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13 開催

 それからというもの、兄スチュワートは『令嬢ランキング』へ参加する準備を進めている私に、何かを言いたそうな素振りを見せては止めるといった良くわからない行動を繰り返していた。


 私はそれがどうしても気になってしまいつつも、その理由を聞けば兄の思うつぼ、負けたような気がして聞かなかった。


 おそらく、というか九割の確率でエドワード絡みの話だろうし……お兄様はエドワードとのことを精算して前を向けと私に言ったから、現にそうしている。


 これからの目的の達成のために、私は前に進むしかないのだから。


ーーーーそうこうしている内に『令嬢ランキング』は、開催される運びになった。


 会場に集まった貴族令嬢たちは、ざっと見回して十五人程度。


 その中にはもちろん、第二王子レヴィン殿下を好きで私を何故かライバル視してしまったブロア伯爵令嬢シャーリー様も居た。


 集合するように指示されて近付けば、鋭い目で睨み付けられたけれど、私は別にレヴィンとはそういう関係でもなんでもないのだから、彼女の単なる誤解なのに……それをわざわざシャーリー様に説明しても、余計に反感を買いそうなので止めた。


 にぎにぎしい開催式とが執り行われると同時に『知性』の試験は、実施される事になる。


 学者の家系で生まれた私は、日々勉強することが当然のことだったとは言え、ここに集まった全員がこのために何年も勉強を重ねて来たはず。


 それに、『令嬢ランキング』はかなり歴史も長いだけに、過去問からの出題傾向なども、既に広く知られていた。


 参加すると決めた私も何週間か過去問を解いたり、ここ数年の試験から出題される範囲を予想したりもしたけれど、それを専門に雇われているような家庭教師たちに太刀打ち出来るかどうかが不安で、試験前はとても緊張していた。


 案内された会場で配られた白い試験用紙、必死にそれを埋めて何度も見直し、参加者たちは三日後に城中に貼りだされる結果発表を待つことになるのだった。



◇◆◇



「あ……」


 時間通り、城の中に張り出された順位表にある私の名前の隣にある数字を見て、思わず声が漏れてしまった。


『1位 リゼル・フォーセット』


 そうであって欲しいと願ったし、試験中には手応えがあって、きっとそうなるだろうとは心のどこかで思って居た。


 けれど、この順位表にはっきりと書かれた名前を見るまで、すごく不安だった。


 『知性』の試験で首位を取るのは、まず第一歩。あとふたつの試験でも好成績を収めなければ、序列五位以内には入れない。


 参加者も居るだろう周囲から首位として名前を貼りだされた私に視線が集まるのを感じたけれど、私の父が貴族でも珍しい学者であることを知れば、不正などはないとわかってくれるはずだ。


 専門的に教育を受けたりしても、広範囲に亘る知識は、付け焼き刃では身につかない。


 『知性』の試験では、引っかけ問題も何問か用意されていたし、私だって最後の見直しをする時間がなければ、間違えそうになった意地悪な問題があった。


 それに、諸外国の現状などは知りたいと思っても、自ら興味を持って調べなければ手に入る情報でもない。周辺国の現状を問う問題なども、何問か用意されていた。


 貴族令嬢として社交の実力を問われるのであれば、友好関係にある各国は知っておくべきだし、レニア王国一国のみの政治経済を知っていれば済むという問題でもない。


 考古学者として一年のほとんどを外国で暮らし、その度に土産話を聞かせてくれた父に感謝しなければならない。


「まあ! フォーセット男爵令嬢……凄いですわ! 一位を取るなんて、本当に素晴らしいわ。何か特別に勉強されたの?」


 共に試験を受けていた顔見知りの子爵令嬢が私に駆け寄り、興奮気味に一位を取ったことを褒めてくれた。


「あ……ありがとうございます。今回は、本当に運が良かったのだと思います。諸外国の現状を問う問題は、父から土産話を聞かなければ、わからない問題ばかりでしたよ」


 これは、別に謙遜でもなかった。けれど、周囲のご令嬢たちは口々に褒めてくれたので、私も嬉しくなって感謝の言葉を返していた。


「……あまり、良い気にならないことね」


 不意に悪意ある一言を掛けられ、誰かと思えばシャーリー様だった。つんとした高慢な態度でシャーリー様は立ち去って、私は何も言えないままで彼女の背中を見つめるしかなかった。


