20 加護
その後、私は程良い時間までエドワードと共に会場に居て、彼から一緒に帰ろうと誘われて、そうすることにした。
夜会の中での振る舞いには、問題なかったと思う。試験官が今夜の私を見ていたとしても、きっと大丈夫だろう。
そこまで思ってから私は、はたと気がついた。
もうこの時、既に……私は『令嬢ランキング』に参加し続ける意味は……もしかしたら、ないのかもしれない。
エドワードに手を取られて乗り込んだグレイグ公爵家の馬車は、フォーセット男爵家の馬車よりも数段質の良いものだった。
まず、室内の空間の大きさに差があるし、ふんわりした座面の高級感は段違いだった。あまりの乗り心地の良さに、私は雲の上に居るような錯覚をしてしまった。
……いいえ。雲の上に居るようだと言えば、そうなのかもしれない。私はまだエドワードと想いが通じ合ったと、未だに信じられないのだから。
「リゼルが、僕の話を聞かないから……本当に、ややこしい事になったよ」
彼から冗談交じりにだけどそう言われてしまい、何かを話そうとしていたエドワードを何度も避け続けていた自覚のある私は素直に謝ることにした。
「……ごめんなさい。けれど、お兄様もエドワードも、誤解を招くような言い方だったと思うわ」
今思うと兄は私にいつまでも先延ばしにするエドワードを急かすように働きかけたかったのだと思うし、エドワードがあの時に口にしたアイリーン様評については、一般的なものだったという事は理解出来た。
私とアイリーン様の比較の話は、もうあまり、考えないことにする。
けれど、エドワードもお兄様も言わねばならない話を真っ先に教えてくれていたら、私だってこんなにも遠回りすることはなかった。
手を伸ばしたエドワードは私のこめかみの辺りを触り、そこにあったはずの眼鏡を懐かしむように言った。
「リゼルには、ずっと眼鏡を掛けたままで居て欲しかったけど……こうして、いきいきしていて輝いているリゼルを見ていると、それは僕の間違いだったと気がついた……以前は、僕だけが君を可愛いと知っているという良くわからない優越感があったんだ」
「エドワード……」
そういえばまだ眼鏡をかけていた時に、エドワードにねだられて、たまに外していた事があった。
けれど、彼はそういう話は一切しなかったし、眼鏡を外した自分を見たことがないので、私にはあれがどういう意味だったのかわからないままだった。
……でも、正直に言ってしまうとエドワードに可愛いと思われていて、独り占めしたいと思われていたことを知れて嬉しかった。
空も飛べる心境と言われれば、そうなのかもしれない。
「これまで、何もかも、すべてが誤解だったんだわ……『令嬢ランキング』になんて、そもそも出なくても良かったのね」
私があの制度に参加したいと思った理由は、結婚の約束を破ったエドワード以上の男性と結婚したいと思ったことだった。
……けれど、エドワードと近い将来に結婚する事になるのだから、もう参加し続ける必要もないのかもしれない。
これから行われる『美貌』の国民人気投票、それに、最終には『品格』の順位結果発表がある。
もし、今すぐに棄権する事にすれば、もう私は誰にも何にも試されることはない。ほっと安心したような、なんだか残念なような気がした。
「あの……リゼル。せっかく優勝候補とまで言われるようになったというのに、ここで棄権してしまっても良いの? 誰かに……ああして嫌がらせを受けているということは、それは君に勝ち目があるということだよ。リゼル。敵にもならない相手に、嫌がらせをして何になる」
エドワードは真面目な表情でそう言った。
彼は私の中にある迷いを、見抜いていたのかもしれない。
そうよ。これからも参加し続ける必要は、ないのかもしれない。だって、最終的に辿り付きたい目的は達成されたのだから……でも……。
「……棄権したくない。最後まで、やり抜きたい」
これが、今の私の正直な気持ちだった。
邸の中で編みぐるみを作り続けていたら、私は安全だった。誰にも傷つけられることもないなら、傷つくこともない。
けれど、『令嬢ランキング』に参加しなければ、私はここまで自分に自信を持てることもなかったと思う。試験の中で自分が持っている実力を示せて、色々な人から褒められて凄く嬉しかった。
……何も出来ないと思っていた自分にでも、ここまでの事が出来るのだと……そう思えたから。
「では、僕も協力するよ。ここまで来たなら、どうせなら首位になろう。リゼル」
エドワードは楽しげにそう言って、私に片目を瞑った。まるで、自分が居ればそれが出来るとでも言いたげに。
「……エドワード?」
「君になら、きっと出来るよ。僕のわがままでこれまでは、可愛いまま閉じ込めたままにしていたけれど、リゼルは元々何でも出来る女の子なんだ。それに、実は僕は少し気にしている事があってね。君が優勝すれば、それが気にならなくなる」
「……何かしら?」
エドワードが気にしている事がわからない私が首を傾げれば、彼は何度か頷いた。
「『令嬢ランキング』で求婚されて、長年の歴史で断ったのは、この僕が最初だということになってしまうからね。今年リゼルが序列五位に入り僕に求婚してくれれば、そういう話も薄まるかも知れないし……」
「あ……そうね。そうだったわ……」
私だってそれが原因で、アイリーン様とエドワードが結婚すると思い込んでいたのだ。今までに断られた例が、これまでにひとつもないからと。
「アイリーンには悪いことをしてしまったけれど、僕は幼い頃からリゼルと結婚すると決めてしまっているから……彼女には申し訳ないけど、長い歴史の中で初めて断ったという汚名なら僕がいくらでも被るよ」
別にそれはエドワードが気に病むような話ではないのかもしれないけれど、これまで全員が求婚されて受けているのは事実なので、気にしてしまう理由も私はわかる。
「エドワード……私、色々反省したの。これまでの事」
私が話を切り出せば、エドワードは不思議そうに首を傾げていた。
「リゼル?」
「私。エドワードに振られてしまったと思うまで、何もしなかった。エドワードに私との結婚はどうするのって、自分で確認しなかった。今では何もしなかったことは後悔しているけれど、ここまで頑張れた自分だって肯定したい……あの時に一度失敗しなかったら、ここまでは出来なかったと思うから」
「いや、僕が悪いんだよ。君にちゃんと話すべきだった。けど、僕に加護を持っていることも、あまり言いたくなかった。君は神に認められなければならないし、僕たちの子どもはきっと苦労するだろうから」
「エドワード……?」
もしかしたら、エドワードは神に試されること、それに子どもに関することがあって、結婚の話を私に言えなかったのかもしれない。
だから、これまでずっと私の結婚の話を先延ばしにしていたと言うの?




