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四月ー1

 四月一日。真央が初めて出勤する日。真央は午前中に病院へ行ってから来るということだったので、出勤が午後からとなる。

 貴博は、午前中を魚の世話、餌をやったり水槽の掃除をしたりして過ごした。

 昼食を取っていると、事務所から電話がかかってきた。

 真央が来た、ということだった。

 残りのパンを口に放り込み、貴博は事務所へと向かった。


「おはようございます、石川さん。今日からよろしくお願いします」

「おはようございます。こちらこそよろしくお願いします」


 真央は、どこの世界も「おはようございます」は共通なんだな、と思う。


「ちょっと早いので、休んでいてほしいのですが」

「あの、まだ食事を取っていないので、取れる場所があったらと、思うのですが」


 貴博が時計を見ると、十二時半である。

 真央は、昼食を取って薬を飲みたい。


「ええ、これから休憩室に案内します。仕事は十三時からにしましょう。それではこちらへ」


 と、貴博は真央を事務所から連れ出す。

 貴博と真央は、面接の日に通った飼育施設へ向かう廊下を歩いて行く。真央は一歩後ろだ。

 飼育棟に入ったところで、


「この長靴を使ってください。サイズは二十三センチでしたね」

「はい」

「脱いだ靴はここ。それから、長靴に後で名前を書いておいてください。休憩室に油性ペンがありますから」

「わかりました」


 飼育棟に入って、長靴に履き替え、すぐ近くのドアを開けて貴博は入っていく。

 真央がそれに続く。

 すると、人の話し声が聞こえてきた。


「石川さん、こっちに入って来て」


 真央が部屋に入ると、少し高くなったところに座敷があり、畳がひかれていた。まるで居酒屋のようだ。そして、その中央に座卓があり、それを三名の女性が取り囲んで話をしていた。

 貴博と真央が入ってきたことに気づいた三人の女性。


「三人とも、おしゃべりしているところごめん。今日から勤めてくれることになった石川さん」

「石川です。よろしくお願いします」

「こちらこそお願いします」


 佐々木恵理子、三十台。主婦。肩までのふわっとしたパーマのかかったにこやかな女性。


「よろしくお願いします」


 佐藤千里、二十代後半。髪は長めだが、今日は一本結びをしている。


「よろしくー」


 藤原桃香、二十歳くらい。桃香も長い髪をおさげのように両側で結んでいる。


「石川さん、テーブルの向こうから、佐々木さん、手前の左から佐藤さんに藤原さん。三人とも係が違うけど、魚や貝類の世話をしてもらっていることは同じだ」


 恵理子と千里が名前を呼ばれた時にペコっと頭を下げ、桃香は手を上げた。


「三人ともちょっとごめんね。石川さん、まだご飯を食べていないみたいで」

「どうぞどうぞ、私達はもう食べ終わってしまっています」


 と、恵理子は弁当箱の入った袋を持ち上げて見せる。


「そこのコーヒーとかお茶とか、職員が用意しているから飲んでいいのと、電子レンジも使っていいよ」

「ありがとうございます」

「それと、後何かあったかな」

「えっと、荷物を置くところとか、どこに……」

「あ、ごめん。そこにロッカーがあるでしょ。空いているところ使っていいよ」


 貴博は、三人に聞く。


「どこが空いてる?」


 代表して恵理子が答える。


「右から二番目を優香さんが使っていました」


 優香さんは、真央の前任者だ。


「そっか。じゃあ、そこにしようか」


 貴博はロッカーを開けて、中を確かめると、どうぞ、と、手で示した。

 真央は中を確認してハンガーを見つける。それにコートをかけた。


「それじゃ、十三時にまた来るから、それまで休んでて。それと、佐々木さんたち、石川さんのこと、よろしくね」


 貴博はそれだけ言って、部屋を出て行った。


 

 休憩室は暖房が効いていて暖かい。三人とも防寒着を脱いでくつろいでいる。


「石川さん、こちらへどうぞ」


 恵理子が隣を勧める。


「石川さん、コップ持ってきてないでしょ。今日はその棚にある湯呑を使うといいよ。お茶はティーパックだけど、紅茶も緑茶もほうじ茶もあるから、自分で好きなのを入れて、ポットがそこにあるから」


 千里が指をさしながら真央に教える。


「ありがとうございます。じゃあ、お茶をいただきます」


 真央は、湯呑を小さな食器棚から取り出し、お茶のティーパックでお茶を入れた。

 そして、リュックからおにぎりを取り出す。

 おにぎりは、おかずがなくてもおかしく見えないので、真央の定番になっている。

 真央がおにぎりをかじっていると、


「石川さん、下の名前は? 私は桃香」


 と、桃香が聞いてくる。


「真央です」


 もぐもぐとおにぎりを租借しながら答える。


「真央ちゃんかー。かわいい名前だね」


 かわいいかどうか、真央にはよくわからない。


「私、千里。真央ちゃんの隣が恵理子さん。みんな、名前で呼んでたんだ」


 千里が下の名前を聞いた理由を説明する。


「そうなんですね。私もそう呼ばせていただいてもいいのですか?」


 もしかしたら、新人いじめなんてあったりするのだろうかと、真央が若干引くと、


「うん。うちら、仲良しだから」


 という返事を千里からもらった。真央は、わからないようにホッとする。


「それでは、恵理子さん、千里さん、桃香さん、改めてよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「よろしくー」

「よろしくー」


 おにぎりを食べ終わった真央は、


「恵理子さん、コップも自由に使っていいのでしょうか」

「いいのよ。気にしないで、って、私が言うことじゃないかもだけど」


 と言って、恵理子は微笑む。

 真央は、コップを食器棚から取り出して、水をくむ。

 真央は、リュックからピルケースを取り出し、昼食後に飲む薬を手に取る。そして、それを無造作に口に入れると、水をクイ、クイっと飲み干した。

 その様子を見て固まる三人。そして、桃香が口を割る。


「真央ちゃん、すごい薬の量だけど、病気なの?」

「あ、えっと、ちょっとです。でも、薬を飲んでいれば、見ての通り、元気ですから」


 真央は、手を握って力強さをアピールする。長そでTシャツの下の筋肉は見えない。

「そっか。何かあったら手伝うからね」


 と、千里。


「ありがとうございます」


 真央はぺこりと頭を下げた。


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