017徒弟 漆黒姫の長居
惟人が入室してきた。ココロクルリとシンクハーフも一緒だ。後ろでかんなぎリンも小さくなって控えている。
「少し困った事態になった。――惟人、説明しろ」
「話していいのか?」
「構わん。話せ」
「……ああ。――ええとな。黒姫が『帰らない』とゴネている」
そのために惟人による治療が進まなくなっているという。
「な、な、何ですとー?」
「なかなか回復せんと言うので心配で来てみたらこのザマだ。近衛も事件の責任を感じて駆けつけたわけなんだが……。閣下、スマンな」
「いーやいや。元は手前どもの不始末が原因。謝るべきはこっちの方だ」
「漆黒姫は一昨日からこの部屋に居座ってるしな」
「そうだ。わたしは2日前からここに立っている。スゴかろ」
「別に自慢して欲しくて言ってないが……」
「はぁッ? 2日も前から?!」
敵襲を避け人の少ない山野で寝泊まりするなど、一所に身を落ち着けぬ風来坊の漆黒姫が、わざわざ足を運び、あまつさえ長時間滞在しているという。
あり得ないほどの異常事態だ。
「かんなぎリン!」
「はッ!」
「個体スキルを発動しろ。黒姫と話がしたい。やれ」
小学五年生くらいの年長女児が、三年生くらいの年下幼女に高飛車に命令されている。
組織上の上下関係に絶対服従のかんなぎリンは、私情などには微塵も囚われない。
「それではわたしの個体スキル、内視鏡を発動します」
「もったいぶるな、イライラする。早くしろ」
「ハハッ」
両手のひらを昏睡状態の黒姫に向かってまっすぐに突き出し、「ンン」と気合を込める。
すると10秒もしないうちに、黒姫の上体がピクンと反応しだす。と思うと すぐに激しくケイレンをはじめた。
周囲の見守る中、ある物が黒姫の口から飛び出した。
パカッと吐き出されたのは――2頭身の人形――のような生き物だった。
例えれば、デフォルメフィギュアドール……ねんどるいど。
身長15センチメートル足らず、手乗りサイズの分身。
――ノンスケール版黒姫。
ハナヲが絶句したのは、それが叔母の口から飛び出た事、更には――。
「全員お揃いで。大した騒ぎやな」
――と、二頭身キャラのドールが【しゃべりだした】事。
「き、キミ、ヒマリ姉なん? かわいいっ」
「そうであって、そうで無し。ただのコピードールや」
「質問をすれば必ずその質問に答えますよ? それが内視鏡・ディヴゲちゃん。わたしのつくったコピードールちゃんなのです。分身元の心身状態を包み隠さずに話してくれるんですよー」
「はやぁ、すっごいすっごいッ。珍しい個体スキルなんやねえぇぇ!」
ドヤ顔披露のかんなぎリンと、ひたすら感心するハナヲ。
だが周りの誰もがそれ以上の補足説明は行わない。懇切丁寧な説明を加えればきっと、「なんやて、ヒマリ姉のプライベートを覗き見せんとって」などと、ハナヲが暴れるだろうからだ。
何故なのか。その理由は一目瞭然。
何しろこの個体スキル、平素の使い道は【尋問】。
専らサジェス族や勇者を取り調べするときに利用される。
その度毎にかんなぎリンが呼ばれるわけだ。
つまり、かんなぎリンはその特殊技能の搾取をされているわけだが、本人はむしろ重宝がられていると受け取り、無上のヤリガイやヨロコビを感じている。殊に漆黒姫が「よくやった」とホメてくれることが「最高にウレシイですー」と赤裸々に語っていた。
この場にいる者で、ハナヲとかんなぎリンに同情し、気の毒に感じているのは果たして何人いるだろうか。衆目は黒姫ドールに集中し、前のめりになっている。ふたりに思い遣りを向けるよりも、異界の状況を早く知りたいとの気持ちの方が勝っていそうだった。
「デュクラスの惟人やないか!」
次の質問まで数秒の間があったので、黒姫ドールが自我中心の怒号を発した。
近衛幕僚長と漆黒姫が眉間にしわを寄せた。不快と言うのでなく、一番側にいたので耳に響いたのである。
「……喚くな。俺はここにいる。何のようだ?」
影のように後方に控えていた惟人が前に出た。
黒姫の胸の上にいたドールが彼に接近し、即答。
「お礼と苦情や。現世への帰還に尽力してくれて有難う。数日ぶりに会ったら漆黒姫の言いなりになってて、実にキモチワルイのだが?」
「契約だ。仕方ねえよ」
「何があったが知らんが、わたしはオマエを信用せん」
「漆黒の犬になったのをオマエは認めないってか?」
「当然だ。わたしたちを殺そうとした敵だろ、オマエは」
「そう言うお前らも俺を閉じ込めただろが? 異空間に」
――漆黒姫との経緯をかいつまんで話すと、ボヌルバル(=魔女七威がつくった異空間)に閉じ込められてすぐの頃、彼は漆黒姫の訪問を受けていた。
実はその時にはすでに、取り引きを持ち掛けられていたのである。
近々姉を拘束する。
言う事を聞き、味方になるならば姉の命を保証し、姉弟共々過去の罪を不問にする。
主旨は大体そのようなものだった。
尤も姉とは言っても実の姉ではない。
不遇の者同士、持ちつ持たれつの腐れ縁で繋がった同胞の女性である。
弟扱いされた彼は、時には年下というだけで貧乏くじを引かされたり、上手く乗せられて利用されたり、土壇場で裏切られて窮地に陥ったりしたこともあった。
が、それでもやはり、姉は姉だった。幼弱でひ弱だった彼の世話を焼いたのは彼女だったし、ひよっこだった彼をいっぱしの勇者になるまで面倒見たのも彼女だった。
「もうひとつ。条件を加えて欲しい」
「……。内容によるな。言ってみろ」
「姉貴だ。草壁修平との縁を切ってくれ」
「草壁……修平……」
政府の高官だという男に、彼の姉は心身を囚われている。
無思慮に言いなりになっているという。




