009徒弟 勇者迎え撃つ
少年の名は惟人。
苗字はとうの昔に捨てている。
苗字なぞ、不要だったから。
何故なら親は死んでしまってあてにならなかった。家族の絆とは無縁。
友だちも学校の先生も。
親戚でさえも身内として迎え入れてはくれなかった。それどころか、救いの手すら差し伸べてくれなかった。それまでの縁や繋がりなんて、もはや無いも同然だった。
つまり、生きていくために苗字は何の役にも立たなかった。
他者との識別なら【惟人】という下の名だけで充分に間に合ったのだった。
彼は、その名を携えて成長した。
彼は。
俗にいう【光の加護】だった。
その中でも相当な強者の域に達していた。
人並み以上の努力を重ねた結果だった。
彼は貪欲に強さを求めた。
何故なら、ツヨイは金になったから。
年長のデュクラスらは皆、ツヨサを金に換えて生きていたから。
彼らは一様にツヨサを活かし、この世を生き延びていた。
彼はそのことを地肌で感じ取り、意識下に己が信条とした。
だからデュクラスとしての鍛錬を続けることが出来た。
やがて持って生まれた素質が開花し、今の彼を形成していった。
今や彼は孤高の存在となって、ミニュイらの安寧の前に堂々と立ちはだかっている。
ただ。
彼は残念な事に、崇高な志などは持ち合わせてはいなかった。
本来同胞であるはずのサジェスたちの幸福や平和、そして安寧。
そんなもののために神経を注ごうなどと毛ほども思わず、ましてや使命という言葉とはまったく無縁の位置に立った。
彼は一貫して、ただひたすら【生きるために】修練を積み、自身を高め、単なる一デュクラスとして成長を遂げた。
さらにあるとき、ふとしたキッカケで彼は思い出した。
幼い時に味わった苦難の起点、人生のターニングポイントを。
あの、北海道の原野での、一瞬にして両親が消されたときの光景を。
そしてその瞬間から屈辱的な人生を歩まされた過去の出来事を。
そのときに受けたいわば呪縛が、今の自分を不幸の淵に繋いでいるのだと思い始めた。
そこから脱するにはどうしたらいいのか……を考え始めた。
「そうだ。まずは復讐だ」
そんな負の発想に辿り着くのに1年ほどかかった。
これも天啓だった。
とある田舎の定食屋でかけうどんをすすっているときのこと。
店のテレビが古めかしい時代劇を垂れ流しているのを偶然横目で眺めた、まさにそのときだった。
パッと頭の中に、その仇討のシーンが飛び込んだのだった。
「そうか」
彼は「バカバカしい」と独り言をつぶやくと、歯を見せた。
決心と言うよりかは決め付けと言えたが。
だがそれでいい。
彼は思った。
恐らくは何でも良かったのだ。
単に、人生の区切りに置くための読点が欲しかったのだ。
次の章に進むための章節が欲しかっただけなのだ。
「魔法使。ヤツらを片っ端から片付けてやろう」
彼は店を出ると妙に晴れやかな表情になっていた。
何年ぶりかで見せた、喝采を叫びそうなほどの笑顔だった。
だが残念な事にその笑顔は、まったく闇に包まれたものだった。
その後、さらに1年。
とにかく、彼にあるのは黒々とした情念。
とりわけ、魔法使たちを根絶やしにしたいという負の願望、歪曲した決意のカタマリ。
それだけだった。
それだけが近年の生き甲斐になってしまっていた。
彼は日々、魔法使を物色している。
それこそ日本中を眺め回していた。
その過程で彼は新たな発見と決意を得ていた。
「俺の親は黒姫という魔法使に消されたらしい」
「ソイツは途轍もなくツヨイらしい」
仇討ちついでに腕試しになる。
目標を一段高く積み上げた彼は、ますます図に乗って魔法使退治に邁進した。
そして。
とうとう辿り着いた。
東部大阪。
河内弁の本山、東大阪市に。
彼の仇敵、黒姫が暮らすであろう地に。
廊下の少年と目が合ったハナヲは、何故か一礼してから「はわわ」と目を逸らした。すっかり取り乱している。野球帽を被った彼は、一切目線を外さずハナヲとヒサゲのいる室内に入ってきた。
さほどの広さの無いカラオケルームは3人の異様に淀んだ空気で瞬く間に息苦しくなった。
ハナヲとヒサゲにとって、その少年は見知らぬ初対面の人物である。が、お互いに見知った間柄であることは無言のうちに覚った。
魔法使と光の加護、すなわち勇者との対峙――。
「へええ。カラオケルームってこんななのか」
「ノックも無しに他人の使っている部屋に押し入って来るのはマナー違反ですよ?」
「ふーん。で、そういうアンタはなんだ? 中坊のガキ相手にエロいことがしたいロリコンオヤジか?」
