22 理由
「エドワードが、これまでに私に触れられなかったって……一体、どういうことなの?」
確かに……共に居た幼い頃から今思い返してみても、エドワードは私には触れることはなかったかもしれない。
けれど、彼は紳士だから乙女に不用意に触れたりしなかったのだろうとしか、思っていなかった。
それには、何か……理由があったということ?
「うん。多分、これはやってみた方が早いから……リゼル。手袋を外してみて」
現在、私は夜会に出席するため、イブニングドレスに身を包んでいた。だから、長手袋を手に嵌めていたのだけど、エドワードの言いようを不思議に思いながらもそれを外した。
エドワードが肌が剥き出しになった私の手を軽く触ると、触れた箇所から静電気が起こったようなピリッとした強い刺激が走った。
驚いてエドワードの顔を見上げると、彼は眉を寄せて顔を顰めていた。
「……これは?」
そういえば、ダンスしていた時は手袋に覆われていたので、エドワードの手には直接触れていなかった。
「リゼルはまだ、僕に加護を与えた神に伴侶として認められていない。だから、こういう事になってしまうんだ」
これが……雷神の加護なのね……彼の身を守ってくれているはずだけど、これは少し……どころではなくて、要らない機能なのかもしれない。
「あの、私は認められないと、いけないのね……?」
エドワードに加護を与えた雷神に伴侶として認められなければ、彼の傍には居られない。
「そうだ。僕たちの子どもも産まれれば、この加護は遺伝することになる」
「あ……だから、王族や高位貴族が『加護』を持つことが多いのね?」
私は数が極少数であるはずの『加護』持ちが、王族や高位貴族に多いからくりを知ることが出来た。特殊な能力で敵意からは身を守ることが出来る。
そして、加護が遺伝するのならば、彼らと子を成したいと思う権力者は多いはず。
「うん。そういう訳だよ。過去に市井に生まれた加護持ちだって、条件が良い結婚相手を選ぶだろうからね」
「……一体、どんな試され方をするのかしら」
それを思えば、時が来ていないというのに、なんだか緊張してしまう。
それに、家に篭もって編みぐるみを延々造っていた私には、エドワードがこの事を言い出せなかったはずだ。彼と結婚するにはこういう事になるけれど、あの時の私にはそれを受け取る準備が出来ていなかった。
「僕にもそれはわからないけど、今のリゼルなら、きっと大丈夫だと思う。けど、編みぐるみを武器には使えないからね」
エドワードは別に、私を揶揄おうとした訳ではなさそうだった。楽しそうな笑み、きっと……あの時の私と今の私を、比較して考えているのかもしれない。
「それって、どういう意味なの?」
「そのままの意味だよ。僕もあれは、可愛い趣味だとは思っていたけれど、貴族として生きて行くには、それを仕事にする訳にはいかないから」
エドワードが言った通りだ。彼と結婚してグレイグ公爵夫人になるからには、社交したり邸の差配をする必要がある。そろそろ結婚をと具体的な話になれば、どちらの両親もそれを求めて来るだろう。
けれど、エドワード本人は今まで私に何かをしろと言ったことはなかった。ただ、傍に居てくれて、私の造った編みぐるみを可愛いねって言ってくれて……私のことを好きでいてくれたからこそ、何も言わなかったの?
「……エドワード。あの、皆に怒られなかった?」
エドワードはどちらの両親にも、急かされたはずだ。私には家に篭もるのを止めさせて、社交やら貴族令嬢としてすべき事を、努力させるべきだと。
それに、彼の持つ加護についても、私は早く知って神に認められるようにしなければいけなかった。
だと言うのに、エドワードには神からの試練を受けなければならないと知れば、逃げ出してしまうのではないかと思われる始末。
なんだか、情けなくて、涙が出そう。
「うん。けど、リゼルが望んでいない事は、させたくなかった。婚約を申し出れば僕の親がそれをすることになるから……けど、こんな風になるとはね。令嬢ランキングに出るなんて、本当に思わなかったし、あそこまで頑固に僕の話を聞いてくれないなんて、思わなかったし……うん。リゼルは凄い子だよ」
「あの、全く褒められているようには……思えないんだけど?」
過去あった事は取り消せないとわかりつつ、私がそう言うと、エドワードは苦笑していた。
◇◆◇
私がフォーセット男爵邸へと辿り着くと、兄のスチュワートが当たり前のように現れた。
「あら。お兄様。ただいま帰りました」
「どうだった? 話し合えたのか!?」
迎えの挨拶もほっぽり出して、兄の必死な形相を冷静に見た。
今思えば、エドワードは家に篭もって趣味に興じる私には、嫌われたくない何も言いたくないと動かないし、私は私でエドワードはいつ正式な求婚をするのだろうと待って居たし、そんな二人に挟まれてお兄様は『いい加減にしろ!』と、妹に発破を掛けたという事だった。
「ええ。上手くいきました。エドワードと仲直りしました」
「そうか! それは、良かった。僕もそうなるだろうと、信じていた。だが、完全にこじれてしまって、どうなることかと思ったよ」
兄スチュワートは眼鏡を外して、目を拭っていた。これは大袈裟な仕草ではなくて、彼もこれまで相当不安を感じていたからだろう。
「お兄様がこれまでに、何も言わなかったことも今は理解出来ます。あれは、エドワードから言わねばならぬことだったのですね」
「そういうことだ。もうこれであの『令嬢ランキング』とやらに、出場することもあるまい。さっさと棄権届けを出してくるんだ」
お兄様はやはりこれまでは仲違いをしているからと控えていただけで、私があの制度に出て居ることが気に入らなかったらしい。
「まあ、お兄様。私、今年はせっかく参加したのですもの。結果を出したいです。絶対に棄権などしませんわ」
「なんだと?」
「だって、そうすればグレイグ公爵夫人として、誰もに認められると思いますわ。あのエドワードに選ばれただけでは、きっと足りません。私には何かあると思わせなければ」
私がそう言うと、お兄様はぽかんとした間抜けな表情になった。
「……リゼル。お前。変わったな……」
「まあ。そう思います?」
「ああ。あの時と、顔つきが全く違う。口から出て来る言葉も違う。なるほど、誰かから注目されて、人に見られるということは、こういう事なんだな……あの制度の、本当の意義がわかったよ。あれは、別に序列五位に入らずとも、意味のあるものだったんだ」
「……お兄様?」
勝手に納得した兄は私を放って階段を上り、疲れていた私は彼の真意を聞く事をせずに自室へと戻った。