003未就 前日譚
――3日前。
阪奈道路で起こった、女勇者遭遇事件。
その前日の昼すぎ。
新石切駅前、ミスドードーナツ店内。
平日ながら春休みということもあって、店は私服の学生や子供連れのママ友らで混雑していた。
イートインコーナーの一角に窮屈そうに身を縮こまらせているのは、厚手の長袖Tシャツにショートパンツ軽装のココロクルリと、赤茶のドテラを年中外さないシンクハーフ、そして、近隣中学の制服を着た暗闇姫ヒマリ (※通称黒姫)の3人だった。
彼女らは、まわりの若者たちの他愛無い談笑とは無縁の、深刻な話を続けていた。
「山向こうの宝山寺駅で勇者が出たらしいわ」
「ふん。そこなら生駒市の管轄や。奈良の魔法使に任せとけばいい」
「応援しなくていいかな? あの連中だけじゃ心許ないよ?」
「何事も経験や。いつまでもわたしらが先頭に立つべきやない」
「でも……わたしたち、魔女七威だからさぁ」
スマホの地図を指でなぞるココロクルリ。
「ところで、さ。さっき駅前で別れた子、――あの子、ヒマリの親戚だよね? あの子って電車通学してんの? あなたは地元のガッコーなのに?」
プイとカオをそらすヒマリ。
大人びた眼差しを隣の女子高生に向けた。
そして独り言のように。
「あれは姪っ子や。兄貴の子供。わたしらとは何の関わりも無い」
「だったらあの子、さっきは黒姫さまにいったい何の用事で?」
「別に。明日奈良まで一緒にドライブに行かないかって。駅まで人を呼び出しといて誘って来た。そんな他愛無い用件」
「へえ。で、行かないの?」
大きく息を吐く黒姫ヒマリ。
ムシを決め込んだ。
「またムシ? 愛想なさすぎ」
「ほら、あの塾帰りと思しきアベック、まだ小学生同士なのに、間接キスしてますよ?」
「指差すな、指。お小遣いの範囲内に収めるために、飲み物一個しか頼んでないからでしょ。つか、シンクハーフもマジメに作戦会議に参加しなさいよ」
そういうココロクルリは「お金がもったいない」と、何も頼んでない。
「マジメ、ねえ」
「黒姫さまは黙ってて」
「んー。じゃあ発言していいですか。さっき会ったばかりの姪っ子さんですが、恐らくですが相当な魔力を秘めてますよ? わたしはあの子を戦力に加えるのが得策とみます」
黒姫ヒマリ、ポンデリングを半分ちぎって口に運ぶ。残りをココロクルリの前に差し出した。
呆れ声を出す。
「アホチン。あの子は一般人のままでいーの。魔法使になんてなったら、一大事や」
「なんで? わたしもあの子は気になったよ。いっぺん次の戦いに参加させてみようよ? 適正テストすんの」
「アホチン! あの子は……ハナヲは魔法使にはせんッ。足手まといになるだけや」
「だからなんで? なんでそんな言い切れんの?」
「確かあの子の父親のお兄さんも何度か『魔法使にしてやってくれ』『弟子にしてやってくれ』って頼みに来てましたよね? わざわざあなたのマンションまで。黒姫さまのベットを拝借して気持ちよく昼寝してたのに、丸聞こえでした。やかましかったです。それと、イイ匂いでした」
「勝手に人んちのベット使うな」
このところ、ヒマリの兄は彼女のマンションに頻繁に来ていた。
シンクハーフの言う通り、仕事口を斡旋して欲しいとの用件だった。
「あのアホ兄貴、会社を辞めたそうや。そのクセ自分のコトじゃなくて娘の進学を心配して、わたしに頭下げに来てるっていうわけや。自慢やないが、姪っ子はいまいち勉強が苦手でな」
「自慢になりませんね、それ」
「それでも高校くらいは行けるよね? きょうび希望者全入でしょ? 幾らなんでも中卒は肩身が狭いよ? 世間の風は冷たいしねぇ。知らないけど」
現にココロクルリは中卒である。
自身も本当は冷たい風にでも当たったのだろうか?
「黒姫さまも応援したげなよ。『受験ベンキョーがんばりな』って」
「知らんよ。しょせん他所さまの家庭のコトや、とやかく言えん」
「フーン。ま、大阪市内の私立中にまで通わせといて、将来不安なんて、どこまで親バカなんだろとは思わなくもないけども」
「どっちにしろ、わたしたち【おひとりさま】には無縁の話ですね」
「おひとりさま言うな。わたしたちだってまだ10代だし、そのうちカレシとか、もしくは推してくれる人とかに出会うかも知れないじゃない!」
「推してくれるとは、いわゆるパパのコトですか?」
「おっきな声でパパ活とか、ヤバイコト盛ってんやないで! ――あ、ほら今、あそこに座ってるママさん連中がモノスゴイ目でこっち見たで?」
「それは黒姫さまが不穏なワードを恥ずかしげもなく叫んだからです」
「わっわたし! そんな……パパ活なんてチョーエッチな発言してないからッ!」
大赤面のココロクルリが再度絶叫。
今度はまわりの学生たちの衆人環視攻撃を浴びた。
「ココロクルリもあるイミ、エッチ以上に恥ずかしい存在です」
「エッチゆーか。パパ活はヘンタイどもが晒す犯罪な」
「あーもう収拾つきません」
そこへ。
楚々と青年が入店。3人に近付き一礼した。
「シンクハーフさま、携帯をお忘れでしたよ。奈良県警から連絡です。勇者が近鉄生駒駅付近で一般市民を襲ったそうです。数人が消されました。その後、魔法使らと衝突、阪奈道路方面に立ち去ったそうです」
奈良県警からの情報をもたらせたのはシンクハーフの世話係、ヒサゲである。
サラリーマン風の彼は、妙な空気になりかけた店内に一服の薫風を与えた。
他の男どもを根こそぎ置き去りにし、ほぼすべての女性客のまなざしと羨望を一瞬で独り占めした。
「あっつ。何かしら、この熱視線。ココロクルリの油くさくて、さっぶい発言が溶け切りました」
「ウルサイ。……黒姫さま、その勇者、大阪に来るかもよ?」
「ああ。念のために網を張っておこう。――シンクハーフ」
「――は。承知しました」
閉じかけたまぶたを半開きにし、無表情で席を立ったシンクハーフは黒姫に深く一礼。
「じゃあヒサゲ。県警につないでください。ひとまず応援は不要。阪奈道路を重点に、大阪の魔法使にて警戒に当たりますと」
「かしこまりました。シンクハーフさま」
ヒサゲを伴って店を出て行った。
「ところで危なくないかな、姪っ子さん。よりによって、ちょうど奈良に行くんでしょ? 否応なしに巻き込んじゃったら……」
「……不吉なコト言うな。わたしらはわたしらの務めを果たすだけや」
「あくまで彼女は巻き込まないと? 仲間にしないと?」
ココロククリに背を向けた黒姫ヒマリ。
「余計なコトを言った罰としてここの勘定、ココロクルリが全部持ちな?」
「死んでもやーよ。ここは気合の足りないシンクハーフが……あ!」
伝票を拾い上げたココロクルリ、大いに呆れて唸った。
「……そーいや、まんまと逃げられた! キーッ、ちっくしょおお!」
試行錯誤の連載