19 条件
夜会開始のダンスが終わって、礼を終えたエドワードは、黙ったままで私の手を引いた。彼と手を繋いだままで張り出したバルコニーに出ると、火照った頬に触れる風は冷たかった。
「……未だに求婚の話を断れないのは、どこかの誰かが僕の話を全く聞かずに逃げ回って暴走してしまっていたからなんだ」
その時のエドワードは真剣な表情だったし、なんだか私に対して、怒っているようにも思える。そして、私はというと彼の言葉を聞いても、それをあまり理解出来ないで居た。
「あの、どういうことなの……?」
アイリーン様からの求婚が断れないのは、私のせいだということ? そういう意味にしか、聞こえないけれど。
「アイリーンには自分からの結婚の申し出を断るなら、結婚する予定だと言って居る相手を、自分の目の前まで連れて来いと言われたんだ。そうでなければ、到底納得出来ないと」
「あ。私……を?」
これって、もしかしたら、私が妄想して作り出している都合の良い夢なのかもしれないとは思った。けれど、エドワードの手はとても熱くて……息づかいだって聞こえる現実だった。
何度も何度も、もしかしたらそうなのかもしれないとは考えていた。けれど、そんなはずがないと打ち消していた、エドワードが私の事を好きだという……そういう信じがたい現実。
「リゼル。もう大人になったんだから、僕と結婚してください」
エドワードが再度結婚を申し込む言葉を聞いても、私は何も言えずに黙ったままだった。
……ううん。幼いあの時と一緒で、口を開けば想いが溢れそうで、何も言えなかった。代わりに目から涙が次から次にこぼれたので、エドワードは胸のハンカチーフで拭ってくれた。
「……どうしてっ……私……もう、諦めるって……決めたのに……っ……」
『令嬢ランキング』に参加すると決めたのも、エドワード以上の男性と結婚してやると思ったからだ。
これまで努力もせずに条件の悪い私では、それでなければ逆転するチャンスなんて、とても掴めないと思ったから。
けれど、それは間違いだった……ただの、勘違いだったということ?
「諦めるって、一体何を? ……僕と結婚することを? それは、無理だろう。リゼル。僕たちの両親だってそのつもりだし、兄のスチューだってそのつもりの人生設計だったんだよ」
「だって、お兄様に言われたのよ。エドワードは選ぶ側で私は誰にも選んでも貰えない側。アイリーン様と私が並んで居たら、どちらを選ぶのかっ……」
泣き出した私をエドワードは抱きしめて、安心させるように背中を何度も叩いた。私は彼の胸の中で、これまでに足りなかった何かを補給して居るような気がしていた。
「……わかった! わかった。この事態を招いたスチュワートが全面的に悪いということは、よくよくわかったよ。けれど、待ってくれ。リゼル。僕にも少々込み入った事情があって……君にはまだ言えていない、僕の持っている『加護』についてだ」
「……エドワードの持つ、加護?」
『加護』は第二王子であるレヴィンの持っていたような、誰かから害されようとすると、自動的に自分を守ってくれるような、不思議な力だ。
けれど、幼馴染の私はエドワードが加護を持っている事を知らなかった。
「加護は特別な力だ。それを与えられた事は、神に感謝している。けれど、僕の加護を与えている神に、伴侶は気に入られる必要性がある。僕は……正直、大事なリゼルに無理をさせたくなかった。それで、色々と延ばし延ばしにしていたことを、スチュワートに怒られたんだ」
「『加護』を与えた神に……気に入られる必要?」
そもそも国内に加護を持つ人間が、数人居れば多い方だと言われるような貴重な力なのだ。普通の国民は、加護を持っている人が誰かかすらないままで死んで行く人も多いだろう。
「そうなんだ。神は気難しいし、もし試されるなら、面倒な事を要求されるだろう。だから、リゼルはそれを嫌がるかもしれないと思って……ずっと言えなかった」
「エドワード」
「だって、普通の男なら、こんな事を心配しなくて良いんだ。リゼルが嫌になって、結婚したくないと言い出したら? ……それが怖くて、今まで君に言い出せずに居た。だが、リゼルとすれ違ってしまった時に思ったんだ。君を失うよりも怖いことはないってね」
「私が神に試されることを恐れて、逃げてしまうって……思ったの?」
確かに私は思ってもみない自体に驚きはするだろうけれど、エドワードに加護を与えたという神に認めてもらうために努力をしたはず……けど。
「……大人しい、本を読むのが好きで編みぐるみを作るのが趣味な女の子だよ。絶対に嫌がると思うよ。けど、さっさと僕のことを捨てて『令嬢ランキング』に参加を決める思い切りの良い女の子だからね。今は心配していない……大丈夫、だよね?」
エドワードが不安そうにそう言ったので、私は黙ったままで頷いた。
「リゼル。良かった……君を失わずに済んで……本当に」
「……エドワード。その子がそうなの?」
私はいきなり第三者の声が聞こえて、驚いた。声が聞こえた方向を向けば、アイリーン様だった。
初めて間近で見た彼女は、本当に美しかった。聞きしに勝る美貌。これが、昨年の『令嬢ランキング』首位の貴族令嬢だった。
「……ああ。この子が俺の幼馴染みで、結婚予定の令嬢だよ。その上で今、取り込み中なんだけど……」
エドワードが抗議するように言えば、アイリーン様は微笑んで肩を竦めた。
「ふふ。ごめんなさい。相手が誰も居ないなら、私の良さをわかってもらえるまで頑張るけれど、人の物に興味はないもの。時間の無駄だし、次に結婚したい相手を探すわ」
アイリーン様はそう言い放つと、あっさり私たちに背を向けて会場へと入って行ってしまった。
彼女の行動に呆気に取られた私はエドワードを見上げ、彼はいつものように優しく微笑んだ。




