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【完結御礼】どどどどーすんのっ、黒姫ちゃん?! ~強つよ有望株の姪っ子魔法使は、叔母のセンパイ魔法使に頼られたいっ~  作者: 香坂くら
3章 魔法使のトップは竜族の女の子でした

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015徒弟 転機――勇者・惟人少年


「ねえ。なんで漆黒(ノワルディジェ)姫は森におったん?」

「お給金はどうなるんですか?」

「会社名は何になるの?」


「いっぺんに訊かんでクダサイ! わたし帰りますよ!」


 夏川家の(せまい)リビングにシンクハーフとココロクルリも揃い踏み、片付け忘れのコタツを取り囲んで先日の漆黒姫について口々に質問攻めする。

 答える相手は指示を受けたかんなぎリンという幼女……なのだが、彼女は根っからのイラチのようだった。


「いちいち煩いので、新会社採用面接試験は一人ずつ行うことにします!」


「かんなぎリン。漆黒姫はちゃんとお上に裏工作してんのか?」

「当然です。手抜かりなど万に一つもありません。もしお疑いなら、明日再度漆黒姫さまとのウェブミーティングがありますので、是非それにご参加願います」


「ねえ、そこのJS。黒姫さまの質問には答えるクセに、わたしらのはムシしていいの?」

「――やれやれ。ケバケバ金髪ツインテのココロクルリさんとやら。わたしを年下だと侮ってるようですが、そんな態度じゃ面接落としますよ? わたしは漆黒姫さまからあつーい信頼を得ているエリート魔法使さんなんですからね?」


 彼女らの眼前に、まるで水戸黄門様の印籠のごとく突きつけたのは上級魔法使の部類に属する証明となる、銀色に輝く【一】と書かれた赤紫鈴である。


 魔女七威のレベルに迫る高位だった。

 ザマァ見たか、跪けと言わんばかりの凄みようだ。


「自分でエリートって言っちゃってる、この子。――フーン、つまり、赤紫鈴を見せあいっこすればいいのね? はいよ」


 ココロクルリの赤紫鈴は金色をし【威七位】と書かれている。


「何だか自慢大会みたいでイヤですね。――はい」


 すまし顔のシンクハーフのものには【威三位】、むろん金色だ。


 かんなぎリンが有する銀色と、ココロクルリたちの金色。

 どちらが上位であるかは今更語るまでもない。


 途端にガクブルしだしたのは当然かんなぎリンの方で、「あわわ」と鼻水を垂らしだし、床に額こすりつけての平謝り。全力で非礼を陳謝した。


「もーしわけありましぇぇぇんッ」

「……案外権威に弱いわね」


 泰然を装うものの、ついついニヤつくココロクルリ。溜飲が下がったのだろう。


「へへ、わたしの赤紫鈴は紫色だよ? 二位って書いてる」


 ハナヲもはにかみ、話に加わる。


「だからナニ?! この下級魔法使めッ」

「自分より格下だとわかったら、たちまちその態度?」

「……この子、性格悪いですね」


 呆れつつ、ココロクルリとシンクハーフはあることに気付いた。


「――ってちょっと待って? ハナヲ、つい先週まで白色だったよね?」

「ん? ウン。白の五やった。その前の週がぁ……白の七」

「……一週間経たないうちに、白から紫に飛び級したということですか」


 勢いづいた、18ランクUPの花マル急上昇キャラとなる。

 まじまじと彼女の赤紫鈴を眺める。

 かんなぎリンも青ざめたカオを近付けている。驚きのあまり口が開いたままである。


「うかうかしてたら、すぐに抜かれるかもね?」

「あうう」


 赤紫鈴は白⇒黒⇒紫⇒銀⇒金の位階順に五色に分れ、それぞれ1~7まで7等級に区分される。

 鈴が、持ち主である魔法使の力量を評価し、それに応じて変色するのだ。

 ハナヲは全魔法使の中で、ちょうど中級あたりの能力に達したと、赤紫鈴が認めたことになる。

 

