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007入門 ぎごちない二人


 黒姫(=暗闇姫ヒマリ)の住むマンションに、ヒサゲが差し入れを持って訪れていた。

 とても異例な事だった。


「お気遣い、痛み入ります」

「それはこっちのセリフです。お休みのところ応対してくれて恐縮です」


 こたつをはさんで差し向かいのふたり。ぎごちない空気が流れている。

 互いに正座を崩さないことで、その状態を如実に物語っている。


「いえこちらこそ。わざわざ高槻から東大阪まで来てもらって」

「大丈夫ですよ。仕事ですから」


 彼の「仕事だから」という言葉に、黒姫――ヒマリの頬がわずかに引き攣った。


「――それで御用向きは。やっぱり魔法使(マージ)に関してですか?」


 ヒサゲ、弱ったカオで頷く。


「だいたい予想してました。お上から何かお達しがあったんですね」

「……すみません。率直に言います。このままでは暗闇姫さんが、ゲンニタイの戦闘チームから外されます」

「――やっぱりそうですか」


 ゲンニタイを引っ張るのは魔女七威。

 魔法使の憧れの称号。


 その立場でありながら、戦力としてみなされないという事になる。


 ヒサゲ、目線を上げて暗闇姫ヒマリをまっすぐ見詰めた。

 途端に紅潮した彼女だが、慎ましやかな態度と姿勢は崩さなかった。


「暗闇姫さん。――戦後になって、あなたの魔力は減退してますか?」

「……してないと言ったら嘘になります」

「……そうですか」


 ヒサゲの、困ったような悩んでいるような表情をヒマリはぼんやりと眺めた。

 そして、この人とこうしてふたりきりで話が出来たのは、いつ以来だろうかと雑念を抱いた。


 あろうことか彼が、わざわざここまで足を運び、一生懸命に自分の事を心配し考えてくれていることについては、まるで他人事の気分だった。

 なぜならヒマリは、自分の身にこんな日が来る事を予想していなかった。


 戦力外通告。

 彼が今日、わざわざ彼女の家を訪問した目的はそれだ。


 ヒマリは思った。

 この人と、こんな形でこんな話をしなければならないなんて。

 到底受け入れられることではなかった。


「暗闇姫ヒマリさん。あなたがゲンニタイに留まるにはふたつ、条件があります」

「――え?」


「現在の暗闇姫さんには厳しすぎる条件です。ですがそれをクリアしてくれれば、ボクがあなたをゲンニタイに留まらせます」

「わたし……防衛省を……ゲンニタイを、辞めなくていいんですか?」

「はい。ボクが辞めさせません。絶対に辞めさせません」


 10秒ほど天井を仰いだヒマリは、視線を戻し力強くうなづいた。


「条件。言ってください」



〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 

 翌朝、今度は姪っ子の夏川ハナヲが黒姫ヒマリを訪ねて来た。

 居留守の黒姫に、ハナヲはしつこくインターホンを鳴らす。


「留守や、帰れ」

「留守って! インターホンに出たし! おるし! 開けてよヒマリ姉――って、アレ?」


 ドアに触れたハナヲ、小さく息を漏らした。カギはかかっていない。

 勝手に入り、居間へ。


 こたつで背中を丸め、小さくなっている黒姫が視界に入った。


「……何や。手ぶらかい」

「ウン。あんな、差し入れ持って来よーって思ったんは思ったんやけどな。家の中荒らされてて、それどころやなかってん。ごめんね、ヒマリ姉」

「は?! 家を?!」


 引き籠もりを決め込み、外界完全遮断モードだった黒姫ヒマリ。

 突然の姪からの報告を受けて驚愕したあまり、平静時よりも3オクターブほどの高音が出てしまった。


「でも大丈夫やで? 物盗りや無かったみたい。お金は無事やったよ」

「物盗りと違うってったら……そんじゃ何やねん?」


 首を振るハナヲは自分なりの推測を述べた。


「わたしんちだけや無くって、他の魔法使の家も荒らされたみたいなんや。わたしの思うに、多分相手は魔法使の敵……なんとちゃうかなぁって……知らんけど」

「……勝手な憶測すんな。アホチン」


 黒姫ヒマリがのそのそと動き、ハナヲと自分にミルクティを作った。

 ラベルにルイボスティと書いてある。

 ヒサゲがくれた差し入れのひとつだった。


「いいか、ハナヲ。アンタは今日からここに住むんや。あの家にはもう帰ったらあかん」

「へ? なんで?」


「それくらい理解しぃ」

「うーんと。いつまたデュクラス(勇者)がウチを襲うかワカランから?」

「そうや、その通り」


