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21 雷獣

「あの……エドワードの持つ『加護』って、どういうものなの?」


 そもそも、今日の今日まで彼の事情も何も知らなかった私には、エドワードの持つ『加護』も、それがどういったものなのかもわからなかった。


 彼がこれから起こる何かを恐れていても、理由だって見当もつかない。けど……これから聞きたい事があれば、こうしてエドワード本人に直接聞けば良いんだわ。


 私はこれまでの一連の出来事でそれを学んでいたし、エドワードとの誤解が生じてしまった一番の原因になったと心から反省していた。


 決定的な何かが起こるまで、いつか彼が言い出してくれるだろうと思い、『結婚の約束は?』と、尋ねなかったこと。それに、エドワードが誰かから求婚されたからと、彼の意志をはっきりさせなかったこと。


 それが出来ていれば、事態がこじれることなんてなかったはずなのに。


「……うん。リゼルには、もっと早くにすべてを伝えれていれば良かったんだ。僕に加護を与えたのは『雷神』……そして、傍に居て守ってくれるのは、神の使い雷獣シルヴァン。ほら……リゼルに顔を見せてくれ」


 そして、腕を上げたエドワードの背中から、ひょこっと顔を覗かせたのは細長い真白な獣……つぶらな黒い瞳は大きく愛らしく、その姿からは神の使いと言われても想像つかない。


「まあ……とても可愛いわ……」


 ふわふわとした毛並みは、美しく真っ白だ。ついさっき降って来た雪で出来たように、白くてふわふわとしていて触り心地は良さそう。


「うん……けど、」


「もう、隠れなくても良いの?」


 エドワードが続いて何かを言い掛けたところを、シルヴァンは被せるように顔を上げて話した。


「この子、喋るの……!? すごいわ」


 神の使いとは聞いていたけど、まさか喋るだなんて思わなかった。まるで童話の世界の出来事のよう。姿は愛らしく良く出来たぬいぐるみと言われても納得してしまうだろう……この子、言葉を話すんだ……。


「うん……シルヴァン。顔を見せてくれたところに悪いけど、お前は話が終わるまでは黙っていてくれ。説明する時にややこしくなるから」


 シルヴァンはエドワードの話を聞いて可愛らしくこくりと頷き、彼の隣に移動してスッと立った。


「この子が、神様の使いで、雷獣? ……エドワードの傍に、常に居るの?」


 それは、とても羨ましい……けれど、エドワード本人はそれをあまり好ましく思って居ないようにも見えた。


 どうしてかしら。シルヴァンは、こんなにも可愛らしいのに。


「そう。神の与えた加護というと、実体のない力が僕を守っているように思えるかもしれないけれど、実際のところはこの雷獣シルヴァンが僕の身を常に守ってくれている。これまでにリゼルも見えなかったように、姿は見せないけどね」


「あの、シルヴァンは……イタチなのよね?」


 私が自分のことを言ったと思ったのか、シルヴァンの可愛らしい小さな顔はニヤッと口角が上がっているように見える。エドワードから『黙っていて』と頼まれたことを忠実に守っているようだ。


 イタチは幼い頃に遊びに行ったグレイグ侯爵領にも居て、その姿は愛らしく可愛らしいけれど野菜などを食い荒らし農民たちを困らせていた。


 けれど、その時に見たイタチは茶色のイタチだった。


「うん。そうだよ。白いイタチは珍しいらしいけど、シルヴァンは僕が子どもの頃に見えた時から、この姿だよ」


「とっても可愛いわ。それに、お話まで出来るなんて……なんだか夢の出来事みたい」


 澄ました愛らしい顔にはピンと張った髭が無数に生えていて、それもまた可愛い。こんな存在が四六時中傍に居てくれるなんて、私に代わって欲しいくらいだ。


「確かに可愛い、けどね……例えばだけど、リゼルがここで僕を何かで害そうとするだろう? ナイフで刺そうとしたり、殴ろうとしたりしたとするだろう?」


「え? ……ええ」


「そうすると、雷獣シルヴァンによって攻撃されて、君の身体には電撃が走ることになる。だから、僕は常に守られシルヴァンによって攻撃は防がれて、敵は自動的に撃退されるんだ。これが『加護』と呼ばれている力の意味だよ。神獣によって守られるんだ」


「……あ! あれもそうなのね!」


 裏路地でレヴィンが、ごろつきに絡まれていた私を救ってくれた時を思い出してしまった。男は腕を取りレヴィンを害そうとすれば、彼を触ってもいないのに何故か悲鳴をあげて逃げていった。


 ……そうだ。レヴィンも自分のことを『加護』を持っていると言っていた。だから、彼にもこういう神獣を連れているのかもしれない。


「リゼル。何かを、思い出した……?」


 エドワードは私が言った言葉を聞いて、それと良く似たものでも思い出したのかもしれないと思ったらしい。


「ええ。以前にレヴィンが、私を助けてくれたことがあったの。あの時もレヴィンに触れてもいないのに、まるで火傷を負ったように反応していたわ」


「殿下が……そういえば、リゼル。レヴィン殿下と何処で知り合いに?」


 この前にレヴィンが一緒に居た時に、動揺していたエドワードはすぐに去ってしまった。私にはそれを説明する暇もなかった。


「あの時にも、言ったでしょう。眼鏡を外すために、視力を良くしてもらおうと思ったの……珍しい魔法を扱うという、王都の路地裏にある魔法屋に行ったの。そこで絡まれそうになったのを、彼に助けてもらったのよ」


「……ああ。そういうことか。レヴィン殿下も、加護持ちだから」


 生活の中で落ちてしまった視力は怪我や病気などではないので、通常の治癒魔法では治すことが出来ないらしい。


 先んじて私が魔法屋で珍しい魔法で視力を治してもらったと知っているエドワードは、私とレヴィンと知り合いになった状況を知り納得したらしい。


「ええ。そうよ。『加護』持ちは、王族や高位貴族に多いと聞くわよね」


 私は以前からそう聞いていたし、エドワードだって知っているはずだ。


「……ねえ。リゼル。これまでに僕が君にあまり触れない……触れられないことについては、理由があるんだ」


 神妙な面持ちで話し始めたエドワードを見て、私は不思議に思った。


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