016徒弟 同居
後日かんなぎリンに漆黒姫の真意を問い質したが、惟人の話は本当だった。
黒姫との同居。
それが漆黒姫からの指令だった。
事前の相談などは一切なかった。
――ところで黒姫、暗闇姫ヒマリは1週間経った今も未だ目覚めない。
自室のベットで、昏々と眠りに就くばかりだ。
ハナヲとしても目覚めさせる方法を調べようもなく、漆黒姫に相談しても返事も来ず。
結局惟人を信じて治療を任せるしかなかった。
腕を回しながら惟人が階段を降りてきた。
ヒマリの部屋で施術を行なっていたのだ。
今日もそれ相応の光の加護を消耗したようで、少しフラついている。
彼がリビングのソファに座ったのを見計らって、飲み物を差し出す。
「な、惟人クン」
「馴れ馴れしいな、チビ鬼」
「いい加減、名前で呼んでくれへんかな? わたしはハナヲや。宿題してたんやけどな、ここの問題のイミがさ、ちーっとも理解できんのよ、おしぇーて?」
「小学校もろくすっぽ行ってない俺に訊くか?」
ソファに腰を据え、ふたりで教科書に挑んだが、約1分でギヴアップ。
肩を落として放り投げる。
「……はぁあムリィ。――……なぁ惟人クン、聞いていい? なんであの戦いのとき、わたしやヒマリ姉を消そうとせんかったん?」
「はん? 忘れたよ」
「カワイソーに思ったん? それか、惜しいって思ったん?」
「なんだ、その惜しいってのは?」
「だって、ヒマリ姉。カワイイもんね? 死なすのは惜しいって思ったとかさ。……部屋で、ホンットーにヘンなコトしてへんよね?」
「バカか、オマエ」
テレビのリモコンをつける。
どこかの街で起こった火事のニュースを伝えている。
「そりゃな。例えば事件や事故で死んでしまった人間ですら名前は遺る。けれども消されてしまったら、それで終わり。現世に何も残らない。名前も、想い出でさえも。今度の事でやっとそれを自覚した。だから俺は。これからはもう二度と人を消さない」
「いまさら当たり前の話をドヤ顔でゆわんとって。わたしだって、そんなコトしないよ」
「ドヤ顔なんて、してねー……」
テレビのリモコンをポトリ、落とす惟人。
ある一方向に釘付けになる。
ハダカにバスタオルを巻いただけのシンクハーフが、冷蔵庫に直行する。
なまめく白い柔肌がふたりの前を横切った。
錯乱したハナヲがイミ不明の怒号を発し、惟人のカオにクッションを押し当てる。
「な、な、な、な、なんでッ?! シータンがオフロ入ってんの?!」
「別に。ただのイヤガラセですよ。『ケダモノが使った後のフロになんて入れるか』って、ココロクルリがいっつも一番風呂を所望するものですから、では今日はわたしが先に入ってやろうと」
「まったくずーずーしいな。その女もオマエも。人んちの風呂だろ?」
呆れる惟人に対し、ハナヲは気にする観点が全く違う。
「コラあっ、シータンッ! 男子の前でそんなカッコウしたらあかんッてえ!」
見るな、見るなと惟人にクッションを押し付ける。目隠しのつもりである。一方でシンクハーフに「早くリビングから出てけ」とせっつく。
それでもマイペースを貫き、アイスを見つけてリビングを後にするシンクハーフを見届けてから、ようやく少年の視界を開放した。
「あのオットリ女と金髪の女に、そーいやまだ礼を言って無かったな」
「礼? なんなのッ。眼福とかゆわんでよ? マジ家を追い出すからね!」
教科書を拾い上げて「バカか、オマエ」とハナヲに渡す。
受け取ったハナヲ、神妙な顔つきになる。
「――ヒマリ姉さ。いつ目が覚める?」
「光を浴びすぎたし、あわや消されかけたからな。心を呼び戻すのに相当な時間がかかっている。そんなに気になるんだったら、治療に立ち会えよ。初めの頃みたいに」
気弱に首を振り拒否るハナヲ。施術中、苦しそうに呻くヒマリを見ていられないのだ。
意地悪い言い方だったかと自嘲気味に笑い、再びテレビをつける惟人。今度はバラエティ番組を選択した。
「あのおっとり女な。あのときのロボたちを修理してくれるんだと。……それと、金髪女の方は保釈金。俺のために出してくれたそうだ」
驚きの声こそ上げなかったが、ハナヲは睨んでいた教科書から顔を上げた。
意外に思ったのか、何か言いたげな妙な顔つきをする。
