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004未就  姪っ子とおないの叔母


 お焚き上げを終え、兄の元同僚らを見送ったヒマリは帰途に就くバス停でシンクハーフとココロクルリと合流した。

 姪のハナヲも彼女らの後ろに隠れている。


「病院は? 勝手に抜け出してきたんか?」

「叔母さんこそ、お父さんは? わたしの知らん間にお葬式しちゃったん?」


 グッと息を呑んだのはヒマリの方だった。非を認めて詫びた。


「……ハナヲが意識を取り戻したのを知らんかった。報告せんでごめん」


 魔法使仲間(ふたり)は驚きのあまりポカンとする。

 なんせ(ノワル)姫さまの謝罪を目にしたのは有史以来初めてだったので。


「黒姫さま。こんな場所でなんですが、例の話、真剣に考えませんか?」

「例の話って。……その件はもう済んだ」


 口を尖らせたのはハナヲだった。


「叔母さん」

「叔母さん言うな」


「ちょっとふたりで話しませんか?」


 姪のわざとらしい丁寧語に一瞬イヤそうなカオを浮かべたが、「この子と話しするから、ちょっと時間潰してて」と場所をあらためた。


 祭儀場の待合所でヒマリは抱えていた骨壺をハナヲに預けた。そして先に切り出す。


「アンタのお父さんな。最近しょっちゅう、わたしんちに来て『ハナヲを弟子にして欲しい』って頼みに来てた。でもわたしにはアンタを弟子にする気はまーったく無い」

「何で?」


「アンタな。じゃ聞くけど、阪奈道路での事件のとき、なんであの女勇者を消さんかったん?」

「消すって、ココロクルリさんが使った解放魔法のコト? わたし別に……そんな高度な魔法、まだ使えんし」

「ホンマにそうなんか? 使えんのでなくて使わんのんと違うか? ――いいか? 理由の無い甘さは即命取りになる職業なんや。それが魔法使や。分るやろ? わたしの仕事場は死と隣り合わせの世界やで? もしアンタを死なすハメになったら。わたしはアンタのお父さんとお母さんに一生顔向けできん」


「……やから叔母さんは、お父さんと距離を取ってたん? 兄妹の縁を切ってまで? いつ死んでも良いように?」

「さぁ、それは知らんけど。……ま、そうかも知れんし」


 ハナヲ、骨壺に指を這わせる。


「そーゆー叔母さんやって……。あの女勇者さんの命を救ったやん」

「それは大きなカン違いや。わたしは別の仲間の居所を聞き出したかったから、生かしたんや」

「フーン」

 