「すっごいレベルアップじゃない?!」

「ハナヲ、エラいです」


 先日の光の加護(デュクラス)少年との一戦が効いているのだろう。

 思わず拍手する先輩二人。しかし傍らの黒姫ヒマリは。


「まだまだや。中途半端すぎる。魔力を発動させるときの隙や無駄が多い」

「はい、師匠!」

「ダレがアンタの師匠や。ヒマリお姉さんでいい」

「はいっ。ヒマリ姉シショー」


 舌打ちする黒姫ヒマリの目は心なしか緩んでいる。


「……でもまぁ。人の言うてるコトを素直に受けて実践してる」

「はい?」

「なんもないわ!」


 ハナヲが口を結んだ。視線を落とす。

 それを見たヒマリに狼狽が生じる。


「……ど、どーした?」

「わたしね……早くお父さんを迎えに行きたいねん。……もうすぐ四十九日やし」

「あ、あぁ。またその話か」


 言われなくてもヒマリにも焦りはある。

 だがもう次の日曜日がその日に当たる。


 一刻も早く冥界に行き、彼を説得しなければならない。

 何故なら彼は、早期の転生を望んでいる。しかも魔法少女への生まれ変わりを申請しているという。

 何をバカな! と怒鳴りたいほど黒姫ヒマリは頭がイタイ。


 ハナヲら父娘の身内でもあるヒマリとしては、健気な姪っ子の希望を叶えてやりたい。

 とにかくハナヲが魔女七威になるまでしばらくあの世に留ませるか、それとも、せめて来世も男に生まれてもらい、あくまで彼女の元父として再会させるか。


 ハナヲのパパっ子ぶりがすぎると叱りつけるのは簡単だが、小さい頃から男手一つで育てられた彼女に、そんな無慈悲な突き放し方は出来ない。


 冥界との往来は魔女七威に認められた特権なのだが、魔力が不足している黒姫ヒマリでは辿り着けないので、ハナヲには内緒でシンクハーフとココロクルリに冥界の様子を見に行ってもらった。

(「何故自分で行かないのか?」と、魔法が使えなくなった事情を知らないココロクルリに詰められたが、「甘やかしたくないから」との苦しい言い訳で押し切った)


 結果は先週の段階では、まだ転生認可は下りておらず一安心したが、着実にその日は近付いている事実は変わらない。


「わたし、早く魔女七威になりたいねん! どーしたらもっと早くレベルアップするんか、教えてよ、かんなぎさん!」

「逆になんでそんなに生き急ぐんです? 夏川……ハナヲさん?」

「冥界におるお父さんに会いたいから!」

「そー言えばさっき、四十九日がどうとかって言ってましたっけ? ちなみに名前と生年月日、それとその人の命日を教えてくださいな」


 ハナヲが早口で告げる。


「ええと、ですねぇ……」


 持参の、ランドセルから引っ張り出したタブレツトを慣れた手つきで操作し始めた。


 そのときふと、ヒマリに悪い予感が走った。

 慌ててかんなぎリンの口を封じようとしたが、間に合わなかった。


「――ああ。その方なら地獄に落ちましたよ?」

「――へ? 今、なんて……?」

「3日前、転生局でトラブルを起こして冥界警察に取り押さえられて――」

「はへ?」

「連行されてそのまま。閻魔の裁可を待たずに「アーレェ」と」

「え? えーと……?」


 おでこをポリポリと掻くハナヲ。崩れた表情が半笑いをしているように見えた。


「――は、ハナヲ……」


 ヒマリ、とっさにかける言葉が出ない。自身も衝撃を受けている。


「――あ、アレ? わたし何かいけないことを……? ――って、うがッ?!」


 ココロクルリにヘッドロックされるかんなぎリン。


「アンタねえ。それくらいの空気、読めるでしょが! この鈍感幼女めッ」

「うぎぎぎー。ギヴギヴ、ごめんなさぁい!」


 ――ハナヲはそのまま3日間、自室から出てこなくなった。




〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓



 

