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008徒弟 せきしりん

 

 1学期の中間考査が終わった週末、夏川ハナヲは近鉄新石切駅前のカラオケ店でヒサゲと会っていた。

 ヒサゲは防衛省所属の青年将校で、魔女七威のひとりであるシンクハーフの世話係を自称? している。


 その彼が、ハナヲ宛てに暗闇姫ヒマリのマンションを訪ねたいと言うので、ハナヲは別に落ち合う場所を指定した。それが駅前のカラオケ店だった。


「せっかくの休みの日に悪かったね」

「いえ。わたしも早く手続きがしたかったので」


 彼が持参した書類に署名するハナヲ。

 これでハナヲは晴れて【魔法使(マージ)】になった。


「前から聞きたかったんですが?」

「何なりと」


「ヒサゲさんは軍人なのに、なんでシータン……あ、いえ、シンクハーフ先輩の世話係なんてしてるんですか?」

「彼女は天才と言ってもいいほどの魔法科学者でね。でもひとつ問題があって」


 シンクハーフはいったん物事に夢中になると寝食を忘れてそれに没頭する。自己の世界に埋没すると表現してもいい位に。


「3日程度なら平気で不眠不休を続けます。放っておけば1週間や10日でも続けるでしょう」

「――で、ヒサゲさんがお世話係を買って出たと?」


「いいえ」

「じ、じゃあ。……もしかしてシータンの御指名?!」


 勘ぐり頬を赤らめる。


「いいえ。残念ながら上からの指示です。失礼ながらそれまで彼女の事を全く知りませんでした」

「な、なーんや」


 前のめりで質問してしまい収まりがつかなくなったハナヲは、そばのマイクに手を伸ばしてヘッド部をナデナデした。意味の無い動作だった。ヒサゲ、思わず相好を崩す。


「ところで。今日はどうしてこんな場所を指定したんですか?」

「えーと、ウン。あのさ、実はここって昔よくお父さんと来ててん。……ときどきヒマリ姉もね」


 良からぬ犯罪や事故防止のためだろうか、入口のドアは摺りガラスになっていて、外の廊下から室内が見渡せる。

 ヒサゲはそれを意識しているのか、廊下が見える位置に腰掛けている。

 そうして常に室外に気を配っていた。

 無論、少女に対し良からぬ犯罪を企てようとするためではない。


「ダメですよ。暗闇姫さんに居所も告げずに出歩いて」

「ど、どうして。わたしがヒマリ姉にナイショでって」

「わたしも大人ですから。家の人に黙って年頃の子と外で会ったりはしませんよ」

「イヤミや……」


 ヒサゲが、持参したビジネスバックから小さな箱を取り出した。

 一見エンゲージリングでも入っているのかと錯覚しそうな入れ物である。


 それをドギマギしたハナヲに差し出した。

 中を確認すると【赤紫鈴(せきしりん)】だった。

 魔法使のレベルを示す魔装品だ。


「白色……なんや、わたしの鈴」


 赤紫鈴には様々な色がある。

 白、黒、紫、銀、そして金色である。

 この順番に魔法使の力量がランクに応じて変色するのは周知されている。

 魔法使の階級とは別物の、鈴自体が超常的に判断している指標となる。


 ハナヲの鈴には【七】と書いてある。

 つまり、白の七位。

 言わずとも、この色のこの数字が最下層、最弱であった。



 ⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒  ⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒



 ◇余禄1 “階級者早見表“


 奇英 【グランサージュ】

 回天 【サージュ】

 独歩 【アンサンセ】    

 師事 【ジガンテスク】

 主導 【コロッサル】    ココロクルリ、シンクハーフ

 先達 【フォリー】     

 新入 【プープロフォンド】 

 試用 【エプルーヴ】    黒姫 (暗闇姫ヒマリ)

 助手 【アピュイ】     

 徒弟 【トレナール】

 入門 【ポルトロン】

 未就 【アンコンペタン】  夏川ハナヲ


 ◇余禄2 “赤紫鈴練達早見表“


 金色 ※魔女七威のみが所有(生涯序列不動)

    威一位:不詳

    威二位:黒姫 (暗闇姫ヒマリ)

    威三位:シンクハーフ

    威四位:不在

    威五位:不詳

    威六位:不在

    威七位:ココロクルリ


 銀色 ※七位まであり

 紫色 ※七位まであり

 黒色 ※七位まであり

 白色 七位:夏川ハナヲ ※七位まであり(不特定多数・最多)



 ⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒  ⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒¨⌒


 