――シンクハーフもココロクルリも、彼とあれほど敵対したのに。
途方もなく優しいじゃないか。
特にココロクルリの方は……。
後日かんなぎリンから聞いた話だが、厳密には保釈金などではないのだが、漆黒姫とともに方々に手を回し、彼の釈放のために尽力したようだ。かなりのお金を撒いたのは事実らしかった。
シンクハーフからすれば、「あのドケチのココロクルリが?」「どういう風の吹き回しで?」 となるが、ハナヲは素直に嬉しかった。普段ツンケンしている彼女の、優しい一面が知れた気がした。そんな子と友だちになれて本当に良かったとシンクハーフに答え、「あなたこそ、イイヤツですね」とドギマギさせている。
「それならわたしも、惟人クンにアリガトウってゆわなきゃ」
「お礼?」
「お姉さんから、わたしたちを守ってくれてんでしょ? この家を警備してくれてんでしょ?」
「それ言うなら、あの金髪女らもそうだろ? 俺はただの、漆黒姫の手先だ」
自虐めいた口調で「お陰様で金と見えない力で頬をはたかれた気分だよ」と嘆くとこう付け足した。
「俺の役目は、どうしようもなくクズな光の加護と、更に救いようのないクズの魔法使を根こそぎ掃除してやる事。それだけだ」
「そういう条件で解放されたん?」
「まぁ、そうさ。最低だろ?」
「最高にサイテーやね。上手く乗せられたね。――でも、それ」
テレビに一度目を向けてから、惟人に向き直り。
「めっちゃ格好いいよ」
「そーかい。そりゃどうも」
二階で物音がした。
「ヒマリ姉の部屋だ!」
やっと目覚めたのかと喜び勇んで階段を駆け上がる。
後ろで惟人が何やら言っているが、ハナヲの耳には届かなかった。
――と。急ブレーキのハナヲ。
ドアの前に、かんなぎリンが立っている。漆黒姫の部下と称していた幼女だ。
「ちょ?! かんなぎさん、いつの間に来てたんっ?」
「今です。実はこの部屋、立て込んでましてね。関係者以外、立ち入り禁止なんです」
「んー? ここ、わたしんちやで? 立ち入り禁止のイミ、ゼンゼン分かんないし」
「イミはあります。とにかく国防上の理由です。お引き取りください」
「コクボーってなんやの、それ?」
ゆっくりとした足取りで、ココロクルリが階段を上がってきた。
「ハナヲ」
「あ、ルリさま」
「わたしが転移を使ってここに連れてきたんだ。――かんなぎリン、通してあげて」
「連れて来た? 誰を?」
「うー。了解です。どうぞ、お通りクダサイ」
許可が下り、いまいち事情がつかめぬまま入室。
そして。
「うきゃあッ?!」
たまげるハナヲ。
それも無理はなかった。
なんせ、予期していなかった人物が叔母の枕元に突っ立っていたのだから……。
――その人物。
紅蓮にうねる三つ編み。煌々とさせる鮮紅の瞳。首筋には鋼板の鱗を覆わせ。
幼形の猛獣、古代の魔祖、その残滓を大いに顕す異能者――。
「ノ、ノ、漆黒姫ぇ?!」
――さらに、その隣には別の人物も並んでいる。初対面の人だった。
その者は、一句でまとめると巨人。
頭頂部は天井に当たっていて、不自然に曲げた猫背の姿勢でなんとか部屋に収まっている。
「……どなた、ですか?」
「防衛省統合幕僚監部。統合幕僚長」
漆黒が低めの幼ボイスで肩書きを紹介すると、
「――近衛帝です」
五十がらみの白髪交じりの巨体男性が後を引き取り、唸るような声質で名乗った。
肌質はサジェス族に近いが、浅黒い。
オーク系の特質が強く厳つい面構えをしている。
隆々とした筋肉で覆われた巨躯を、骨太の両脚が揺らぎなく支えている。
特注サイズの高級スーツを着こなし、重責を負う立場に相応しい落ち着きと貫禄がある。加えていかにも豪胆で英邁な、いわゆるデキル官僚っぽい様相を含ませている。
「あー? えーと、えーと」
「閣下。コイツは新人魔法使だ。ハナヲ、挨拶しろ」
「わっわたしッ、夏川ハナヲです」
「先日の件は申し訳なかった。わたしの監督不行き届きだ。深くお詫びしたい」
ハナヲは何のことか分からずキョトンとしたが、彼は自衛隊員による黒姫襲撃事件の事を言っている。
漆黒姫が指を差す。
差した先にいるのは、ベットに横たわるハナヲの叔母、黒姫ヒマリ姉。
無論、意識はまだ戻っていない様子。