「わたし、決めた。やっぱ魔法使(マージ)の頂点を目指す!」

「……頂点? 藪から棒になんや?」


 引きこもり生活4日目の朝。

 食卓にカオを出したハナヲは、「お早う」の挨拶もそこそこに、ヒマリにそう宣言した。


「ルリさまに教えてもーてん。魔女七威やと冥界、霊界、地獄界への通行を許可されてるんやろ?」

「……あー。そういうハナシか」

「魔女七威はいま欠員が出てるそうやし」


 確かに。七威と言いながら二名分欠如したままだった。


 ヒマリの脳裏に浮かんだのは戦死したふたりの少女。

 戦友であり、親友でもあった。


「あのなぁ。そんな簡単なハナシとちゃうぞ」

「もーっ。ヒマリ姉は冬の冷製スープみたいに冷め冷めな態度やけど、わたしはちゃうねん! 地獄界に行って、お父さんと話しする!」


「冷めたスープか、エラい言われようやな。漆黒姫には相談したんか?」

「したくても出来んやろ? なんで彼女、あんな放浪の旅してんの? 家なき子なん?」

「家なき子……!」


 トーストをかじるヒマリ、思わずちょっと吹いた。


「それは……あーいうヤツやろ? 常に誰かしらに命狙われとんねん。アイツほど神出鬼没の小学生リーダーはおらんな」

「ガッコウも行ってへんよね、たぶん」

「通信教育と違うか? 聞いたことないがな」

「通信教育の義務教育ってアリなん?」

「知らんわ。まー魔法使は低学歴の者が多いからな」


「そーいやルリさま中卒ってゆってたよね」

「シンクハーフは逆に飛び級の大学院生だけどな」

「すごいなぁ!」

「ハナヲも高校生になれるよう、しっかり勉強するんやで」

「大丈夫。こないだの中間テスト、何とか全教科、赤点逃れたもん」

「自慢するほどか、それ」


 ハナヲが自分なりに苦手な勉強に取り組んでいるのをヒマリは知っている。すぐにメゲて机に突っ伏してしまうのも、それなりの得点を取れたときも「今日は頑張ったよ」と父の位牌に報告しているのも目にして知っている。


 だから珍しくヒマリのカオがほころんだ。少し目が潤んでいる。


「どしたん?」

「そんなにお父さんに会いたいんか?」

「そうゆってんやん。お礼をゆいたいの、転生しちゃう前に。『ありがとう』って」

「ハナヲ……」

「最初はわたし、お父さんの転生を止めたかった。けど色々考えてん。お父さんにはお父さんの生き方があるし、自由がある。やから仕方ないなぁって。――でもね。絶対にお礼だけは伝えたいねん。お互いのコトが分からなくなる前に、新しい人生が始まる前に」


 ハナヲは最近、父親のことで2度も落ち込んでいる。

 死んだと言われ、地獄に落ちたと言われ。


「でもアニキ、地獄に行ったんやぞ」

「そーやで? ……やからさ。モノは考えようやと思ったんや。まだ、転生できてないってコトやん? お父さんはお父さんのままで、まだあの世におるってコトやん、そーやろ?」

「ハナヲ……」

「前向きにならんでどーすんの、世の中良いように考えるんが得策やで?」


 それなのに彼女はどうにか元気を取り戻すことができた。

 彼女の目は、未来に向けて穏やかに澄んでいる。


 ――メンタルつよ。

 ヒマリ、静かに頷いた。

 

「分かった。よー分かったから、さっさと支度せい。ガッコー遅刻するぞ?」

「わー、待ってさ」


 学校までの道すがら、ダッシュのハナヲが尋ねた。


「わたしらのこれからの生活費、どーなんのかなぁ?」

「アンタ、面接すっぽかしたからなぁ。何も聞いてへんのか? 実質今まで通りや。――国と自治体から漆黒姫に相応の委託契約料が振り込まれて、わたしらにそれが給与分配される」


