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四月ー2

 十三時を迎えるちょっと前、貴博が休憩室にやってくる。


「えっと、今日のごみとかの片付けって、何時からやるの?」

「いつも十五時半からです」

「わかった。十五時半ね。石川さんをその時間に預けるから、教えてあげてくれる?」

「了解です」


 桃香が手を上げる。


「じゃあ、藤原さん、よろしく」

「はーい」


 恵理子達三人は、慣れた様子で防寒着とカッパを着込み、休憩室を後にした。



「石川さん、これ」


 と言って、貴博は真央に紙袋を渡す。

 真央が中をのぞくと、そこには服がいくつか入っていた。


「えっと、これが、さっき三人が着ていたのと同じ防寒着。上下あるから着て。それから、こっちがカッパ。濡れるといけないからこれも着てね」


 真央が貴博を見ると、貴博は今日は白衣ではない。上下ともに防寒着を着ている。


「防寒着とかカッパとか、ここで着づらかったら……えっと、本館の方に多目的トイレがあるから、そっちで着替えてもいいから」


 とはいえ、今着ている服の上から着るだけだ。他の三人と同じようにここで構わない、と真央は思った。


「そこにはさみがあると思うから、商品タグとか取っちゃって」

「はい。わかりました」


 真央は、はさみで商品タグを外し、そして、防寒着を着た。カッパも同様にした。


「ごみは、そのゴミ箱に入れておいて。後で、ごみの片付けがあるから」


 真央はごみを捨て、そして、長靴をはいた。


「ロッカーに荷物を入れて、カギをかけておいてね」


 真央は、言われたとおりにする。


「あと、これね」


 と言って、貴博は真央に厚手の手袋を渡す。


「仕事が終わってからでいいから、油性ペンで名前を書いておいてね。防寒着とかは、洗濯の説明タグかどこかでいいから。間違わないようにね」


 と、完全武装をした真央を見て、貴博は満足する。


「ところで」


 と、貴博が真央に聞く。


「三人はどうだった?」

「えっと、皆さん、明るくて優しくしてくれそうでした」

「それはよかった。仲がいいとは思っていたけど、そこに入れたならよかった。何かあったら言ってね」


 真央は人間関係的には大丈夫そうだな、と思いつつ、他のことを聞いてみる。


「この部屋、ずっと暖房がついているのですか?」


 貴博は苦笑いをする。


「この部屋さ、誰が設計したのかわからないけど、畳がひいてあるじゃん? おかげでね、この部屋は年がら年中、二十四時間エアコンが入りっぱなしなんだ。じゃないとかびちゃうからね」


 なんてことだ。と、真央は思う。日ごろから暖房は節約している。夜にはストーブを切って布団にもぐりこみ、朝はタイマーでつけている。夏は当然、エアコンなんてない。なのに、ここは人がいてもいなくてもエアコンが入りっぱなしだと。


「こういうところが官公庁のむだなところなんだよね」


 いやいや、無駄じゃない。無駄にしちゃいけない。真央は思う。


「あの、センセ」


 白衣を着てなくてもセンセか。貴博が思う。


「ここ、何時に来て、何時までいていいのですか?」

「え?」


 貴博は、素で返す。勤務時間は九時から十六時までだ。それ以上にここにいたいということか?


「基本的に、職員がいる時間帯は大丈夫だと思うけど。大体、八時から十七時半くらいかな。早出の職員がいるから多分七時台にはここが開いているし、警備員さんが十八時頃にここを施錠するはずだから」


 貴博が、どういうこと? と、目で質問を送る。

 それに気づいた真央は、


「暖房代を節約しているんです。面接のときに病院に行っているって言いましたけど、ちょっと辛いんですよね、金銭的に」


 と、真央はうつむく。今度は真央が視線で、だめですか? と目で質問を送る。

 貴博は、一人暮らしだし、それなりに早い時間に出勤し、そして夕方遅くなってから退社している。なので、基本的には問題はない、はず。ただ、暖房は、真央のために焚いているわけではない、というところだけだ。あぁ、官公庁はめんどくさい。まぁ、いざとなったら僕が怒られるか。と、決意し、


「いいんじゃないかな。ただし、ちょっと早く来ているっていう感じにするのと、休憩室の片付けと掃除、ポットの管理など、他の三人のためにしてくれる? それに、騒いだり、人が見てどうだろう、と思うような行為はしないでね」


 真央は、趣味があるわけでもないので、何かをするようなつもりはなかった。


「ありがとうございます」


 真央は嬉しそうに微笑む。貴博はつい、視線をそらしてしまう。


「それじゃ、仕事を教えるから、ついて来て」


 貴博と真央は休憩室を出て行った。



 夕方、十七時半頃、執務室でパソコンに向かっていると、真央がやって来た。


「草薙さんいますか?」


 と。お、センセじゃなくなった。


「はい。いるよ」


 と、真央を手招きする。

 真央がてけてけと近づいてくる。


「僕はたいていここか三階の実験室にいるから」

「わかりました」

「で、どうしたの? 帰るのかな」

「はい。皆さんは十六時にあがられて、私はちょっと残ってました」


 ちょっとか。まあいいけど。本件は二ッ森部長にも一応伝えてある。


「それじゃ、お疲れ様」


 と真央に声をかけると、


「はい。お先に失礼します」


 と、真央は執務室を後にした。



 真央は、これまでも十七時半まで働き、それから電停まで歩き、電停から市電に乗って帰っていた。よって、十七時半に研究センターを出たとしても、今までより早く帰ることが出来た。

 真央は、部屋に戻るとまずストーブをつける。ダッフルを着たまま。そして、冷蔵庫を覗く。冷凍しておいたご飯とちょっとした野菜。小分けにしたひき肉。それでちょちょいとチャーハンを作る。

 チャーハンが出来たころに部屋が少しずつ温まってくる。部屋は一部屋だし、さほど大きくもない。


 ようやく真央はダッフルを脱ぎ、食事にする。そして、いつものように食後に薬を飲む。


 ちなみに、今日はまだ活動予定がある。しかし、それまでは暇を持て余す。いつものことだが。

 センターでもらった小さな手帳のようなノート。それに、仕事の内容をメモしておいた。というより、メモするように言われた。それを眺めて、思い出しながら復習する。

 午後から、翌日の餌の仕込み。それから、水槽掃除に、午後の餌やり。みんなでしたゴミ集めなど。ちなみに、一週間は貴博がつきっきりで教えてくれることになっている。来週からは、一人でやらなければならない。


 そうこうしているうちに八時になる。ある意味、運にかかっている。真央はダッフルを着込み、出かける。市電一つ分歩いて行くスーパーだ。その時間には、いろんなものが安くなっているはず。しかし、あったりなかったりで、何も買わずに帰ることもある。

 真央のねらい目は肉と野菜。特にひき肉は、チャーハンにも入れられるし、そぼろも作れる。それにミートソースを作っておけばパスタも食べられる。和洋中なんでもいけるのだ。それから、干した魚。これも時々安くなっている。干し魚は何日か分に切り分けて冷凍しておく。卵も欲しいが、これは値下がりは期待できない。だが、これも貴重なたんぱく源。

 結果として、今日はラッキーだった。ひき肉の大きなパックに半額のシールが貼ってあった。大きなキャベツも見切り品コーナーにあった。玉ねぎも人参もあった。魚は今日はなかったので、あきらめた。それでも、これだけあれば、一週間は何とかなりそう。

 真央は、満足して帰路についた。



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