第一章 魔女の仮面をつけた悪魔 第二話 グラスの中の悪魔
私は、太陽が赤く燃え尽きて、落ちて行くのを待って、あかね色のワンピースに身を包んで、あの邪悪な天使が待つ、凡人達が囚われの身になっている街にある館へと向かった。
案の定、そこでは、その日の罪を償った囚人達が、それぞれの館から解放されていた。
似たような服、似たような髪、似たような化粧、似たような会話。
やっぱり、その姿は、死の番号で呼ばれる囚人だった。
でも私は、こいつらの世界には入れなかった。
はじき出された。
そもそも、こいつらとは人種が違っていた。
こいつらは、容赦なく人種差別をする。
こいつらは、囚人の仮面をつけた死刑執行人だ。
だから好き、これは私のマゾヒスティクな片思い。
それは、自分がメシアの誕生を待つイスラエルの民に思えたから。
その館は、ガラスで出来た高い塔だった。
このグラスの中に入った瞬間、ブランデーのほのかな甘い香りがした。
桃田法律事務所。
店の客には弁護士もいるが、彼らの仕事場に入るのは初めてだった。
個室に通された時、ここでは服を脱がなくてもいいことに少し安心した。
と、乾いたノックの音がして、あの邪悪な天使が入って来た。年の頃なら50歳そこそこと言った所だろうか。
私は、どんなに若作りしていようが中年の男の年は本能的にわかる。
「お待たせしました 始めまして桃田と申します」
と、彼は、天使にお似合いの純白の名称を出した。
「栗原です」
思わず、私も 魔女の国の魔名刺を出すところで、手が止まった。
それは、私の名刺は、血の色をしていたからだった。
「突然のお電話 申し訳ございませんでした 絵流さんの番号 お母様から聞いていたもので」
私の母親も、魔女だった。
蛙の子は蛙とは、よく言ったものだ。
私が高校を中退して家を出た時を最後に、母親とも別居状態が続いていた。
そして、3年前、母親は肝臓癌で死んでしまった。
母親が死んだと聞いたのも、その時、売春で捕まって入っていた鑑別所の役人からだった。
つくづく、私は親の死とは縁がないようだ。
でも、私の細胞の中に彼女がいると思うと心が悶える。
「お通夜とお葬式は残念でしたが 来週の金曜日 お別れの会があるようなので もし良ければ ご出席下さい 詳しくは また 後ほど」
残念なのは、その時、詳しく聞いても行く気がなかったことだった。
興味本位で聞きたかったのは、その見ず知らずの父親の死因。
「で その人 何で死んじゃったんですか? 病気?」
「いえ 実は 別荘の近くの湖で水死体で見つかったんです」
水死体・・・想像もしていなかった、その言葉に私は、一瞬どう切り返していいのかわからなかった。
「警察は事故と自殺の両面で捜査しているようですが・・・」
まるで映画かドラマか推理小説の中にでも入ったような気分だった。
「で まだ 少し先の話にはなるのですが 遺産相続の件で お話しておきたいので ご足労をお願いしました」
来た、来た。待ってました。と、私の中の悪魔が呟いた。
「その前に絵流さん ご自身の戸籍謄本って ご覧になられたことは?」
戸籍謄本・・・流石に私もその存在は知っていたが、現実に耳にするのは初めてだった。
「いいえ 見たことないです」
「なるはど では お父様の事は あまり ご存じではないのですね」
あまりと言うよりか、ぜんぜん知らなかった。
「法律上では 絵流さんは 非嫡出子ですが・・・」
「なんですか? それ?」
非嫡出子・・・流石に、その言葉は存在すらしらなかった。
「そうでしたね これは法律上の呼び名なんですが 非嫡出子とは婚姻関係にない男女の間に生まれた子のことを言います 逆に婚姻関係のある男女の間に生まれた子を嫡出子と言います」
婚姻関係のない男女の間に生まれた子供。
それは、私の事? それを、非嫡出子と言うんだ。
それまで、愛人の子供と言われ続けて来た私にとって、その言葉の響きは、何か、ちょっと偉くなった気分だった。
「で 絵流さんは 法律上では この非嫡出子となります」
「はい・・・」
「普通 非嫡出子には遺産相続の権利はありません でも 非嫡出子でも父親が認知していれば遺産相続の権利は発生します」
絵流 「認知って?」
認知? 認知症のことかな。
「認知とは 生まれた子供を自分の子ですと認めることなんです」
認知症ではなかった。
でも、それは、男にとっては勇気のいる行動と言うことは理解が出来る。
「で 幸い絵流さんは お亡くなりなったお父様がから認知されておられます これは戸籍謄本をご覧に なれば ご理解頂けると思います」
水死体の彼、なかなかやるじゃん。
「遺言状があればそれが優先になるんですが 今の所 遺言状は確認されていないと言うことなんです」
もし、遺言状があったら彼は私の名前を書いていたのだろうか。
水死体に聞いてみたくなる。
「それに お父様には 奥様も ご兄弟も それに 親類にあたる方も おられないようなので」
「そうなんですか・・・」
その時、それを聞いて、見ず知らずの水死体に親近感が湧いた。
それは私も彼が死んで一人ぼっちになったから。
でも、その時は、私の頭の中には、子供と言う言葉は思い浮かばなかった。
また、不思議なことに、彼の口からも、その言葉は出なかった。
「で この件については 先ず 絵流さんが意思を示す必要があります」
「意思?」
「はい お父様が残された遺産を相続するか それとも 放棄するかです 幸い大きな負債もないようです もし 負債があれば それも 相続することになるので あらかじめ 確認しておきました」
「そうですか ありがとうございます で 額は?」
思わず、悪魔が尋ねた。
「それについては 絵流さんが相続の意思を示されれば 相手の弁護士に問い合わせることとなります」
「そうですか」
何だ、教えてくれないんだ。残念。
「でも 相当な額にはなるかと思いますよ」
相当・・・ その意味をググって見たくなった。きっと、心が躍る意味なんだろう。
「でも お母様 さすが 銀座の方だ 絵流さんの将来の事を思ってお父様に認知して頂いておられたのかと」
それは、少し違う。
多分、母親は父親より先に死ぬとは思っていなかったのだろう。
母の奴隷だった私に、一旦、相続させておいて自分が取るつもりだったんだ。
これは母親の誤算でしかない。と思うと、また心が躍り出した。
「返答は そう 急ぎませんので ごゆっくりと お考え下さい」
「はい・・・」
グラスの館から出た時、もう街は24色に輝いていた。
その光を反射して輝くガラスの塔。
家路に急ぐ私の死刑執行人達。
やっぱり私は、こいつらとは人種が違っていた。
ふと気がつくと、何時ものルーティーン。
美容室の大きな鏡の中に魔女の姿をした悪魔の顔が映っていた。
「はい」と言うだけで、大金を手にすることが出来る。
もう、身体を売らなくても済む。
あの寄生虫だけの物になれる。
でも、この時、私は迷っていた。
それは、水死体に呪われるのが、怖かったから。