 雲の狭間から太陽がのぞいた。

 陽気というにはやや強すぎる日差しが照りつける。


「朝ね、かんなぎリンちゃんからLINEがあってさ。今月は6人割りやから一人あたりの給金はそれなりになるのでヨロシクって」

「6人? なんでそんなに……」


「あと、勾留中の光の加護(デュクラス)が一人脱走したから気をつけろって」

「はん? あのナマイキ男子か?」

「女の人だって」


 ぎりぎりふたりが並べる狭路にさしかかった。


 そこは学校への近道だった。

 両側には小さな町工場があり、境界のブロック塀が異様に高いため圧迫感を感じるし、夜間は街灯もない物騒な通り道なのだが、ここを通れば最低でも5分の時短はかたかった。


 前からふたりの少女が近付いて来た。高校生か大学生くらいに見えた。

 判りやすく魔法の杖を握っている。ヤル気満々だ。


「あー。さっきさ、東大阪市って今、魔法使が6人いるって話やったよね? ヒマリ姉とわたしの他に4人もいるっての?」

「――らしいな。漆黒(ノワルディジェ)姫のご厚情やろ。会社立ち上げで、人を大募集しとるしな?」


 実力で社員になれ。

 そういう事だろと黒姫ヒマリが口角を上げた。


「んじゃ、わたしがやる」

「ナメんな」


 言うなり黒姫ヒマリが飛び出し、ブロック塀を削り取りそうなほどの魔のオーラを膨張させて、相手に迫った。

 意外な先制行動に相手の少女らはどよめいたが、それでもひるまず高々と杖を持ち上げて正面から受けた。


 なお、一般に魔物(ミニュイ)の系譜は好戦的だとされる。


 ことに魔法使なる人種は、日頃から光の加護(デュクラス)との争いに明け暮れており、戦闘意欲はすこぶる高い。


 コツコツ集め育てた魔法アイテムを惜しげもなく投入した黒姫ヒマリに、ふたりの魔法使は端緒からタジタジとなる。


「わたしが(ノワル)姫やと分かってての狼藉かッ?」


 前時代的なセリフに可笑しみを感じるゆとりもない魔法使少女ら。


「い、いや。わたしたちはただ――!」


 ヒマリらの元に漆黒(ノワルディジェ)姫から先日、通知が届いている。赤紫鈴を有する全魔法使たちに出されたものだ。


 簡単に言うと【会社案内】。


 そこにこんな記述があった。


 【魔法使(マージ)同士、異能者同士の縄張り争いを奨励する】


「何が縄張り争いや! 何が社員募集や! しゃらくさいにもほどがある!」


 瞬時にカタがついた。

 ハナヲが走り寄ると、対抗馬ふたりの女子は「きゅうう」とダウンしていた。

 

