15 疑問
「あら……あれが、噂のフォーセット男爵令嬢よ……」
「まあ。本当だわ。これまでは、あまり表に姿を現さなかったらしくて知られていなかったけれど……今年の上位候補らしいわ」
私が参加必須として義務づけられた一回目の夜会に姿を見せると、ひそひそと小声で自分の噂が聞こえて来て、なんだか恥ずかしいような照れくさいような複雑な気持ちになった。
私が参加前に思った通り『知性』で首位を取れば、他で平均的な成績だったとしても、上位に食い込むことは可能なのだ。
まだまだ、序列が決まるのは先だけど、今では有利な立場となった私が参加者の貴族令嬢たちから注目を受けるのは仕方ないことなのかもしれない。
そして、昨年の『令嬢ランキング』序列五位までの貴族令嬢の赤いドレスが見えた。
彼女たちは夜会へは、五人で共に入場することが多かった。何か序列五位にのみ知らされるような独自の決まりでもあるのかもしれない。
美しい五人の中でも一際視線を集めるのは、サマヴィル伯爵令嬢アイリーン様。彼女は輝くような金髪をひとつに纏めていて、真紅の光沢あるドレスは美しい。
けれど、今夜も彼女の隣には求婚したというエドワードは隣に居なかった。
他のご令嬢たちが迎えに来たパートナーと共にダンスを始めても、彼女は他の誰かと談笑しているか、飲み物を手にして周囲を眺めているかどちらか。
人気のあるアイリーン様なので、一人になることはなく、ひっきりなしに誰かと話しているようだけど、彼女が求婚したというエドワードと寄り添う姿をそういえばこれまでに一度も見たことがない。
もっともエドワードは多忙で、この夜会には出席していないだけなのかもしれないけれど……彼は高い身分を持ち、王族主催の夜会を欠席出来るような立場ではなさそうなのに。
そういえば……第二王子レヴィンだって、この夜会に出席しているかもしれない。これまで王子様たちを気にしたこともなかったけれど、主催が王家なのだから彼らは出席しているはずよ。
私は顔見知りであることは間違いないレヴィンの姿を探そうかと、王族が居るはずの壇上を見た。
「フォーセット男爵令嬢!」
突然名前を呼ばれて振り返ると、そこには見覚えのある人が居た。
「あら……シャーリー様ではないですか」
今夜は参加必須と指定されている夜会なので、私と同じように『令嬢ランキング』参加者であるシャーリー様も居たようだ。
青いドレス、印象的なその色彩にどこか既視感があるのは、多分私の気のせいではない。彼女はレヴィンの事が、好きだものね。
「……レヴィン殿下は、今夜は出席されませんわ。急用があるそうなので」
「あら……まあ。そうなのですか。殿下も大変ですわね」
レヴィンの事情ならば自分こそが一番に知っていると言わんばかりの彼女の態度に、私はそれ以外の返しが思い浮かばずに答えた。
シャーリー様は私の姿を上から下までじっくりと眺めて、フンっと鼻を鳴らした。
「フォーセット男爵令嬢。なんだか、ドレスも髪型も、アイリーン様に似ていらっしゃいますわね」
「ええ。社交界の華と呼ばれるアイリーン様に、少しでも近づきたくて……素敵な方ですので、参考にさせて頂いております」
私が表情を変えずに淡々と言い返すと、彼女はぐっと言葉に詰まったようだった。
……嫌味のつもりだったのよね。けれど、アイリーン様に似ていると言われようが、今の流行を作り出しているのは彼女なので、私と同じように真似ている貴族令嬢はたくさん居た。
なので、アイリーン様に似せているだろうと言われても、これ以上に何を言うべきかわからない。
「ま。まあ、良いですわ……フォーセット男爵令嬢は、序列五位以内に入るご自信はございます?」
「幸い『知性』の試験では私も良い成績を出せましたので、今後はそう出来るように、努力したいと考えています」
私はそこでそつなくにっこり微笑むと、シャーリー様は気に入らない表情を見せて、短く挨拶をすると去って行った。
そそくさと距離を置く彼女の背中の向こうに、エドワードの姿が見えて、私は胸がドキッと高鳴った。
いつからこちらを見ていたのか、エドワードに気がついた私と視線が合った。
その時。
まるで周囲の音が消えてしまったかのような錯覚。黒い髪と瞳と色味を合わせたような漆黒の夜会服。
……エドワード。どうして、そんなにも悲しそうなの。
こちらをじっと見つめて、やがて一歩踏み出しゆっくりと歩き出したエドワードを見て、私はようやく体を動かすことを思い出した。
そして、逃げ出すように後ろを振り返って、ドレスの裾を掴んで歩き出した。
ああ……どうしてだろう。確かに好きだったし、結婚すると思っていた幼馴染から、こうして何度も何度も逃げてしまうのは。
あのアイリーン様から求婚されて断るなんて、あり得ないことだとわかっている。そもそもエドワードは、成人した私には正式に結婚を申し込んでいない。
これまでの行動こそが彼の気持ちを代弁していると言われても、不思議ではない。
……話くらい聞いても良いのかもしれない。もう駄目だとわかっている恋に、決定的な終止符を打つために。
けれど、ただ怖かった。
幼い頃から月日が経ち、今ではもう何もかも終わっている恋だとわかりつつも、エドワードから直接決定的な言葉を聞いてしまうのがすごく怖い。
それを、直視しづらい現実から逃げているだけだと誰かから言われても、確かにその通りだと答えるしか、今は出来ないけれど。




