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005入門  センパイ魔法使

 

 春4月。


 今年の桜は天候不順から開花が遅れ、ちょうど満開の時期を迎えている。

 中学3年、1学期の始業式を終えた夏川ハナヲは、シンクハーフの住むマンションに向かった。

 春休み後もココロクルリとシンクハーフ、両先輩の【魔法使】講習は続いている。


 もともと人見知りする性質のハナヲだが、頻繁に会うせいか、この頃にはすっかり打ち解けていて、新しいクラスメートよりもずっと親しくなっている。


「ねぇハナヲ、聞いてるの?」

「アデッ、は、はいっ!」


 昼食をごちそうになり、良い気分で眠気に襲われていた半目のハナヲにデコピンし、ジロリとにらむココロクルリ。

 すまし顔のシンクハーフが続ける。


「いいですか? 魔法使の戦闘は実に実に特殊です。相手の存在を感知したときから攻撃の準備にかからなければ間に合いません」

「……はぁ」

「いかに相手に気取られずに大きな魔法を当てられるか。決着は一瞬です。感知したらまずは標的範囲の設定をします。つまりは魔法結界です。相手を自分の縄張りに誘い込み、閉じ込めるのです」


 ウンウンとうなづくのはココロクルリ。「その通り」と相づちを打つ。


「繰り返すけど、その作業は地味に、目立たないように行うのよ? 気付かれたら負け。気付かれた時点で防御魔法を全開にしてダッシュ逃げすべきね。そしてもう一度最初からやり直しするのよ?」

「――です。いかに魔法攻撃というものが難しいか、という話です。……またデコピンをお願いします、ココロクルリ」


「わわわっ! ちゃんと寝ずに聞いてますって」


「さて。では【地味に結界を張る】とはどういうことか分かりますか?」

「えーとえーと……呪文と動作を小さく、なーんにも考えてない素振りで、相手の気を逸らせながらジンワリと発動させる……」

「チッ」

「だいたい100点です。良くできました」

「ちょ、いまデコピンしかけてたよね?! 舌打ちしたよね?!」


 無表情を貫くココロクルリの手はデコピン体勢だった。

 仕方ないと首を振り、背中から今度は【ハリセン】を取り出す。関西のお笑い寄席などでいわゆるツッコミに使われる、扇子状の小道具だ。それで叩かれると案外痛い。

 しかも彼女のハリセンの大きさははハナヲのカオのサイズをはるかに凌いでいた。


「これ作るのに100円もかかっちゃったんだー。シンクハーフ、お金返してよ」

「相変わらずドケチ金髪ツインテ女王ですね。感心しすぎて目がでんぐり返りました」

「ケチじゃなくて、しっかりしてんの。ねぇ聞いて! やっと貯金億越えしたんだー」

「なんてイヤラシイ女。たったそれっぽっちのお金で自慢げに」

「なんだとぉ?」

「やりますか? そーですか?」


「うわわ――。やめてよ、ふたりとも! ガラス窓が魔力圧でビリビリ鳴ってるし! 割れそうだよぉ! ここ、タワマンの最上階やんね! 割れたら突風で跳ばされるんじゃない?」


 青ざめるハナヲにスルドイ質問が飛ぶ。

 

