表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の中の遺伝子  作者: ヒオマサユキ
4/8

第一章 魔女の仮面をつけた悪魔  第四話 悪魔の中の寄生虫

まるで、このお楽しみの会は、私達の為だけに開かれたように思えた。

私は、ゆっくりと、彼に近づいて行った。

そして、ほのかな甘い香りがする72色の花の中に埋もれた水死体になった彼の写真をじっと見つめていた。

「私は この人が造った この人の遺伝子から出来ている」

彼を父と呼べない私にとって、それは、せめてもの彼への感情だった。

ここに来る途中、駅の100円ショップで買った純白の数珠を親指にかけて手を合わせた。

父親でなくても、人が死んだ時は、悲しいとか寂しいと言った感情を持たなければいけないのだろうが、私は、氷の女、そんな感情は微塵もなかった。その時の私の心の中を表現するなら、空っぽの空き缶と言うのが正しいと思う。それは、逆さにしてどんなに振っても一滴も出て来ない空き缶。お花畑の横で、うつむいて立っている彼女もその空っぽの空き缶。

私に気づいてないのだろうか。それとも、気づかないふりをしているのだろうか。

私が彼女を見つめてもこっちを見ることは一度もなかった。

花に埋もれた水死体の顔も空っぽの空き缶。

「こんにちは 初めまして さようなら」

これが彼に言った私の最初で最後の言葉だった。

そして、うつむいたままの彼女を見つめた。

あなたは、誰? 私は、心の中で、そう問いかけることしか出来なかった。

そして、その思いを振り切って、彼女の前を通ってお花畑を後にした。


ドライヤーの心地の良い暖かい風を頭に感じながら、何時もの様に魔女の姿をした悪魔へ変わって行く。

水死体の顔と黒髪の彼女のことを思い浮かべながら、魔法の鏡の中に映った自分の顔を見つめていた。


84色の煌めく街。

お別れの会から王様と魔女の品評会へと向かう私の歩幅は広く、回転も何時もよりも早かった。

彼女を思い出すと、不思議と胸の高鳴りは止まらなかった。

私は、何時ものように、哀れな男に、呪文を唱えていた。

と、誰かに肩を叩かれた。振り向いたら黒い服を着た看守が立っていた。

「ママがお呼びです」

私は、魔法にかかりかけていた男に未練を持ちつつ、この城の女王様が待つ部屋に入った。

そこには、子供の頃、絵本で見た赤鬼のような顔をした女王様が私を待ち構えていた。

「あなた 枕 やってるんだって?」

どうやら、私を嫌う魔女に告げ口をされた様だ。

告げ口をされる事は、子供の頃から慣れていた。学校のトイレでウンコをしたことを、好きな男子に告げ口された時に比べたら、この告げ口は、あまりダメージは無かった。でも、何で、学校でウンコをすることが、恥ずかしいことだったんのだろう。それは、人間にとって、生きて行く上で、欠かせないものなのに、あの時、なぜ、それを、恥ずかしいと思ったんだろう。それは、あの時、まだ、私は、凡人だったからだろう。

「今まで、枕、やった子はいたけど あなたはちょっと違うような気がするの ただの男好き そうじゃない?」

「はい」

いろいろと説明するのは面倒なので、つい肯定してしまった。

「こ 今度 やったら 辞めてもらうからね・・・」

女王様も思いもよらない私の返事に言葉が見つからないようで、戸惑いながらこう吐き捨てて部屋から出て行ってしまった。

別に辞めてもよかった。それは、水死体の彼に呪われる決心さえつけば、当分の間はお金の心配は無くなると言う保険を持ってたからだった。


その日から、一ヶ月が過ぎようとしていた。

まだ私は、魔女の国にいるし、私の身体のアザも、減ることはなかっし、寄生虫は、寄生虫のままだった。

そんなある日。

遂に天使から出頭の電話がかかって来た。喪が明けるのは、まだ早いが遺産相続は早い方が良いのだろう。これは、黄金が手に入ると言う希望的な観測でもあり、呪われる覚悟を決める日が来たと言う絶望的な観測でもあった。


天使との約束の朝。

相変わらず、寄生虫は私のお腹の下で丸まっていた。

「今日 ちょっと 出て来る」

「う うん」

弱々しい声。寄生虫の様子が少し違う様に感じた。

「どうしたの?」

「う うん」

「また 痛いの?」

寄生虫は無言でサナギの中へと潜り込んで行った。

「病院 行く?」

「いい」

「行ったほうがいいよ 暫く薬も飲んでないでしょ お金 机の上に置いておくから」

「う うん ありがとう・・・」


太陽が雲に隠れた昼下がり。

私達の馬小屋から駅へと続く道。

曲がりくねった路地を抜けると小学校がある。

前から授業を終えた子供達が、はしゃぎながら楽しそうに歩いて来た。

小さな頭に乗っかった黄色い帽子、小さな背中に背負ったランドセルには黄色いカバー。

ふと、凡人だった子供の頃を思い出した。

あの寄生虫は、小学校の同じクラスの同級生だった。

勉強も運動も出来ない気弱で地味な男の子だった。

でも、他の同級生達とはちょっと違っていた。

それは、私をイジメなかったこと。

イジメられている私を遠くから見ているだけだったが、決して私をイジメることはなかった。

それは、彼も孤立していたからだった。

髪の毛を切られる私を見ていた、あの同情しているかの様な弱々しい眼差しが、氷の女になっても、忘れることが出来なかった。

3年前、偶然、彼は、私の客として現れた。

客と言っても、魔女の館の客ではなく、路上で一夜の契約を結んだ客だった。

彼は、この夜の街でナンバーワンのホストに変身していた。私も肉体を武器にしてお金を稼ぐ魔女に変身していたから、お互い様と言ったところだろうか。学校では、地味な子が、大人になって悪魔になると言うことは、良くあることだ。ドMの私とドSな彼、相性抜群の私達はそのまま長期契約を結んだ。しかし、1年前、彼の肝臓が悲鳴をあげて、寄生虫になってしまった。それは彼が、ナンバーワンになってしまったことがきっかけだった。

この街で、ナンバーワンになれなかったホスト達はある時期が来るとこの街を離れて郊外の街で自分の店をオープンして経営者の道を選ぶ。しかし、ナンバーワンになってしまったらそうもいかない。店の為、そして、自分の地位を守る為にも身体を痛めつけて生きていかなければならない。

でも、その代償はあまりにも大きい。それは、自分の命。

彼は、何とか命を取り留めたが、ホストと言う天職を失った。

ホストしか取りえがない男は、誰かにパラサイトするか、死を選ぶしか道がない。

幸運にも彼は、寄生虫が好きな私と言う魔女にパラサイトが出来た。

でも、それは、悪魔への生贄となる運命の始まりだったかもしれない。

拷問で痛む私の胸の辺りを通り過ぎて行く無邪気な子供達。

水死体の遺産を使って、あの日に 戻れたらな。

つい、そう呟いてしまった。

先の見えない曲がりくねった路地。

それは、まるで、私達の人生のようだった。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