クラスメイトの黒髪美少女は「要するに」が口癖だけど、全然「要するに」になってない
朝8時半、ホームルーム前の教室。
高校生の九条直樹はどうにか遅刻せず登校したが、まだ寝ぼけまなこだ。
つい、あくびまでしてしまう。
「ふああ……ねむ……」
奥歯を噛み締めて、眠気を吹き飛ばそうとするが、効果は薄い。
すると、クラスメイトの三村蜜柑が声をかけてきた。
背中にかかるほどの艶やかな黒髪と、しっとりとした雰囲気を纏った大人びた美少女である。紺色のブレザーがよく似合っている。
「ずいぶん眠そうね、九条君」
「三村か……昨日は夜更かししすぎちゃってさ」
蜜柑の美貌は直樹にとってはいい気つけとなったが、もちろんそんなことは口にしない。
そして、蜜柑が言う。
「なるほどね……。要するに、夜遅くまでいかがわしい動画でも見ていたのね? 全くあなたって人は……」
「いや、全然ちげーし!」
「違うの?」
「ゲームやってたんだよ、ゲーム!」
「要するに、女の子を口説くゲームでもやってたのね。可愛い女の子を落とすのは大変だものね」
「だから違うって!」
「違うの?」
直樹は顔をしかめて反論する。
「ゲームっつってもゾンビを倒すようなゲームだよ! お前の“要するに”はいつも“要するに”になってないんだよ!」
これに蜜柑はくすりと笑う。
「ふうん。要するに、負け惜しみを言いたいわけね」
「俺がいつ負けた!?」
ホームルームが始まるチャイムが鳴った。
蜜柑は勝気な笑顔のまま自分の席に戻る。直樹はなぜか自分が負けた気分になっていた。
先ほどまでの眠気はすっかり吹っ飛んでしまっていた。
***
一限、二限と終わって、次の授業までの休み時間。
直樹はクラスの男子グループと雑談を交わしていた。
「でさー……」
「マジかよー……」
話が途切れ、彼らと別れた直樹に蜜柑が近づいてくる。
「お友達と何を話してたの?」
「何って……男子同士のバカ話ってやつさ」
「ふうん。要するに、『今度どこ高の奴、シメようぜ!』みたいなことを話していたのね」
「全然ちげーよ!」
「違うの? 男子同士なんて、どこどこの番長を倒そうとか、そんな話をするものだと思ってたわ」
「今時番長がいる高校なんてないと思うぞ」
「いないの?」
「まあ、いないだろうな……多分」
蜜柑は少し残念そうにうつむくと、直樹にこう言った。
「要するに、あなたが番長になりたいのね」
「なんでそうなる!?」
「だって、今番長がいないって言ったあなたは寂しそうだったから」
「そりゃお前だろうが!」
次の授業が始まる。
今時番長がいる世界なんて、それこそ漫画の世界ぐらいのものだろう。
直樹は「三村って意外とヤンキー漫画とか好きなのか?」などと思うのだった。
***
三限と四限の間の休み時間。
直樹は打って変わって、勉強をしていた。ところどころマーカーの引かれた日本史の教科書を眺めている。
蜜柑が覗き込むように話しかける。
「あら、九条君。勉強だなんて珍しい」
「そろそろ期末も近いし、今のうちにちょこちょこっとやっていこうかなって思ってさ」
すると、蜜柑は――
「要するに、九条君は総理大臣になりたいのね」
「へ?」
「だって急に勉強を始めるだなんて、総理大臣になりたいと思ってるとしか思えないじゃない」
「いや、全然思ってねーし!」
「思ってないの?」
「思ってないなぁ」
「じゃあ要するに、法務大臣?」
「とりあえず大臣から離れてくれ」
ちなみに蜜柑の成績は学年トップを争うレベルで、直樹はせいぜい中の上といったところ。
この期末テストで、少しでも蜜柑に追いつきたい――と直樹は思っていたが、照れやプライドもあり、そのことは口にしなかった。
***
昼休みになった。
直樹は母が作ってくれた弁当を机の上に出す。
