここで良いところを見せたいよ。それには、ひとつ……リゼルにも頑張ってもらいたいんだが」
エドワードは苦笑してそう言い、私と兄スチュワートは顔を見合わせた。
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