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石川真央ー6

「戻りました」


 二人で事務室に入る。


「じゃあ、面接をしようか」


 と、課長が立ち上がる。


「それでは、こちらへ」


 と、再び廊下に出て、二つ隣の部屋へと入った。


「石川さんはそちらに座っていて。草薙君はそっちね」


 と、ポツンと置かれたパイプ椅子に真央は座る。貴博は、真央の向かいに並べられた会議室の机の席に着く。二人は、斜めに向かい合う形だが、どちらも視線を合わそうとしなかった。


「部長ですか? 面接を始めたいのですが。はい。よろしくお願いします」


 課長は、電話で部長と呼ばれる人を呼びだしたようだ。

 課長は、貴博と反対の隅の席に座る。

 しばらくすると、部屋のドアが開き、一人の女性が入って来た。


「すみません、待たせてしまいました」


 と、女性は課長と貴博の間に座った。


「それでは、面接を始めます」


 課長が宣言する。


「自己紹介しますと、私が高橋、隣が部長の二ッ森、そして、係長の草薙です」


 三人は頭を下げる。

 真央は、研究する人でも係長なんだ、と、思いつつ、自分も自己紹介をする。


「私は石川真央です。本日はよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします。ではまず私から」


 と、高橋が質問を始める。


「私どもの海の研究センターの契約職員に応募いただき、ありがとうございます。それで、なぜここを応募されたのですか?」

「はい。私はこれまで五年間、事務職としてフルタイム勤務をしてきました。ですが、少し体を動かせる仕事をしたかったのと、うちから近くて通いやすいということがあり、こちらの研究センターで勤めたいと思いました」

「家が近いのですか?」


 高橋は履歴書を見ており知っているのに質問をする。


「はい。歩いて三十分くらいになります」

「少し体を動かしたいというのは?」

「はい、履歴書にも書きましたが、私は心臓を患っています」


 草薙は初めて見る履歴書に目を走らせる。確かに、既往症のところに心臓病と書いてある。


「それで、お医者様が言うには、少し動いた方がいい、とのことでした。私としては、魚の飼育は、というか、生き物の飼育はしたことがないのですが、ハローワークで勧められ、応募した次第です」

「心臓病というのは?」

「はい、子供のころに心臓疾患が見つかり、手術をしました。現在も、病院に通ってはいますが、見ての通り、生活するにも仕事をするにも全く支障はありません」


 真央は、憶測で答える。実際には、すでに寿命がマイナスである。いつ倒れるかわからない。だが、これまでのように、普通に生活が続くとも思える。


「フルタイムで働かれていたということですが、うちでは六時間になります。そのあたりはどうですか?」

「はい。これまでのところより、時給がいいので、給与面では心配していません。それに、勤務時間が短いので、体を休める時間が多くなると思います」

「ということは、やっぱり心臓病が心配ですか?」

「心配ではないというと、嘘になりますが、勤務時間が短いというのは、安心材料でもあります」


 高橋が眉を顰めるのを見て、真央は、失敗したただろうかと、表情を変えずに思う。


「失礼ですが、ご家族は?」

「はい。一人暮らしをしています。両親は私が高校生の時に他界しました。祖父も祖母もおりませんので、独り身です」


 普通の面接のやり取りであろうが、真央には一つ一つが刺さる。

 次いで二ッ森が質問をする。


「先ほど、草薙が飼育棟を案内し、業務の説明をしたと思いますが、いかがですか?」

「お魚を見せていただきました。それから、餌も与えさせてくださいました。大きな魚も、シラスの魚もとてもかわいかったです。それに、餌を食べている姿を見て、生きているんだな、と、感じました。是非、私がこの魚たちを育てたい、そう思いました」

「今日は寒くありませんでしたか? 飼育棟にはエアコンがないので、夏は暑くなりますし」

「はい。大丈夫です。住んでいるアパートにもエアコンはありません。それに、寒いのは防寒着を着れば大丈夫です」

「飼育棟では、バケツを持ったり…………」


 二ッ森と真央とのやり取りが続く。

 貴博は、心臓病の三文字から目が離せないでいた。真央の質問がリフレインする。


「魚にも心臓があるのですか?」


 この子は、一体どういう意味でその質問をしたんだろうか。単純な疑問だったのか? だが、今となっては意味があったとしか思えない。この子はもう大丈夫と言った。本当だろうか。見た感じ、健康な人と見分けがつかない。というか、どこも悪くないように見える。本当にそうだろうか。白い肌、細い顔のライン、きゃしゃな指。病気が原因ではないだろうか。


「草薙君、草薙君」


 二ッ森が呼びかける。貴博ははっと我に返る。


「えっと」

「全く君はいつも何かに集中すると……。まあ今はいい。君から何か質問はないのかね」

「は、はい。えっと、それでは……」


 貴博はとっさに振られて動揺する。


「えっと、ご飯はちゃんと食べているの?」

「え?」「え?」「え?」


 高橋、二ッ森、真央の三人がはもる。

 貴博は、一体何を聞いているんだ、僕は。と、冷や汗を浮かべる。


「はい。しっかり三食食べています」


 真央が三食、しっかりとはいいがたいが、食べているのは、薬を飲むためだ。

 おもわず、真央も聞いてしまう。


「なぜでしょうか?」

「あ、あの、君、肌も白いし、それに痩せているし」


 女性に言ってはいけなかったかと、さらに反省する。が、勢いで言ってしまう。


「それに、指もとても細い」


 二ッ森は手のひらを額に当てる。


「あはっ」


 真央は思わず、笑ってしまう。面接でこんなことを言われるとは。


「はい。先ほど病気の話をさせていただきましたが、私は休みの日は家にこもることが多いのです。ですので、日に焼けることがほとんどないです。指が細いのは……」


 真央は、食べる量、正しくは、金銭的に食べることが出来る量を控えていることを隠すように、


「母親譲りなんです」


 と、答えた。


「そうでしたか。失礼な質問をしてしまい、申し訳ありません」


 貴博はうつむく。


「他に質問はないですか?」


 と高橋が聞いてくるが、まともな質問をしなかったことを反省することしかできなかったことを恥じて、貴博はうなずいた。


「それでは、石川さんの方から、何か質問とか、言っておきたいこととかありますか?」


 高橋が真央に振る。真央は


「はい」


 と、これまでの応答よりしっかりした声で、返事をした。

 貴博は、それに驚いて顔を上げ、真央を見る。

 真央は、貴博を見ていた。しっかりと。

 貴博も、目をそらすことが出来ない。

 真央ははっきりした口調で、貴博に告げた。


「殺します」


 高橋と二ッ森が動揺する。一体何を言っているのかと。


「責任をもって殺します。私が、責任をもって育て、そして責任をもって殺します」


 貴博は、その意思の乗った、力強い視線を受け続ける。


「ですので、どうか、よろしくお願いします」


 と、真央は頭を下げた。その瞬間、真央の膝に水滴が落ちたのを貴博は見逃さなかった。

 真央が頭を上げると、


「はい。石川さん、ありがとうございました。それでは本日の面接はこれで終わりにします。合否は追ってこの電話番号に連絡します」


 と、高橋が事務的な話をする。

 真央は立ち上がり、ドアへと歩き、そして振り向くと、


「ありがとうございました。失礼いたします」


 と、頭を下げて出て行った。


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