14 変化
私が趣味で黙々と作り続けていた編みぐるみは、邸の飾る場所から溢れてしまう事を恐れたお母様の提案で、古いものから順番に慈善院のバザーに出していた。
売り上げはすべて慈善院に寄付されていて、ここで保護されている子どもたちの食事代になるようだ。
私と趣味を同じくする友人キャスティンにも、そこで出会った。
前々から予定されていたバザーに、私はいつものように編みぐるみを並べて出店していたけれど、そこで会ったキャスティンとの会話は、全く違うぎこちないもので終わってしまった。
外見が良い方向に変わった私を、以前から知る誰もが良くなったと褒めてくれる。
……この前にキャスティンに言ってしまったことについては、言い過ぎてしまったと私も反省していた。
目の前の事で必死で自分の事だけしか考えられずに、まるで置いていかれてしまったようだと、ただ感想を言っただけのキャスティンに失礼な言葉を浴びせてしまった。
もしかしたら、私はたった一人の大事な親友を、一時的な感情でなくしてしまったのかもしれない。
自分の目的のために外見を変えて少しでも綺麗になろうとしている私は、以前とは考え方も大きく変わってしまっていることに自覚はあった。
もし、キャスティンがそれを寂しく思うのなら、彼女に寄り添って言葉を考えるべきだった。
このところ、外見に対する意識が変わったことを会う人皆に褒められていて『知性』の試験でも、自分の目標としていた順位を取ることが出来た。
褒められることに慣れていなくて舞い上がってしまい、良い気になっていなかったかと言うと、それは嘘をつくことになってしまう。
キャスティンは私がどうしようもない引きこもりだったとしても、いつも優しく接してくれた言うのに。
私の部屋には出会った頃のキャスティンと共に作った、大きなクマの編みぐるみが飾られていた。それを見つめて彼女との思い出を考えれば、涙が止まらなくなってしまった。
結婚すると思い込んでいたエドワードに失恋してしまって以来、私は少々おかしい。感情の振れ幅が、前と比べて、大きくなりすぎてしまった。
それまでに決まっていたと思っていた未来が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまって、まるでそれに反動が出るかのように、次から次へと湧いて出るやる気は満ち溢れんばかりだった。
ううん……そうしてがむしゃらに次にすべき事を考えていると、エドワードの事を考えなくて済むから楽だった。
エドワードが私とは別な女性と結婚する事は、泣いて叫んだところで、もうどうしようもない事実なのだし……別な何かに夢中になって、すべてを忘れてしまうしかなかった。
◇◆◇
「……リゼル」
「あの、何かしら。お兄様」
朝食の折り、兄に名前を呼ばれたので私はカトラリーを置いて、白いナプキンで軽く口を拭った。
もし、ここで聞きたくない情報を聞かされるくらいなら、今すぐに席を立てるように準備をしていた。
それを察しているのかどうなのか、ズレていた眼鏡を直した兄スチュワートは軽く咳払いをして、慎重な口調で切り出した。
「何やら『知性』の試験で一位だったと聞いたが。よくやったな」
「……ええ。お兄様も、知っていらしたのね」
褒めてくれるなんて意外だった。
お兄様は去年までの『令嬢ランキング』の事で盛り上がっていた私を、小馬鹿にするような発言があったから、興味がないのかと思っていた。
レヴィンだってそうなのだけど『令嬢ランキング』について、良く思っていない人が居ることは確かだった。
「妹が参加するというのに、興味が出ない訳があるまい。それで……勝算はあるのか?」
私のことを知らないと考えているなんて、さも心外だと言わんばかりの口ぶり。その時、兄の眼鏡の奥の光がキラッと光ったような気がして、彼の意図がわからない私は恐る恐る答えた。
「ええ。お兄様も知っての通り……『品格』の試験は三ヶ月の期間が掛かりますし『美貌』に関しては祝祭に行われる国民投票です。この二つは運にも左右されますし、上位になれるように日々努力しているとしか今は言えません」
「そうか……僕は応援している。リゼル。お前が将来誰と結婚しようが、妹の幸せを願っていることに変わりはない」
「……ありがとうございます」
何なのだろう……これまで兄スチュワートは、幼馴染であるエドワードについて何かを伝えようとしていたので、私は兄のことを完全に避けていた。
けれど、それは何回も失敗しているし流石に諦めたのかもしれない。
「ああ。リゼル。僕はあまりこの制度に詳しくないのだが『品格』の試験は、三ヶ月間も掛かるのか?」
兄はこれまでに興味のなかった『令嬢ランキング』について、どういった内容なのかと私に尋ねて来た。父が不在なのでフォーセット男爵家の家長代理は後継ぎたる兄なので、ある程度は知っておくべきかと思ったのかもしれない。
「……ええ。匿名の試験官何人かが『令嬢ランキング』へ参加している貴族令嬢の振る舞い行動などを、期間中点数付けするそうなのです。参加必須として義務付けられている夜会が何回かあるので、そこに試験官も現れるのかと思いますが……」
期間中の立ち振る舞いなどを採点されるそうだけど、『品格』の試験についてはどういった試験なのかかは明かされていない。もっとも知られてしまえば対策されてしまうので、不透明にしているのだろうけれど。
「ほう……夜会での振る舞いに、点数を付けられるのか。なるほど」
兄は納得したのか顎に手を当てて、何度か頷いていた。
「いえ。それも、そうではないかと言われているだけで、実際どのような採点なのかは私にもわかりません」
……何なのかしら。これまでの発言には何の問題もないように思えるけれど、違和感のある、えも言われぬ微妙な空気。
「兄としてお前のことを、応援している。僕はリゼルの一番の味方だからな」
「まあ……ありがとうございます。お兄様」
機嫌よくにこにこ微笑んだ兄の発言に、私は怪訝に思いつつもお礼の言葉を口にした。




