石川真央ー3
二月の末、真央は再び休みをもらい、ハローワークへ行く。履歴書を提出するためだ。海の研究センターに直接持って行った方が近いのに、とは思っても言わない。何事も手続きの流れというものがあることを知っている。
「履歴書を持ってきました。海の研究センターの応募をお願いします」
真央は、受付のお姉さんに履歴書を渡す。たまたま、同じお姉さんでよかった。話が早い。
「海の研究センターに応募することを決めたのね。まあ、石川さん、住んでいるところも近いものね、いいと思うわ」
お姉さんは、手続きを進める。
「それじゃ、面接の日と時間が決まったら、石川さんに連絡するから。いい?」
「はい。お願いします」
真央は、ハローワークを後にして、千歳町から市電に乗る。そして、函館造船前で市電を降りる。そこから山側へ歩けばアパート。海側に行けば海の研究センターだ。
二月下旬。北海道はまだまだ寒い。市電を降りた真央は手袋の上から「はー」と息をかけ、これからどうしようかと悩む。家に帰ってもやることもなし。ちょっとだけ、海の研究センターを見に行ってみようかと、真央は海へと足を向けた。
函館市とはいえ、ここまで隅っこにくると、人通りは少ない。街中は観光客で一杯なのに。だからか、道は雪がまだ積もっており、あまり足場はよくもない。ジャクジャクと音を立てながら、真央は海へと向かう。高い防波堤沿いにある道を歩く。左側は高い防波堤でその向こうは海。右側は函館造船だ。フェンスが張ってあって中には入れそうもない。入る気もないが。
真央は、一歩一歩歩いて行く。もし採用してもらったら、毎日歩く道だ。これくらいの雪に負けてはいけない。
函館造船を過ぎると、開けたあからさまな埋め立て地に出る。そこの真ん中に立つ、三階建ての建物。そして、その向こうには、平屋の工場みたいな建物が居座っている。高くそびえる建物とどっしりと構える建物のコントラストがなんとも言えない。さらに、右側、函館港内には、大きな船が三隻も停泊している。駐車場には、十数台の車が止まっている。建物の窓から明かりも漏れている。
うーん。
真央は、研究センターの玄関前まで歩いて近づいたものの、今日はここまでと、踵をかえした。
真央は、研究センターから函館造船前の電停まで戻り、そして、山側へ歩いて、アパートにたどり着く。
ちょっと、歩きすぎたのかな、と、真央は胸を押さえる。
部屋の鍵を開け、中に入る。とりあえず、ストーブをつける。つけないと凍ってしまう。何もかもが。
高校生の時から着ているダッフルコートを脱ぎ、そして、ダウン、ジーンズ、靴下を脱いでフリースパジャマに身を包む。そして布団を広げてもぐりこんだ。
あぁ、晩御飯はどうしようか。買い置きのパンでいいだろうか。薬を飲まないといけないから、ご飯を食べないわけにはいかない。でも、後で考えようか。とりあえずは、布団の中が一番暖かいし、今は体を休めたい。
真央は、布団の中で丸くなった。
夕方、めったにならない真央の携帯が鳴る。
「もしもし」
「あ、石川さんの携帯電話ですか? こちら、ハローワークの川崎です」
「受付のお姉さんですか? はい。石川です」
「面接なんですけど、三月の三日、午前十時に海の研究センターでいいですか?」
真央は悩む。その日は午前中に病院の予約を入れている。
「あの、その日の午前中は病院に行くことになっていて……」
もしかしたら、これで断られてしまうかもしれない。そう思っていたが、
「そうなの? じゃあ、聞いてもう一回電話するね」
受付のお姉さん改め川崎は、電話を切った。
ハローワークのお姉さんって、こんなにフランクなのかな、と、真央は首を傾げた。
「石川さん、同じく三月三日の十三時でどう?」
「それなら大丈夫だと思います」
「じゃあ、その時間に研究センターへ行ってね。うまくいくことを祈ってるわ」
と、川崎は通話を切った。
面接は来週か。真央は布団の中で丸まって考える。竹林工務店の時は、面接なんてなかった。社長が学校に来て、私をスカウトしてくれた。というか、あまりものを拾ってくれた。でも今度はちがう。あ、川崎さんに聞けばよかった、何人くらい面接を受けるのかと。競争になるのかな。だとしたら……。
それとは別に、悩むことがある。真央はリクルートスーツを持っていない。竹林工務店で着ているのは貸与された制服と靴だ。出勤はその恰好で許してもらっている。よって、私服だってあまり持っていないのだ。
どうしよう。真央は悩む。後何年も生きられないだろう。だから、リクルートスーツなんて買うのはもったいない。というか、そんな経済的な余裕はない。でも、採用してほしい。ここは奮発すべきか。ムムム。
悩みに悩んだ末、真央が決めたのは、ありのままの自分を見せる。そういうことだ。だからリクルートスーツは用意しない。持っている服で勝負しよう。と。