「それで? 時が満ち、いざ攻撃をするときは?」

「えーとえーと。できるだけ短時間で。できるだけ魔力を一点に集中させて。そして、できるだけ近距離で一気に放つ……やったっけ?」


「その通りです。よく理解できましたね」

「ホッ。良かったぁ」


「チッ。忘れてたら必殺ハリセンチョップをお見舞いしてやったのに。まぁ昨日の今日だもんね、憶えててとーぜんだわ」

「マジでゆってんの? ココロクルリさん?」


 シンクハーフが咳払いした。


「ハナヲさん」

「は、はい。……シンクハーフさん」

「ハナヲ」

「なんですか……? シンクハーフさん?」


 なかなか言葉を継がないシンクハーフ。再び咳払いする。

 何故かモジモジしている。うっすらカオを赤らめている。

 どうしたのか? と怪訝に眉を寄せて彼女に注目するハナヲ。


「――いいですか? あなた、今日からはわたしを【シータン】と呼びなさいな」

「えー? し、シータン……?」


 唐突である。

 ウム、と満足げにうなづくシンクハーフ(今日からはシータン)。

 ココロクルリがケラケラと笑い立てる。


「そんなムリヤリ言わせて楽しいの? だったらわたしの方は別に【さま】付けでいーからね、いちお先輩なんだし」

「はひ? ココロクルリ……、さま?」

「長いわね。じゃあココロさま……じゃないな、えーとクルリさま……ウーン、ルリさまでいーや、これからはわたしに対して敬いと親しみを込めて【ルリさま】って呼んでいーから」


「えーと……シータン……ルリさま」

「あはぁ」


 魔女ふたりは首をフリフリ、これ以上ないくらい赤面して照れ喜んだ。


「シンクハーフ。これってさ、ハラスメントじゃないよね?」

「違いますよ。きっとパワハラというやつでしょう?」


 ふたりの遣り取りに苦笑いしつつ、ハナヲはようやく、本日用意していた質問をはじめた。


「――あのさ。サジェスとわたしらミニュイは外見が似てるよね? なのになんで彼らの創作物には、わたしらがまるでバケモノのように描かれてるの?」


 ココロクルリとシンクハーフはすっかり先生になり切っている。


「神話以前の時代には、わたしらミニュイは今よりももっと特異な容姿をしてたらしいの。頭におっきな角が生えてたり、両腕が翼になってたりってね」

「肌も青とか赤とか、鱗があったり、です」


 書棚から、シンクハーフが蔵書を取り出す。


 表紙に【いにしえの人類(魔物たち)】と書かれている。

 サジェスとミニュイの考古学者が共同編纂したものだ。

 多種多様な魔物(ミニュイ)の種族毎に、進化の過程と身体的な特徴が絵入りで掲載されている。


「まぁ今でもエルフ民族は耳が割ととんがってるし、妖精(ファウツー)族は背中にちっちゃな羽根を隠してるやんね?」

「中央アジアに多く分布しているドワーフ民族なんかも背は低いけど、グリッとした眼で屈強な身体してますしね」

「世界中にたくさんいるゴブリン系の人たちの歯はとっても大きくて飛び出てるし、肌は青みがかってるよね」


 ちなみにシンクハーフは極東地域のシベリア・エルフを先祖に持つし、ココロクルリはというと、アメリカ大陸から渡来したインデェナ・ハーフエルフの血が濃いが、千年ほど前に交配した東南アジア系ポリネシアン・ドワーフの血筋も混じっている。


 そして。


 夏川ハナヲと、黒姫こと暗闇姫ヒマリは、中華系ハーフリングと鬼族(悪魔系種族)の系統が先祖であるような特徴を有し、若干低めの背丈とともにくりっとした大きめの目、チラリと目立つ八重歯、さらに頭に突起程度だが小角が見える。


「竜族の系譜とか爬虫類系の人たちは太古の祖先の面影をもっとも強く遺してるけれども、今はごく少数民族だし、秘境暮らししてるから、あんまり見かけないわよね」

「実はひっそりと絶滅しちゃった種族もいるっぽいかも」


 総じてこの本に載っている魔物たちのほとんどは、現代のミニュイのご先祖たちに相違ない。

 しかしハナヲはある箇所で、ページをめくる手を止めた。


「アレ? サジェス族もこの本に載ってんで?」


「当たり前でしょ。ヤツらだってわたしらと同じ魔物であって【人類】だし。ヤツらとの血の混じりを経て、現代のわたしたちの種族が形成されてもいるんだから。――だけどいつの間にか、サジェスたちは自分らの方が特別だって思い始めたわけよ」