「ねえ、ヒマリ姉」

「……何や?」

「わたしさ。思うんやけど」


 漆黒姫は縄張り争いとは言っているが、別にケンカしろ、殴り合いしろとは言ってないと主張する。


「やったらどうすんや?」

「例えば話し合うとか。それともゲームとかで勝負を決めるのもアリなんとちゃうかな?」

「……マジで言うとんのか、それ?」


 それやからハナヲは甘っちょろいんやと説教が始まる。


 ――このとき、ヒマリとハナヲに隙が生まれていた。

 明らかな油断だった。


 ダウンしたはずの魔法使少女らが、魔法の杖を武器代わりに振るったのだ。

 後頭部に衝撃を受けたヒマリは、ショックと痛さでよろめきながら、それでもすかさず彼女らから距離を取った。さすがと言うべきだが後塵を拝したと認めざるを得なかった。


 しかも、ヒマリとハナヲのふたりを急襲したのは魔法使少女らだけでは無かった。

 他に加勢が3人いた。正確にはこちらが本隊と言えた。


 明らかに不審者どもの集団。

 武装ジャケット着の男が二人と、切り込み隊長役のリーダー格の女が一人。

 女の方は汚れたジーンズに、長袖の白シャツを着ている。


 その様子から、女は光の加護(デュクラス)の者。

 そして男らは様子から察して自衛隊員かと思われた。


「何や、やるんかオマエら!」


 応戦の啖呵切りよりも先に女の膝蹴りが炸裂した。反動で壁にぶつかったところを、入れ替わった男らに警棒のようなもので滅多打ちされた。


 物理的防壁を働かせていたものの、それは携帯していた魔法アイテムの残りを使っただけなので、さほど効力があるわけでは無く、辛うじて致命傷を負わないレベルだった。


 むろんその間にハナヲは、指をくわえていたわけではなく、ヒマリの擁護をすべく間に分け入ろうとしたが、先刻の魔法使少女ふたりの妨害を受け、2対1の不利な戦闘に追い込まれていた。


「異空間なんか、コレ……?!」


 結界が張られているらしく、往来が激しい時間帯なのに、通りかかる者はいない。通報は期待するだけ無駄そうだった。


「ヒマリ姉ッ!」


 混乱をきたしたハナヲが叫ぶ。

 

 本来味方であるはずの自衛隊員と魔法使。

 彼らの後援を得て、一気呵成に黒姫ヒマリを痛めつける光の加護(デュクラス)の女。


 恐らくは時間にしてたった5秒ほど。ごく短時間のうちに黒姫は動けなくなった。

 魔法ではなく、圧倒的な物理的攻撃によって。


 しかし闘争心だけは衰えず、地に這いつつも、女デュクラスを見据える。


「――オマエら。アンチか? けったくそ悪い」

「はん? 知らんけどもソイツらは多分そうだよ。――わたしはこれだ」


 女デュクラスがシャツの袖をまくる。

 透き通るほどきれいな肌をした上腕。しかしその先。右の手首あたりからが完全に消滅していた。


「オマエ……」

「ようやく思い出した? ……(ノワル)姫さ、こないだはよくもやってくれたなって言いたかったよ。オマエの手、わたしと同じようにしてあげたいの。恐怖と絶望をイヤってほど味わえ」

「減らず口叩くな。そんなアンタだって、これまで散々、ミニュイたちを消してきたんやろ!」

「フンそうよ、お互いさまよ。おかげでこの世から消えちゃうってのが、どれだけ怖くてミジメか、よーく分かった。だからこそわたし、今まで以上にやりがいを感じたの。オマエをはじめ、ミニュイたちをぜーんぶ。この世から消し去ってやることに」


 ――なんやて。と唸った黒姫に容赦ない、体重の乗った蹴りが跳んだ。それは顔面を直撃し、彼女の端正な顔が大きく歪んだ。同時に口と鼻から多量の血しぶきが飛ぶ。


 か細い息、そして呻きがアスファルトの荒地にかかる。


「……へえ、まだ気を失ってないんだ。黒姫の名も伊達じゃないわね」


 髪の毛を乱暴に掴まれた。

 尊厳など無い。ひたすら悪意と侮蔑のこもった扱いだった。


 遠のきそうな意識を持ちこたえ、ヒマリは見えなくなりつつある視力を凝らした。

 ――ハナヲはどこだ?! と。

 事の途中からヒマリの思考はそのひとつだけに絞られていた。


 幻覚だろう。

 ハナヲの母親が自分を見下ろしている。

 無様に転がる自分を。


 責められている。

 そう感じた。

 

 ハナヲの母親の顔は、怒っているようにも、心配しているようにも見えた。


 ――ああ、義姉さん、ごめんなさい!

 ――どうにかして、あの子だけは助けるから

 ――やから、どうか赦して。


 かつてヒマリは、まるでそれが当たり前のように、魔法使の道に足を踏み入れた。

 物心がついてからも、父親の心配をよそに戦火に身を投じた。


 彼女には憧れの目標があったのだ。

 それが、ハナヲの母親だった。


 誰にも話したことは無いし、これからも話すつもりも無いが、あの人のようになってやろう、超えてやろうと幼心に闘志を燃やしたのである。

 その、追い掛けたい背中がある日、突然消えた。


「殉職だ。魔法使にはつきものだ」


 そのたった一言で済まされたが、当時のヒマリには状況が理解できなかった。

 悲しみに浸ることが出来る年齢でも無かった。


 詫びも無く、別れの挨拶もないまま突然消えて、それで赦されるのか?