カラフルなふりかけがかかった白いご飯に、ハンバーグ、レタス、それに卵焼きが入っていた。
「お、母さんの卵焼き好きなんだよな~」
好物の登場にテンションが上がり、思わずこうつぶやいてしまう。
蜜柑がやってきた。
彼女も昼食はお手製の弁当である。
「一緒に食べない?」
この誘いに直樹は、
「別にいいけど……」
と答える。
許可を得ると、蜜柑は先ほどの独り言を聞いていたらしく、
「九条君は卵焼きが好きなのね。それもお母さんの作ったやつが」
「ま、まあな……」
「要するに……」
いつもの「要するに」が出た。
直樹は「あなたはマザコンね」などと言われそうだな、と身構える。
しかし――
「……美味しそうね」
「へ?」
相変わらず「要するに」になっていないが、直樹としては嬉しかった。
母の作った卵焼きを褒めてくれたことが。
「よかったら、一つ食べる?」
「え、いいの?」
「うん……今の聞いたら、ちょっと嬉しかったから」
「ありがとう。じゃあ、私も何か……ウインナーあげるわ」
「お、ウインナー好きなんだ。サンキュー」
おかずを交換し合う。
「うん、卵でふわふわで美味しいわ」
「ウインナーもいい具合に焼けてるよ」
互いに相手のおかずを褒め合い、楽しいひと時となった。
***
授業が終わり、放課後になる。
帰り支度を始めている直樹の背中に、蜜柑が声をかける。
「九条君、駐輪場まで一緒に行かない?」
「ああ、いいよ」
二人とも自転車通学である。
「要するに、私たちは競輪選手ってわけね」
「いつもながらどこら辺が“要するに”なのか全然分からん!」
歩きながら会話をする。
「ねえ、九条君」
「ん?」
「あなた、私のこと、ちょっと変な女だと思ってるでしょ」
「ん……まあ」
直樹は正直に答える。
蜜柑も気にする様子はない。
「にもかかわらず、あなたは私が話しかけても嫌な顔一つしない。普通だったらそれとなく近づかないでくれとアピールしそうなものなのに」
ここで蜜柑はふっと微笑む。
「要するに、あなたは私のことが好きね?」
「好きだよ」
直樹はまたも正直に答える。
これに、蜜柑は不意打ちを喰らったような顔になってしまう。
「……えっ」
「俺、三村のこと好きだよ。近いうちコクろうと思ってたんだけど、珍しくまともな“要するに”が出たから、変なタイミングになっちゃったな」
直樹は秘めた想いを打ち明け始める。
「三村可愛いし、頭もいいし、そのくせちょっとボケてるところもあって、なんかもう全部好きで、ずっと好きだった」
蜜柑はいつもの大人びた雰囲気はどこへやら、顔を耳まで赤くしてしまっている。
酸素が足りていないのか、口をパクパクと動かす。
「三村はどう? 俺のこと、好き?」
直樹がその名に相応しい直球を投げると、蜜柑は――
「よ、よ、要するに……わ、私も九条君のことが、好き……でした」
沸騰した頭でどうにか言葉を返す。
直樹は爽やかな笑顔を浮かべる。
「マジで? ……よかった!」
「う、うん……」
その笑顔は蜜柑の胸の中にある心臓を激しく打ち鳴らした。
「じゃあ今日からはカップルってことで、よろしく!」
「……うん!」
駐輪場にたどり着いた二人は、自宅の方角は違うが、しばらく自転車を押して並んで歩いた。
もう少し一緒に歩きたかったというのもあるが、今の舞い上がった状態で運転すると、事故を起こすかもしれないと思ったからだ。
やがて、気持ちも落ち着いてきたので、別れの挨拶をする。
「じゃ、また明日ね」
「おう、また明日!」
別々の方向に自転車を漕ぎながら、二人は思った。
要するに、これが幸せというものなのだな、と。
おわり
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