第一章 魔女の仮面をつけた悪魔 第五話 悪魔の中の遺伝子
昼下がりの凡人達の街。
相変わらず、邪悪な権力に囚われの身になっている凡人達が右往左往していた。
番号の付いた囚人服を身にまとった、その姿は、まるでイオンの何階かにディスプレイされたマネキンが歩いてるようだった。何年か前、私も、この囚人服を着ていた。でも、それは、すぐに、こいつらに、はぎ取れてしまった。そのおかげで、今では私の囚人服は裸になってしまった。
まあ、その方が身軽でいい。
気がついたら、また、あの冷たいグラスを見上げていた。
もう、この氷のグラスの中で呪われる決意は出来ていた。
見慣れた警察の取調室に似た小さな部屋。
ここに、ムチとローソクが無いと思うと、私の心の中は、まるで、深い森の奥の鏡の湖面の様に穏やかだった。
向かい合った、私の天使が口を開いた。
「エルさん 念のため もう一度 お尋ねしますが 本当に お父様の遺産を ご相続されるのですね」
それは、まるで、これが、呪われた黄金とでも知っているかの様な口ぶりだった。
少し怖くなったが、あの寄生虫の為だったら、呪われてもいい。今だって、呪われた人生を送っていではないか。これ以上、呪われところで、待っているのは、死だけではないか。
と、自分に暗示をかけていた。
「はい・・・」
机の上に置かれた一枚のて運命の巻物。
「わかりました では これが相続財産の一覧になります」
天国か地獄。思い切って、私は、目を落とした。
「不動産は山の手のお家の土地と建物 それから お亡くなりになった湖のそばの別荘の土地と建物 後 駅前のビルの土地の四分の一 主な動産は高級外車が3台 絵画が数点 高級腕時計他 諸々の貴金属類 動産 不動産の方は大したことはないのですが 株式の他 海外の銀行預金 暗号通貨を含めた金融資産が相当あります・・・」
「相当って?」
私の中の悪魔が、問いかけた。
「そうですね なにせ 金融資産のほとんどが数か国の金融機関に分散されているそうなので 相手側の弁護士さんもご苦労されてる様です でも 少なく見積もっても10億は超えるかと・・」
10億・・・ その時、その言葉の意味が分からなかった。
「これを元にして相手側と分割協議分に入る訳ですが・・・」
「分割協議って?」
「あっ! そうでしたね 最初に そのことをお伝えしなければなりませんでした 失礼しました 実は・・・」
その後の言葉が、これから始まるこの痛く冷たい物語の始まりだった。
「実は お父様には もう お一人 お嬢様がおられたようなんです・・・」
その言葉を、聞いた瞬間、私は、お花畑の中の彼女の姿を思い出した。
もしかして、彼女が・・・
彼女は、半分、私と一緒の氷の中の遺伝子から出来ている・・・
彼女も冷たい世界で生きて来たのだろうか。
数秒の間、そんな思いが私の頭の中を駆け巡っていた。
天使が囁いた。
「さぞかし 驚かれたことと思いますが お父様の遺産は その方と分け合うことになります」
私の頭の中の暗い宇宙を、まるで、行く先を失った流星の様に、あの子の姿が、円を描くようにぐるぐると周り、その後の天使の囁きは、覚えていなかった。
グラスの館を出た時、もう、街は84色に輝いていた。
ふと、空を見上げると、さっきの流星が黄色い半月に向かって飛んで行った。
冷凍保存された精子に似たジェルが指先に置かれる。
あの時のお花畑をイメージいたフラワーネイル。
紫の下地に白い花。
その指を見つめながら、あの子の姿を思い出していた。
イミテーションのシンデレラ城が立ち並ぶエロスの街を、魔法にかかったその哀れなエロ坊主と快楽の夜を楽しむ城を選びながら歩く。これは男の性欲を増幅させるテクニックだ。フレンチ、イタリアン、チャイニーズ、それとも寿司? 私はどの料理でもいい。ただ、私は男が選んだ味になるだけ。エロ坊主が選んだのは、やっぱり線香の匂いがする寺の様な部屋だった。
女王様に、ばれたら辞めるだけ。
呪われ始めていた私はもう怖いものがなかった。
でも、大金が入って来るのに何でこんな事してるんだろう?
今から思うと、その時は、まだ、この出来事は、映画館のスクリーンの中の出来事の様に思っていたのかもしれない。
でも、私は、エロスにも呪われていることだけは現実の出来事だった。
悦楽へのコース料金を受け取った時、また、悲し気な彼女の姿が脳裏をよぎった。
もう、一度、会いたい・・・
その夜、私は菩薩になった。