 イジイジとハナヲ。まだ言い足りないらしい。


「叔母さんさ」

「何や」


「やったら叔母さんがわたしの代わりに冥界に行って、お父さんを連れ戻してよ?」

「はぁ?」


「魔女七威は冥界と行き来できるんやろ? 冥界に行ってお父さんを現世に引き戻してよ!」

「それは出来ん相談や」

「何で!」

「死んでしまった者は二度と生き返れない」

「やったらせめてお父さんにお願いしてよ。来世でもハナヲの父親になってくれって」


「そ、それはムリあるで。生まれ変わっても、少なくてもアンタよりかはだいぶ年下になるやろ?」

「ちゃうって。わたしはお父さんの暴走を止めて欲しいってゆってんの」

「暴走? 暴走って何や?」


「だからTS。お父さん、TS申請してるんやろ? 次生まれ変わったら女の子になりたいって!」

「……ま、まぁ。それは人の勝手やからなぁ。……それにきょーびジェンダーレスの時代、いい年したオトコやからと、女の子への転生がダメって言うんは、どうかと思うで?」


「だから! そんなんゆってんのとちゃうって! お父さんは絶対に女の子にしたらアカンねん」


 両の手で握りこぶしをつくり、体の前でブンブン上下する。かなりの力弁だ。

 閉口し黙るヒマリ。やがて、なだめの言葉を発する。


「何で女の子に生まれたらアカンねん?」

「なんでって……」


「……来世でも父母を結婚させたいとかか? そんで、そこの子に生まれ直したい、とか?」

「ま……それもあるけど」


「何や?」

「お父さんさ。魔女七威になりたいそうやねん」

「は?」


「ホントは自分が魔女七威になって、叔母さんと共に勇者と戦いたいらしいねん」


 思いがけない理由にヒマリ、しばし絶句。


「……それは阻止せなな」


 ポツリと独り言ちた。


「やからさ。叔母さんが説得に行ってよ」

「……」

「申請が通る死後49日目に転生処理されるんやろ? その前にさ!」


 困惑のヒマリ、迫るハナヲ。

 ふたり以外、誰も居ない部屋に妙な静けさが横行した。


「悪いが。それは出来ん相談や」


 ようやくヒマリが重い口を開いた。

 辛抱強くそれを待っていたハナヲが、問う。


「やっぱりそれは、叔母さんの魔力が底打ちしてるから?」


 図星を突かれたヒマリの、驚きの目がハナヲのそれと交錯した。


「なんで……それを……!」



〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓



 

 暗闇姫ヒマリは現役中学生ながら魔女七威の一人に名を連ねている。

 一部の支援者やファンと言える者らからは【黒姫】と敬意や親しみを込めて呼ばれている。


 幼年期に異能を発揮した彼女は、6歳で防衛庁(※当時)に所属。

 陸上自衛隊に在籍し、特設された特殊技能課(通称:特能隊)で活躍した。


 8歳のとき、光の加護(デュクラス)の者たち、いわゆる()()が世界各地に大量出現。

 突如人間(サジェス)の救世主を名乗って魔物(ミニュイ)の天下を覆すとの声明を発表。

 世界を恐怖と混乱の坩堝に陥れた。


 彼らは宣言通りミニュイが築き上げた都市や街、村を襲撃。

 手あたり次第に目につくものを破壊した。


 そして、そこで安寧な暮らしをしていたミニュイたちを無差別に殺りくする。

 彼らはその行為を【浄化】と称し、美化喧伝した。


 勇者(デュクラス)たちは、人外の野山に自らを崇め奉るための神殿を築き、新たな政を行なう神聖な場所と定めた。

 そこにサジェス(※人族)たちを集め、楽園を謳ったサジェスのための都市造営を強行する。


 各個での対応に限界を感じた国々は、難事に当たるべく国境を越えて結束する。

 魔法使連合軍の結成とサジェス族(人族)たちへの宣戦布告である。


 サジェス対ミニュイ。


 世界を二分した大戦となった。

 ヒマリもその渦中に放り込まれた。


 それから3年が経過。

 魔女七威たち魔法使連合軍は、各国正規軍の後援を得て世界各地に散らばる【勇者神殿】をひとつひとつ制圧。

 中ボスクラスの勇者を打倒しつつ、怯え虐げられていたミニュイたちを開放する。

 そして、ラスボス勇者を富士山麓の本神殿に追い詰めて討ち滅ぼした。


 戦争中、いつの頃からか彼女は、幼げな顔立ちながら全身に漂わせるその凛とした雰囲気と、戦場での敵味方関わらず冷然苛烈な態度をとることから誰ともなく【黒姫】と揶揄されだし、戦後の今もその呼び名は続いている。


 なお戦時下を経て当時の防衛庁は、防衛省に昇格。


 陸自から事実上独立していた【魔法使部隊】も統合幕僚監部が監察する形をとり、北部方面隊第二師団の特殊支援を得て、第二陸自、正式名【幻想科学第二陸上自衛隊特殊部隊】として再編。

 ゆくゆくは陸海空に並ぶ、第四の防衛の要になると期待される。


 当然ながらヒマリもそこに成り行きで所属。

 ココロクルリやシンクハーフとともに在籍した。


「――つまりやな。まだまだ勇者連中の脅威が拭い切れんって話で」

「でもさ。ラスボスはもうおらんねんやろ? 強敵は不在やし」

 

