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10 第一候補

 キイっと音をさせて開いた扉の向こうには、薬草の匂いがした。雑多に置かれたたくさんの本の中、ゆるく煙る鍋が奥の方に見える。


 ここが、魔法使いが住んでいる……魔法屋。


 ゆっくりと店内に足を踏み入れると、ひんやりした冷たい空気が肌に触れた。


「オズワルド。俺だよ」


 レヴィンが中に向かって親しい様子で声を掛けると、しわがれ声がそれに応えた。


「ああ。いらっしゃい……レヴィンか。そちらの女の子は?」


 私が想像する『魔法使い』という存在、そのままの老齢の魔法使いが、ひょいっと頭を出し高く積み上げられた本の影から現れた。黒くて長いローブを頭から被り、白い髭はとても長い。


 レヴィンが私の後に続き、背後で扉を閉める音がした。


「この子はリゼル。オズワルドに視力を良くして貰いたいそうだ」


 私の代わりにここに来た目的を伝えてくれたレヴィンの言葉に、何度か頷いて肯定した。


「ほう……お嬢さん。この魔法屋の魔法は高価だが、それでも構わないと……?」


「あ。大丈夫っ……です。おいくらですか?」


 その後で、魔法使いオズワルドから提示された金額に、私はあまりの驚きに動きを止めてしまった。


 嘘でしょう……このくらいだろうと事前に想像していたよりも、十倍くらい高価なんだけど……?


「……オズワルド。この前に俺が持って来たあの魔導具を売る権利を、彼女の望む魔法の代わりにしてくれないか」


 レヴィンが軽い調子でそう言ったので、固まって居た私はあまりの驚きに口を開けた。


 嘘でしょう。この信じられない金額をレヴィンが、私の代わりに支払ってくれるということ?


「別に良いが、お前はそれで良いのか?」


 オズワルドはレヴィンからの申し出に、驚いているようだった。驚くはずよ。私だって、同じように驚いているもの。


「良いよ良いよ。俺は自慢ではないが、金なら溢れるほど持っているからね。かよわい女の子が困っている事を助けられるのなら、使われることのない金だって本望だろう」


 軽い調子で手を振って、この程度なんでもないと言わんばかりだった。


「レヴィン、あのっ……それは、遠慮します」


 正直に言ってしまうと、レヴィンの申し出はすごく助かる。


 ……けれど、流石にここまでして貰う訳にはいかないと思った。


 だって、レヴィンにはさっき会ったばかりで助けてもらって、ついでとは言え道案内してくれて……しかも、こんなに高額なお金を出してもらうなんて。


 なんだか絶対、何か裏がありそうで……。


「おそらく、リゼルにとっては高額なんだろうが、僕にはそれほどでもない。それに、この魔法具は完全に趣味で、本業は別にあるから気にしないで」


 余裕を感じさせるレヴィンは私には到底思いつかないくらいに、とてつもないお金持ちなのかもしれない。


「決められた金さえ入れば、儂は問題ない。お嬢さん、どうする?」


「レヴィン……本当に、良いの?」


「うん。良いよ。俺は一度出すと言った金を引っ込めるような浅ましい人間性は、持ち合わせていない」


 仮面の男、レヴィンは絶対、怪しい。怪しいけど、私は眼鏡は絶対、外したい……悩みに悩んだ無言の間も、二人は気を使ってくれたのか、言葉を何も発さなかった。


 心の中にある天秤は、何度も何度も大きく左右に振れた。


 怪しい人物には借りを作るべきではない。けれど、絶対に『令嬢ランキング』で上位に入りたい。


 そうなの……そのためには、少しでも外見が良く見えるようになりたい。


「お願いします! ……レヴィン、お金はいつか返しますから」


 決意した私がそう言えば、レヴィンは軽く頷いた。


「別に返さなくて良いよ」


「そういう訳にはいきません」


 ここではレヴィンに頼るとは決めたものの、それは一時的なものにしておきたい。悪い人ではないと思うけれど、信じるにはあまりに謎過ぎるもの。


 仮面を付けてなんかしらの加護持ち、それに大金持ち? 怪しまない方がどうかしている。


「……そう? まあ、君の好きにすれば良いと思う」


「お嬢さん。それでは、こちらへ」


 レヴィンはそう言って軽く肩を竦め、私はオズワルドに手招きされたので、彼の元へと向かった。


「眼鏡を外して、目を閉じてくれるかい」


 指示された通りに従うと、オズワルドは温かな大きな手で私の目元を覆った。そして、熱が上がったと思うと白い光がすぐ目の前で弾けるような感覚がした。


「……終わったよ。目を開けて」


「わあ……」


 これまでのように分厚いレンズ越しではない、色がこれまでよりも鮮明に映る視界が広がっていた。


「へー! 眼鏡外して可愛くなるなんて、都合の良い夢物語だと思っていたよ! リゼル、君って可愛かったんだね」


「そ、そうですか?」


 レヴィンの感心したような声を聞き、まだ眼鏡のない自分を見られていない私はなんだか照れてしまった。


「お嬢さんは、こちらの方が見栄えはするね。眼鏡も眼鏡で、儂は好きなんだがね」


「眼鏡にも、それはそれで趣があることは、俺も認めるけどね。リゼルはない方が似合うし断然こっちの方が可愛いね」


 レヴィンとオズワルドに口々に褒められて、これまでに外見を褒められた事のない私は、何をどうして良いものか悩んだ。


 嬉しい……嬉しいけど、外見を褒められることに慣れていないから、何をどうしたら正解なのかわからない……。


「近いうちに、好きな男とデートでもするのかい。お嬢さん」


 オズワルドは私が誰かとデートをするので、外見を良くしようしていると思ったらしい。


「あ。違うんです。もうすぐ開催される『令嬢ランキング』に出たくて……」


 舞い上がっていた私は、特に何も考えずに、眼鏡を外したかった理由をそのまま話した。


「『令嬢ランキング』? あんなの、ただの目立ちたがり女の集まりじゃないか。俺はあまり好きではないね」


 レヴィンはあの制度をあまり良く思っていない一人らしく、これまでの飄々とした様子には考えられないくらいに不機嫌になり吐き捨てるように言った。


「レヴィンは、そう思うかも知れないけど……私は序列五位以内になって、王太子殿下に求婚するの!」


 別に王太子に求婚するって決めている訳ではないけれど、エドワード以上にわかりやすく身分が上というならば、彼が第一候補だと言えるかもしれない。


 それがあまりに予想外だったのか、店内はシーンと静まり返り、オズワルドはレヴィンをチラッと横目で見ていた。


 私自身はとても、居心地が悪かった。視力が良くなって二人に褒められて舞い上がっていたから、王太子に求婚を宣言してしまうなんて。


「は……王太子に求婚を? リゼル……君って大人しい外見からは想像もつかないくらいに、挑戦者なんだね」


「ええ。色々と事情があって……そうなの。頑張ろうと思っているの……」


 白猫の仮面を付けたままのレヴィンは私の理由に感心したように何度か頷き、これは話しすぎたと反省した私は、これ以上はここでは何も言うまいとお礼だけ口にして大人しく帰ることにした。

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