 ヒサゲが尋ねる。


「魔法使になる。本当にそのような選択で良いんですか?」


 少し興奮気味だったハナヲは我に返り、冷めたカオでいったん鈴をテーブルに置いた。


「今更このタイミングで訊くん? ウン、なるよ。わたし魔法使になる。そう決めたって。もう署名もしたでしょ」

「……そうですか」


「『そうですか』って。だってそれが、ヒマリ姉に出した二つ目の条件なんでしょ? わたしを強つよの魔法使に鍛えて欲しいって? けどもヒマリ姉は拒否ってるって? やからこうして契約を強行してるわけで」

「正直に言って企みはまぁそうですが、ニュアンスは全然違いますよ? 暗闇姫さんには条件と言うか、お願いをしました。『くれぐれも本人の意志を第一に考えてあげてくれ』と。そして『もし魔法使になりたいって言った場合、全力でサポートしてあげて欲しい』と」


 しばしハナヲは沈黙した。自分に言い聞かせるように頷き、鈴を眺めた。


「わたしこそ正直ゆうとね、ヒマリ姉は、わたしが魔法使になるコトにあんましいいカオしてへんねん」

「そりゃあ……。まさに命がけの仕事ですからね」


「けどさ。どんな仕事でも体削ったり、頭使ったりしてナンボやん? 魔法使って【命の消費】がハッキシと表に出ちゃってるし、即死につながるコトも多いから、【とにかく命がけ】って思うだけなんとちゃうの? って」


 やや舌足らずな物言いで、年上のヒサゲに主張する。


「エラそうやけどわたし、ヒマリ姉の役に立ちたいねん。それからお父さんに一秒でも早く会いたいねん! 魔法使になるのはそのためやねん!」

「お父さんって、いま冥界に居るんでしたよね?」

「四九日が過ぎたらお父さん、女の子に転生しちゃうでしょ? やからその前にわたし、何が何でも魔女七威に昇格して冥界に行くねん! お父さんの転生を止めるねん」


 ヒサゲの表情が曇った。「その意気です」などと、その場の流れで調子のいい事を言わないのが彼である。

 その心の変化を見て取ったハナヲ。


「分かってる。そう簡単に魔女七威になんてなられへんコトは。でも諦めたくはない」

「ええ、そうですね。――まずはどこかの市で独り立ちするところからですね。ハナヲさんはさしずめ徒弟(トレナール)扱いでしょうか。そうして他の魔法使とのゲーム(練習試合)を頑張って、レベルを上げて行くことです」


 徒弟(トレナール)は下から数えて二つ目の階位だ。仮免の域を出ない。

 ちなみに黒姫ヒマリは、ハナヲとたった二つ上でしかない試用(エプルーヴ)に落とされている。


「一つだけ言わせてください。ハナヲさんは『他の仕事と変わらない』と言いますが、魔法使というのは、とことん命を張った特別無二の仕事だとわたしは思っています。ですので他人のため、だけでなく、自分のためにこそ職務を全うしてもらいたいです」

「え、ええ」

「生き急ぐな。死に急ぐな。そう言いたいわけです」


 頷くハナヲ。「生き死に、急がないです。そうやんね、有難う」と小さく、胸に刻みつけるかのように、はっきりゆっくりした声で復唱した。


 そして、こう付け加えた。


「頑張らなくちゃならないって思ったら気が重いです。なので、何かに打ち込むことで『わたし、生きてるぞー』って威張れるように、まずはなりたいです」

「ええ、そうですね。それがいいですね」


「――ヒサゲさん。せっかくなんで、もひとつ教えてもらっていいですか?」

「ええ。なんなりと」


「こんな独特の階級名とか、ゲームなんかのルールを決めたのは、いったい誰なんですか?」

「それは魔女七威ファントーシュソルシエールの序列第一位、漆黒(ノワルディジェ)姫です」


 漆黒(ノワルディジェ)姫。


 先の大戦で最も活躍したとされる英雄の一人。

 7人の有能果敢な魔女ファントーシュソルシエールたちを率い、最終勇者を撃破し、世界を救った第一級の魔法使(マージ)だった。


「漆黒姫、本名は不明。戦争前はまったくの無名だったんですが、大戦で第一等の戦功を挙げて昇り詰めました。戦争終結直後、非常時に即応できる魔法使(マージ)たちを管理下に置き、育て、継続的に組織として機能する仕組みを組み立てたのは彼女です。非公式ながらその運営システムは数年経った現在も、防衛省幹部に認められています」


 ハナヲは首をかしげた。


 