毒を吐く間にヒサゲが銃を向けていたので、少々驚いた少年はとっさに脚が出た。銃身を狙ったものだった。銃を引いたヒサゲ、跳ね上がりの蹴りを避けてそのまま前進、肘鉄を放つ。
のけ反ってスルーした少年――惟人は「ヒュッ」と短く吐息して右足を軸に回し蹴りした。これはヒサゲの脇腹にヒットし、ふっ飛んだ彼は狭い部屋の壁に横から衝突した。
「なんで銃を使わない?」
「だってこれ。君には効かないでしょう?」
「……ま、そうだな」
暗い笑みを浮かべる惟人。
「てかオマエ。俺の言葉が解かるのか?」
「一応勉強しましたので」
「それは有り難いこって」
「どういたしまして」
身構え直すヒサゲに、受けたダメージの痕跡は見られない。ただ、いつもの柔らかな微笑みは消えていた。
「最近、ある家を物色しだんだが。魔法使の家だった。飾ってあった写真の女にどうも見覚えがあってな」
「ねえキミさ。なんで阪神の帽子被ってんの?」
「……はぁ? アンタこそ、ナニ話の腰折ってんの? でオマエも俺の言葉が……あ、そうか魔法使か」
「新人です。よろしくお願いします」
「これはご丁寧に」
惟人少年と夏川ハナヲ、睨み合う。ハナヲの方だけ分かりやすくブルっていた。
「惟人くん。北海道旭川市出身、推定14歳。9歳のときに両親が戦死。その後の消息は不明。――キミはいったい何人の魔法使を消したんだい?」
「消した? 人聞きの悪い言い方だな。生まれ変わらせてやっただけだ」
惟人が手持ちのスマホをいじり、投げ寄越した。アルバム機能に残っているのはたくさんの鈴。
「――赤紫鈴」
色とりどりの鈴が実にざっと100以上、それだけの数の魔法使を地上から消したことになる。
「こんなのでも買い手はゴマンといるしな。おかげで趣味と実益を兼ねているというわけだ。――で野球帽の話だっけか。こないだの女も同じツッコミしたっけな」
「だって服装と帽子がゼンゼン合ってへんし」
「ああ、そうだな。ファッションセンス、ゼロだな」
ハナヲのツッコミに素直に返したが双方に和やかなムードなど無く。反対に、帽子のつばで目線を隠したため不気味さが強調され、余計にハナヲの震えが増すばかりだった。
彼女はこう思ったろう。
――消されたら、自分の赤紫鈴も彼のコレクションに加わるんだろう。と。
「写真の子!」
「ん? なんだ?」
「写真に写ってた金髪ツインテの子は、キミの追ってる黒姫と違うよ!」
「なんだって?」
「やからぁ。黒姫はわたしなんやって! キミが探してる人物はわたしなんや!」
「は? 黒姫だと?」
「え……? いったい何を言って――」
疑問符を発したのは惟人少年、ではなくヒサゲの方だった。
ハナヲがその口を押さえた。
惟人少年は先刻からのハナヲの言動と、今のふたりのやり取りに、ついに吹き出してしまった。
「あのな。バカにすんなよ? 言われりゃ確かにアンタはそれなりに魔力を持ってそうだ。だけど残念ながらあの女じゃないな。アイツは、あの女は……黒姫ってのは、もっと凄かった。――それこそ異常なレベルだった」
しゃべりながら、ひょっとしたら自分はおちょくられているのか? と感じ始め、セリフの後半になると怒気がこもりだし、言い終わると同時に部屋の壁を殴った。
「あぁイライラして来た。もういいや、自分で見つけるから。ふたりとも綺麗に消してやるよ」
「写真見たって言ったよね? その写真さ、いったい誰が写ってたん?」
「ちいぃッ! だから金髪の女と黒髪のチビ……ん……? んー? んーむ?」
「その黒髪の女が髪伸ばして。のほほんとしたカオしてたら? どんなカンジになるかな?」
言われてみればハッキリとは思い出せない。
黒髪のチビと、いま目の前にいるトロそうな女。
似てなくもない……気がした。
惟人は後悔した。あの家から写真を盗んでおくべきだったと。
記憶があまりにおぼろげで、写真と目の前の少女が同じでも、たとえ違ってても、どちらにせよ、それが黒姫だという確信は得られなかったに違いなく。
「何にせよ、凄けりゃいいねんな?」
低く唸るハナヲ。
突如。
惟人少年の背後に出没した者、あり!
気配を感じるまでのほんの1秒にも満たない間に、彼の野球帽が剥ぎ取られた。
「天使の輪よッ! ハナヲッ! それを狙うのッ!」
「しょうちっ!」
背後に出現し、帽子を取り上げたのはココロクルリ。
露わになった天使の輪、つまりは光の加護の弱点を集中攻撃する。
それが彼女らふたりの立てた作戦だった。
ところが。
ハナヲは絶句した。
絶句したまま、固まってしまった。
その間、約2秒。
致命的な躊躇タイム。
「無いッ、天使の輪が――無いッ?!」
それが命取りになった。