「それと、この家には強力な光避けの結界が張ってるから? わたしんちより安心ってコト?」

「はあ?」


 マグカップを持ち上げる手を止めて、黒姫ヒマリはハナヲを睨んだ。

 向ける目はハナヲの表層でなくその内実、彼女の秘めた魔力質量を検分するものだった。


「――どういうイミや?」

「なんでって結界。張ってるやんな? だいぶと強いやつ。こんなけ強かったらデュクラスは素通りするやろな」


 その通り、間違ってない。


「おとつい。アンタら喫茶店に来たやろ?」

「ウン、そうやね」

「えーと」


 やや思いあぐねてから黒姫ヒマリが言う。


「そのときに、もしかしたらデュクラスに何らかの目星をつけられたかも知れんいう話や」 

「……やっぱりそーやってんや。ヒマリ姉、その敵と接触したんやね?」


 黒姫ヒマリは任務に失敗した。倒すどころか見逃してしまった。


 だが、失敗したのか? 逃がしてしまったのか? とはハナヲは聞かなかった。

 むしろ、無事でいてくれて良かったという安堵の気持ちが、彼女の浮かべた表情から読み取れた。


 その態度に黒姫ヒマリは逆に傷ついた。


 ハナヲにはとうに知られている。

 黒姫ヒマリには最早魔女七威ファントーシュソルシエールを名乗る魔力(資格)など無いことを。


 今あるのはプライドと責任感、そして過去の実績を小出しにしながら、不格好に地位にしがみつく、浅ましい魔法使(マージ)の足掻きだけだと覚った。

 姪っ子は明らかにそんな自分に気遣いを見せている。


 それが無性に辛く、そして腹立たしい。


 ヒマリの心を察したのか、ハナヲが取ってつけたように「紅茶おいしい」と破顔した。


「ねえ、ヒマリ姉」

「――何や」


「えーと……今晩はわたしが作るよ。何がいい?」


 歯を食いしばって何かに耐えたヒマリは、クローゼットの奥から魔法の杖を探り出しハナヲに突き付けた。


「引っ越し祝いや」

「これって……魔法使の杖?」


 キョトンとしつつも受け取り、矯めつ眇めつ眺める。


「小さいときにわたしが初めて持ったやつや。これくらい使いこなせんかったら……」

「え、わたしが魔法使になるコトを認めてくれるん?」


「ちゃうわ! ハナヲに力量不足を痛感させて、魔法使を諦めさすためや」



〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓



「しゃーない。ハナヲの家には近づかないようにするわ」

「わたしたちがそばにいたら巻き添えを受けるかもしれませんしね」


 ヒサゲが要請したおかげで、シンクハーフとココロクルリも、元々のハナヲの自宅である夏川家には立ち寄らなくなった。


 あなた方の大事なハナヲ(後輩)が勇者を怖がっている。

 などと彼が、黒姫ヒマリの発した警告をうまく伝えたためである。


 実際はココロクルリらの身を案じての配慮だという事に、彼女たちは気付かない。

 それだけ、先日黒姫が遭遇した勇者は脅威だった。

 黒姫の様子から、ヒサゲはそう認識したのだった。


 それからは暗闇姫(やみき)ヒマリの住むマンションが4人の集合場所になった。

 結果的にヒマリが黙認する形で魔法使のマンツーマン勉強会は継続された。


 ヒサゲの手引きで夏川ハナヲは暗闇姫ヒマリと同じ、近所の中学校に通い始めたが、1週間ほどは光の加護(デュクラス)の奇襲に備え、緊張の登下校が続いた。


「自宅はヒサゲさんが手配してくれたおかげで、無事に売却できたよ」

「泥棒が入った家によく買い手がついたな」


「大人の力ってすごいね。ヒマリ姉はあの人のそーゆー頼りがいのあるトコが好きなん?」

「……は? ……なんやて?」


「え? ……だって。好きなんやろ? ヒサゲさんのコト? ……違った?」

「は……う……、だ、だまれっ」


 ボカンと一発、アタマをどつかれたハナヲは、ナゼ殴られたのか疑問符を飛び散らせながら「ヒドイ」とブーたれた。


「……あの人は。ただのお目付け役や。わたしら魔法使のな。仕事やから仕方なくわたしらに付き合ってるだけ。――防衛省の職員として」

「ふーん。ただの……ねえ。要は軍人さんなんでしょ。ま、格好いいし優しいから別にわたしは素性なんて気にならんけど?」

「ハナヲの。そういう風な試すような言いっぷりがヒッジョーにイラつくんや」


「いしし。まぁまぁ。……でさ」


 シンクハーフとココロクルリから距離を取り、黒姫ヒマリにヒソヒソ話をしかけるハナヲ。


「魔女七威に留まる条件って、まずは東大阪に潜伏してるデュクラスを見つけ出して駆除するコトなんやろ? ふたりにも助けてもらわんとね?」

「そんなんはハナヲにはカンケイないコトや」