 魔女七威の首座だという漆黒姫。

 ということは、ヒマリ姉やココロクルリより格上。

 つまりは彼女らの上役にも当たるはずだ。


 しかし、黒姫ヒマリやココロクルリらからその名を聞いたことが無い。

 今思うと、その手の話になると何となくはぐらかされていた気がする。

 ハナヲは疑問に感じていた事を口にした。


「それは……。暗闇姫さんやココロクルリさんは、漆黒(ノワルディジェ)姫を何となく避けていると言いますか……」

「避けてるの? どうして? 仲が悪いの?」


「えー……と。まぁ、それはおいおいに……」


 珍しく言い淀むヒサゲを不服そうに眺めたハナヲは「まいっか」と赤紫鈴を手提げバッグにしまった。


「あ、それは普通体内に取り込むものですよ」

「え、体内?」


 呑み込むのだそうだ。

 すると自己と一体になる。

 魔法使の成長にともなって、その色や文字が変化するという。


「何かヤなカンジする」

「大丈夫ですよ。そうすることによって晴れて鈴と契約したことになります。赤紫鈴は、宿主のために陰ひなたになり働き続けます」


 しかたなく大口を開け、言われるままに一気飲みする。

 心配していたほどの不快感や違和感はない。


「手の平を上に向けて赤紫鈴をイメージすると、発現できます」

「――あホント、鈴が湧いて出た」


 赤紫鈴が「呼んだ?」とばかりにカオを出す。

 ハナヲはニヤつくと鈴をしまい、代わりにマイクを取り上げた。


「せっかくやし、わたし、歌う」

「カラオケは好きなんですか?」


 首を振る。


「お父さんが好きやってん。わたしはお父さんが歌ってんのを横で聴く専門。けども今日は歌いたい気分やねん」


 そう言ってハナヲは数曲、歌を披露した。

 全曲1980年代から90年代のものだった。


「なかなかお上手ですよ! ハナヲさん。でもナゼ昔の歌ばかりを?」

「やからぁ、わたしは聴き手専門やったからやって。お父さんが歌ってた曲しか歌われへんねん」

「ああ、なるほど」


 その後も1時間ほどカラオケタイムが続いたが、彼女のパパっ子ぶりをどう思ったのか、ヒサゲは惜しみない拍手を送り続けた。

 さらにハナヲにせがまれたので、彼も持ち歌を披露し(プロ並みに上手かった)、ふたりは和やかで楽しい時間を共有した。


 ハナヲがカオを曇らせた。


「どうかしましたか?」

「こんなコトならヒマリ姉も呼べば良かった。わたし……」

「本当に仲が良いんですね。おふたりは」

「……ウーン、どうかな。わたしはヒマリ姉が大好きやけど、ヒマリ姉は……」


 夏川ハナヲの母親はすでに他界しているが、同じく母も魔法使だった。


 母の魔法使としての活躍ぶりは当時まだハナヲは幼かったもののボンヤリと覚えているらしく、幼稚園などで自慢していた記憶があったり、プロパガンダ臭のする魔法使アニメに興奮し、父親と二人で魔法使ゴッコに興じて、母親にウルサイと怒鳴られたなあと、再三父から聞かされてもいた。


 その母の末路が戦死だったという話は、父ではなくヒマリから聞かされていた。


 魔法使という仕事に興味を抱いたハナヲが彼女に初めて相談したときで、それは割合最近の話だった。ハナヲは叔母が、未来を夢想する後輩に対してわざわざそのような痛烈すぎるネガティブアドバイスをしたのが、彼女が魔法使になるのを反対している明らかな証拠だろうと捉えていた。


 だからこそ今日の手続きは見られたくない、邪魔されたくないという意志が働いた。

 もっと言えば、叔母は「ズルイ」とさえ思っていたから。


 何故なら自分は好き勝手に人生を歩んでいる。

 なのに、姪には憧れの人生を歩ませない。


 そんな理不尽な道理はオカシイ。願い下げだと反発していた。

 だから別の場所でヒサゲに会った。

 ヒマリ姉をカラオケに誘わなかった。


 それをハナヲは今更になって後悔し、反省し、しょげているのである。

 その心情を察したらしいヒサゲは、今にも泣きだしそうな面を浮かべている思春期の少女に、気を逸らす話題を柔らかくぶつけた。


「ところで新しい学校はもう慣れたんですか? 友だちは?」

「え? あ、……ウン。えーと。なんか声かけてくるヤンキーみたいな人は何人かいるけど、女の子の友だちはまだ」


 ヒサゲが柔和な笑顔を絶やさずに次の慰めを思案したとき、彼の携帯のマナーモードが反応した。

 メッセージを一読すると真顔になった。ココロクルリからだった。


 数秒ほど逡巡の間があった後、メッセージをハナヲにも見せた。

 突き付けた彼の眼が「どうしますか?」 と訊いていた。


【敵が網にかかった。作戦決行したい】


 ハナヲの全身にドッと汗が噴き出した。

 凍えそうなほど冷たい汗だった。


 廊下で物音が聞こえた。


「来ます」



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