 ただそう思ったに過ぎなかった。


 だから彼女は吐き捨てるように、こう誓った。


「わたしは絶対に死なんし、わたしは護るべき者を絶対に護る」


 それなのに。

 今この瞬間、自分は護るべき者を見捨て、死に急いでいる。


「ハナヲ?!」


 叫びを上げるが応え無し。

 魔法アイテムのすべてを使うべく、かすむ目をこすった。

 すると懸命の応戦をする姪っ子、夏川ハナヲの姿が飛び込んだ。


「ハナヲッ!」

「ヒマリ姉ッ、しっかり!」


 逆に心配された。

 ――ああ、と空拳を握る。

 魔法アイテムなど、とうに尽きていたことに気が付く。


 ハナヲとの間を塞ぐように女デュクラスが割り入った。


「この世から消される苦痛を味あわせてアゲルわよ」

「……もう、消えてるもドーゼンや」


 力無き弱音を口の中で唱える。

 首を絞められ引き起こされる。


 出血が多いせいか、両腕が上がらない。

 それとも。

 もしかすると、もうとっくに【消された】のかも知れない。


 怖くて開けられない目から、タラ……タラ……と涙が垂れた。

 赦して。消さないで。悪かった。

 ハナヲだけは見逃して。


 そんなような命乞いが胸中を駆け巡った。


 そんな気弱になった彼女の手を。

 そっ……と、優しく包み込む手があった。


「よく頑張ったね」


 そう言って笑いかけてくれている。


 ハナヲの母親だ。


 何故か立派な魔法の杖を持ち、空に向かってそれを振るっている。

 すると真っ白な大地と果てない青い空が地平線まで伸びていく。

 遠くに桜並木が出現し、黒姫は目を見張った。


 遠くで両親が手を振っているではないか。


 そっと彼女の肩に手を置いたハナヲの母は「そろそろ行こうか」と耳元にささやいた。


 ――そうか、なるほど。

 ――消されたのか、わたしは。


 今の今まで鳴り響いていたハナヲの声が聞こえなくなっていた。


 消された。

 ――そうか。消されるってこういう感覚か。


 不安ではある……が、不快では無かった。

 むしろ、満ち足りた気さえした。


 ――あの桜並木の向こうには閻魔がいるんだろう。

 ――両親と義姉さんに伴われての出頭となるのだろう。


 ――なんや。死ぬのと同じやないか。


「ちょうどいい。悪事が清算できるな」


 ――わたしはどんな罰を受けるんだろうか。

 そんな事はどうでもいい。

 ――地獄行きは決定やろうが、それなら兄貴を探せる。

 見つけて、ハナヲの想いを伝えてやろうと誓った。


 一瞬、遥か遠くでハナヲの叫びが聞こえた気がして、黒姫ヒマリは振り返った。



〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓



「姉さん。もうそのへんで止めておけ。――死んじまうぞ?」


 突如強く肩を掴まれて殴りかかった女デュクラスは、その相手が弟だと知り相好を崩した。


「惟人。――あなた、生きてたの?! 消されたんじゃないの?!」

「――その女、虫の息じゃねーか。そろそろカンベンしてやれよ」


「知ってた? コイツ、(ノワル)姫。わたしとおんなじ目に遭わせてやろうってね」

「――で? 顔面なぐって、腕折って。それでもマンゾクしないって? ……それか、消すの?」

「コイツさ、あの技封印してるっぽい。相討ち覚悟で物理攻撃したけど一切魔法使わないの。ナメてるって思わない?」


 惟人、前方を睨んだ。

 魔法使少女らと武装自衛隊員二名を叩き伏せた夏川ハナヲが激しい息を吐き、呪文を諳んじている。


「分が悪いぞ、姉さん? それでもやるのか?」


 怪訝に弟を眺める姉。彼の、ノリの悪い態度に舌打ちする。