「それで、条件の二つ目って?」

「……そんなん知ってどーすんのや。いい加減にせんと」


「ヒサゲさんから聞いてとっくに知ってるし。いまさらダンマリせんとって」

「わたしはアンタを――」


 言いかけたとき、ココロクルリとシンクハーフの会話が耳に入った。


「昨日、助手魔法使(アピュイ)が挑んできてさぁ。朝っぱらからよ、もうメンドーくさいったらなかったわ」

()()()()()、まだ続行してるんですか?」


「ウンまあね。後輩魔法使を指導してやれって、時々」

「じゃあ仕方ないですね。胸を貸してあげなきゃです」


 ハナヲが首をかしげる。


「ねぇねぇ。なにそのゲームって?」

「ちょっと! それこないだ教えたでしょ、物覚えが悪いにも程があるわよ!」


 短気のココロクルリに代わってシンクハーフが説明する。


「えっとですね――」

 

 ――魔法使には隠然とした階級がある。

 入門、徒弟、助手、試用、新入、先達、主導、師事、独歩、回天、奇英……である。


 階級には上下関係が伴うが、勿論魔法使の間だけの習わしにすぎず、尉や曹など軍隊としての階級は別にちゃんとある。だが誰が使い始めたのか、この呼称が彼ら仲間うちでは浸透している。


 で本題であるが、試用(エプルーヴ)以下の者には()()()()というか、ある種の呪い(=ペナルティ)が掛けられている。


 自分の住む街から外に一切出られないのである。


 つまり、東大阪市民であれば東大阪市から一歩も市の外に出掛けられないのである。

 唯一例外が認められるのは、魔法使間でゲームと称した練習試合をするときだけ。(練習試合と言っても本気の模擬戦だが)


 掟を破って他市に行くと3階級降格するそうだ。

 下手すれば、例えばもう一度入門(ポルトロン)からやり直さなければならない場合もある。


「なんでそんな理不尽がまかり通ってるの?」


 再びココロクルリが説明を担当する。しゃべりたがりらしい。


「それには大きな理由があるのよ」


 簡単に言うと、自分の街も守れないようでは魔法使の資格無しという理屈だった。

 なのでまずは【自分の住む地元の平和を守れ】ということだった。


 この発想は防衛省幹部も承知し、彼女たち魔法使の基本ルールとして不文律化している。


「やったら他市にわっざわざ勝負を挑むのは? なんで?」

「魔法使は己が実力で守るべき地域を維持しなきゃなんないの。デュクラス来襲に備えて、練習試合というか? 縄張り争い、かな」


「縄張り争い……まるでヤクザの世界やな」

「だって。ひとつの市に出る魔法使への報酬は定額なんだもの。それを複数人で細かく分けっこしてたら到底暮らしていけないもの」


 何て世知辛いんや。

 ハナヲは思わざるを得なかった。


「ちなみに防衛省からお給料が出るのは、新入(プープロフォンド)からね。試用(エプルーヴ)以下は市町村から、そこの人口に応じた手当てが出る仕組み」

「なっ?! 人口に合わせて……ああ」


 ハナヲは思い出した。

 先日、黒姫ヒマリにある一通の手紙が届いていた。


 防衛省からの通知書だった。

 チラ見だが、そこには【魔法使資格変更のお報せ】と確かに書いてあった。


「ヒマリ姉! もしかして試用(エプルーヴ)以下の扱いに――?!」


「え? エプルーヴがどうしたのよ?」

「あっあわわ! 何でもないっ! ()()()()()()なぁってシャレ。てへへ……へへ」

「ハナヲさ。オヤジっぽいからそんなダジャレやめて」

「あははは、ごめーん」


 黒姫ヒマリがカオを背けている。

 その態度でハナヲはすべてを覚ってしまった。


「まったく。わたしたち魔女七威には無縁の話だけど、ハナヲはこれから入省目指して頑張らなきゃなんだからね、そのへん分かってる?」


 ココロクルリ、先輩が後輩に説教がましい。


「はーい。ルリさま! いーえ、ココロクルリ先輩ッ」


 適当に流しつつ、黒姫ヒマリに囁く。


「お給料、大丈夫なん?」

「ウルサイ。ハナヲの心配する事ちゃう」


「ヨカッタぁ。やったら魔女七威のお手当は残してもらってるんや?」

「いや一時停止……って。ウルサイ、ウルサイッ!」


 カオを真っ赤にして暴れる黒姫ヒマリに、ココロクルリとシンクハーフが狼狽した。

 しかし理由までは解かっていない。

 ハナヲとの遣り取りを遠目に気にしているのみ。


「ウソやろ、ヒマリ姉……! んじゃ今って無収入なん?!」


 そんなハナヲも別の意味で狼狽した。


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