 ココロクルリが得意げにのたまうと、シンクハーフが反論の矛を振り出した。


「本当にそうでしょうか。特別だと慢心したのはむしろミニュイ、つまり、わたしたちの方かも知れませんよ?」

「何よ! 真っ向から異見しないでよ。後輩の前で恥ずかしいじゃない!」


 ハナヲの横に並び、本を覗いたシンクハーフ。

 ちょっと首をかしげてココロクルリを見る。


「サジェスは【知恵の民】と言われています。学力テストをすれば、もしかしたらわたしたちよりずっと優秀な結果を残すかも知れません。太古の恐竜時代に、物陰に潜んだネズミがしぶとく生き延びたように、原始時代にひ弱だったホモサピエンスがネアンデルタール人を制したように、彼らサジェスはそのうちわたしたちを凌駕して、本当にこの世界を乗っ取りそうな気がします」


「なーにをコムズカシイ。先の大戦でサジェスはわたしらに反抗して負けちゃったじゃん? じゃあそれって、わたしら魔法使が最終的にはミニュイの平和を守れない役立たずになるって言いたいの?」

「だから。思い上がってはいけないってコトです。そう言ってるだけです、わたしは」


 

 世話係のヒサゲが柔和な笑みをふりまき、食事を運んできた。

 雰囲気を一変させるほどの爽やかさを溢れさせている。


 意見の食い違いで妙な空気になってしまった3人の表情が緩まった。


「ヒサゲくん。昨日逃げた光の加護(デュクラス)、見つかったの?」


 ゲンニタイ(=幻想科学第二陸上自衛隊監視部)の報告によると、花園公園で遊んでいた家族連れを襲った光の加護(勇者)は実は2人いた。


 そのうち一人は、魔女七威ファントーシュソルシエール現着前に立ち去っていた。


 現場に居座った者は警官相手に大暴れし、魔女七威と戦闘になった。


 ココロクルリが先陣を切り、シンクハーフが後援。指揮は黒姫が執った。

 ヒサゲの要請もあってハナヲも初陣を飾ったが、直接戦闘には加わらなかった。

 手出しは黒姫が赦さなかった。


「いえ。まだ捕捉できていません。恐らく東大阪市内のどこかに隠れているものと思います。何かトラブルが起きれば直ちに足取りがつかめますが、今のところは、それらしい事件は起こっていません」


 こうしている間にも逃亡したデュクラスが、戦う術を持たない市民(ミニュイ)を襲う可能性がある。


 今日下校した黒姫は、昨日戦った現場の花園公園付近で捜索を続けていた。

 そうした単独行動は3人が知る由もない。

 ついでのようにヒサゲが付け足し報告する。


「その残り一体については、黒姫さまが単独で追跡中です」


 飛び上がって驚いたのはハナヲだった。


「ヒマリ姉の応援しなきゃ!」


「えー? 大丈夫よ。なんせ彼女は魔女七威で、序列第二位の大魔法使い(ソルシエール)なんだから」


 口を尖らせるココロクルリ。胸の前で手を組んでうっとりした。

 まるで憧れのお姉さまでも夢想しているかのような眼差しだ。

 それだけ敬愛しているということか。


 ちなみに黒姫はココロクルリより年下なのだが……。


 首をかしげたシンクハーフが思案顔をつくり、ココロクルリの手をとった。


「まあまあ。それじゃあ、わたしらも一緒に捜しに行きましょう」

「えーメンドイなぁ。黒姫さまに任せとこうよ」

「早く行こ、早く!」


「何言ってんの、ハナヲはここで留守番よ。許可なく連れてったら黒姫さまにどやされるわ」

「モーマンタイや。ムリについて来たってゆってくれたらいーし」

「何が無問題よ! 問題ありまくりだわ! 黒姫さまがへそを曲げちゃったら、あなた、魔法使になれなくなっちゃうわよ! ここで魔法辞典でも眺めときなさいよ」


 四の五の言うココロクルリに、シンクハーフがひっつく。ハナヲの手をとっている。


「何でもいい。レッツゴーです、ココロクルリ」

「もお、知らないわよ! 怒られるのはあなたたちだからね!」


 ココロクルリが転移(ラトゥデション)を唱えた。


挿絵(By みてみん)

ブクマ3件目御礼


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