「――にしてもあんなチビ魔法使いたっけかなぁ? 修平さん、ウソつくわけ無いしね?」

「知らねーよ。奴隷姉さんの飼い主の事なんて。自分で訊いて確かめろよ」

「あの人の悪口言わないで。わたしの今があるのは全部あの人のおかげなんだから」


 眉間にしわを寄せた惟人は、野球帽を斜めにずらして目を伏せた。


「とにかくどっか行け。もうすぐ漆黒(ノワルディジェ)の部隊が来るぞ」

「惟人は? 逃げないの?」

「――ああ。俺はもうちょっとここに用事がある」


 フウンと、女勇者はゆっくりとした足取りでその場を去った。

 道端に埋没する黒姫に一瞥もくれなかった。


「――なぁ、オマエ。そこの、チビ鬼」


 ビクン! と身体を震わせるハナヲ。

 恐怖と怒りの感情がないまぜなのか、カオを赤紫色に変化させている。


「アンタも脱獄したんか? よくもヒマリ姉を殺したな……容赦せんからな」

「聞いてたか、俺らのハナシ? 死んでないぞ、黒姫は」

「ウソ?! ホントに?!」


 飛びつくようにすがりつくハナヲ。ヒマリをペタペタ触ってから強く抱き締めた。

 頬ずりを繰り返して、温かさを確認する。


「ああ良かった、良かったぁ!」

「手放しで安心すんな。死んでないだけだ。ダメージはそれなりに受けている」

「た、助からんの?!」

「だから早合点すんなって。命に別状は無い」

「ふえぇん。よがったぁ」


 浮き沈みの大きい女だ、と首を振る。


「とにかく警察と救急車を呼べ。……ソイツらこそ、相当痛めつけたな」


 襲撃者たちを指す。

 火の塊をぶつける魔法、火弾(フラムボレ)をくらってヤケドした者。

槍状の氷結物を放つ氷槍(フロエギーユ)により、切傷した箇所にも凍傷を負う者。


「火系と水系。両方一度に発動させられる魔法使は初めてだ。えげつねー」

「そんなん、ゆわんとって……」


 まだまだ戦闘経験の浅いハナヲに、手加減など出来るわけがなかった。ましてやアタマに血が上っていたし、ある程度はしょうがない事だった。


 通報を終えたハナヲに、


「帰るぞ」

「か、か? 帰る? って、どこへ?」


 ヒマリをオンブし歩き出す。怪我人に配慮した、ゆっくりとした歩き方だ。


「決まってるだろ。オマエらの家だ。今日から俺もそこに住み込む」

「はあっ?!」


 宣言通りに彼は学校ではなく、ハナヲらの自宅方向に進んでいく。


「コイツは普通のケガに加えて光の加護(デュクラス)症を負ったからな。目覚めるのもしばらくかかるぞ? この症状は俺が直す」

「ち、ちょっ、待って! 惟人クン、それどーゆーコト?! なんでわたしらの家に来るん?! キミが直すって、惟人クン、医者なんっ?」


 ウルサイな。と面倒そうに答える彼。


漆黒(ノワルディジェ)の指示だ。当分、オマエらと暮らす。あと、黒姫の治療は俺がする。以上」

「えええええーッ!」

「そこまで驚くか? オマエ、行ってたろ、俺にゴハン作ってくれるんだろ? 仲よくしようって言ってたよな?」

「う! ううう……ウン、ゆってたね」


「じゃ、それで」

「えええええーッ!」

「……声、デカイよ。……で、オマエ。名前はなんていうの?」


「――夏川……ハナヲ」

「ナツカワ・ハナヲ、ね。了解、よろしく」


「……寝てるからってヒマリ姉にヘンなコトしたら、泣いて後悔させたるからね」

「しねぇよ。俺の光の加護(デュクラス)の力をつかって死地を彷徨ってる身体に害を及ぼしているものをぜんぶ取り除く。ケガを含めて全部、な。――それから先、病院に連れてくなり、なんなり、オマエの気の済むようにしたらいい。分かったら大人しくしろ」


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