 順位付け(ランキング)されるという事は、二位以下に良くは思われない。


 それは仕方ないし、この次に悔しい思いをするのは、私かもしれないのだし……。


「リゼル! 試験で一位ですって? おめでとう。素晴らしいわ」


「まあ、キャスティン!」


 そこに駆け寄ってくれたのは、私の編みぐるみ仲間キャスティンだった。


「それに、眼鏡も外して……ドレスも髪型も、変わったわ。リゼル。本当に素敵なご令嬢になったわね」


「ありがとう。眼鏡を外すことが出来たのは、キャスティンのおかげよ。魔法屋の情報を聞けて、とても感謝しているわ」


 私は精一杯の感謝の気持ちをキャスティンに伝えたけれど、キャスティンは複雑そうな表情を浮かべていた。


「……なんだか、短い間に私には急に遠い存在になってしまったわ。リゼル。貴女って外見に、全く気を使わなかったもの。元が良いと少し意識を変えるだけで、こんなにも美しくなってしまうものなのね……寂しくなってしまうわ」


「キャスティン?」


 顔を曇らせたキャスティンは何が言いたいのだろうと、私は眉を寄せてしまった。


 友人ならばこうして私が上手くいっていることを喜んでくれると思ったのに、まるで努力しない前の私の方が良かったと言われているような気がして……必死の努力が無駄だと言われているような、嫌な気分になってしまった。


「なんだか、人が変わってしまったみたい……リゼルが、近寄りがたく思えるわ」


 現在、キャスティンの着ているドレスは洗練されているとは言い難く、私の着用しているドレスは大人っぽくシンプルなドレスだった。


「外見が変わったことを……悔しく思うなら、キャスティンだって、努力してみたら良いのではないかしら」


「リゼル。それは……」


 私の努力を非難されたように思えて、つんけんした口調になり、キャスティンの顔色がサッと変わって、あ……いけないと思った。


 キャスティンは見るからに気分を害した表情になっていたし、私が努力しようとしたのは私の勝手だし、彼女が遠く思えるようになるのも、別に悪いことではない。


 だと言うのに、こんなトゲのあるような言葉を言ってしまうなんて……。


「悪い。今は俺がリゼルと喧嘩していて、機嫌が悪いんだ」


「まあ……グレイグ様。ごきげんよう」


 キャスティンはぎこちない笑みを浮かべて、突然現れたエドワードに挨拶をした。


 エドワードはキャスティンとフォーセット男爵邸で何度か会っていたし、私と仲が良いことも知って居る。


 エドワードは私と喧嘩する前とは、変わらない様子だった。私にも何事もなかったようにして笑みを浮かべて目で挨拶し、キャスティンには自分が心底悪かったんだというような表情を向けていた。


「……いえ。大丈夫です。そういう時は、誰しもあると思いますわ。リゼル。私は用があるから、これで」


「えっ……ええ。キャスティン。またね」


 キャスティンは手を振って別れ、私はエドワードと二人になった。


 そうなると、周囲の視線も気になってしまう。私も知っているように、エドワードは城の中でも特に目立つ存在だった。


 見ない振り聞いていない振りをして、誰もがエドワードを気にしている。単なる自意識過剰という訳でもなく、ただそんな気がしていた。


「リゼル……あの」


 何かを言いづらそうにして向けられる視線、私はなるべく彼と目を合わせないようにしてスカートの裾を持って礼をした。


「助けていただきまして、ありがとうございます。グレイグ様」


 わかりやすい他人行儀な態度に傷ついた表情を浮かべたエドワードは、小さく息をついた。


「リゼル。ごめん。悪かった……」


「グレイグ様。私に謝罪される事なんて、何もないと思いますわ」


 私はそう言うと、立ち尽くすエドワードの隣をすり抜けて歩き出した。城の中は彼の職場で、私が発表を見に来る事だってわかっていたから来たのだろう。


 子どものような態度だと責められたとしても……もう話したくないし、何も聞きたくない。

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