 夏川ハナヲと黒姫ヒマリの言い合いが続く。


「ナメとったらアカン。いつ最終勇者(ラスボス)並みの敵が現れるか知れんのやで?」

「やったら。叔母さんこそ、魔法使の仕事を辞めるべきやろ?」

「アホチン。わたしが辞めて、誰が後を引き継ぐってゆーんや」


 ダンマリして叔母を見詰めるハナヲ。

 困惑するハナヲの目に気付き、思わず目を逸らす叔母。


 勇者との抗争で英雄扱いされて以来、活躍を期待されているヒマリは、その見返りに国から多額の報酬をもらっている。

 しかし実際には魔力のほとんどを失っていて、それが世間にバレることを恐れているらしく、事実上、世捨て人のような暮らしをしている。

 全幅の信頼を寄せて慕ってくるココロクルリやシンクハーフの前では、決して弱みを見せないが、その実、独りぼっちで苦悩しているのに違いなかった。


 ハナヲの兄が、娘の世話を頼んで来たのは、そんな時だった。


 遠くからココロクルリとシンクハーフが様子をうかがっている。

 黒姫が呼びつけると、まるでよく懐いている愛玩動物のように走り寄ってきた。


「アンタら! うちの姪っ子にどんな話をしたんや!」

「え? 缶ジュースをチラつかせつつ、あまーい声でスカウトしましたが?」

「まぁ。昔のオータニ選手みたいなえげつない年俸は出ないけどね。もしかして、そのへんを怒ってるの?」


 ペチ、ペチ。

 とふたりのオデコが鳴った。


「なーにをわざとらしく、すっトボけとんねん! わたしはコイツに声をかけろなんて、ひっとことも言うとらんわ!」

「だから。わたしは考えました」


「黒姫さま。はいコレ。ヒサゲくんからの伝言」


 照度高めのLINEメッセージが表示されている。

 転送されたのは自衛隊、統合幕僚長からのものだった。


 一瞥した黒姫の憎々し気な目。


「ハナヲ!」

「は、はいっ」

「ちょっとこっち来いッ」


 再び二人きりになる。

 ひそひそ。小声で怒りつける。


「なぁひとつ聞かせろ。なんでわたしが無能力者やって気付いた?」

「なんでって……。魔気を放出してないし、かとゆって、内に潜らせてるカンジでもなかったし……」

「……そーか」

「あの……何かごめん」

「謝らんでええ。それより」


 チラと後ろを見る。更に声のトーンを落とす。


「ふたりは知らんのや、わたしが魔力を失くしてるコトを」

「――へ?」

「知らんのや、ふたりは。わたしの無能力を」


 ハナヲ、振り返る。

 目が合ったシンクハーフが「ホワッ」と小さく手を振る。ハナヲ、引きつった笑みを返しつつ。


「……そーなん?」

「そーや。やけど黙っとけ。何で? とは言わせん。それがアンタを見習い補助にするための条件や」

「うーんと? よーするに、交換条件ってコト?」


「アンタ。こーゆーときは妙に理解早いな? ホントに勉強苦手なんか? 実はできるんやったらしっかり受験勉強に打ち込んで高校や大学に進学して。もっと安全で安定した仕事に就かんかい」

「親代わりの説教のつもり? そっくりその言葉、叔母さんに返すよ。わたしは高校には行くもん。そのための学費稼ぎのためでもあんの」


 叔母さんの世話にはならないという宣言とも取れる。

 荒げた口調、目頭にうっすらと涙を浮かべているあたり、ハナヲの本気度が推し量れた。


「お父さんにも約束したもん」


 付け加えられた一言に、ジト目で頷く黒姫。


「――あともう一個や、条件」

「なに?」

「そのオバサン言うの、ヤメロ」

「んじゃヒマリ」


「……あんなぁ、いきなり呼び捨て(タメ)か?」

「んじゃ黒姫さま?」

「……あーもう! それもお尻がかゆくなる! うーもー、どーでもいーや」

「――で、ヒマリ()。わたしはどーしたらいいのん?」


 パチクリした眼を元通りのテンションに戻してから黒姫が告げた。


「わたしの弟子になりたかったら、まずはあっちのふたりを超えろ」

「超えるって?」


「教えを乞うて出藍せい」

「――わたし、中国語は苦手やねん」

「……日本語や、このアホチン。あのふたりの先輩に追いつき追い越せっていうとんねん」



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