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氷の中の遺伝子  作者: ヒオマサユキ
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第一章 魔女の仮面をつけた悪魔  第一話 天使の囁き

氷の中の冷たい世界。

彼女は私の前に突然現れた。


私の名前は、エル。

アルファベットの名前を持つ。

俗世の男に、魔法を、かけて生きている魔女。

良く男は、私のことを、氷の国に住む女と呼ぶ。

それはグラスの中で、ゆっくりと溶け行く氷ではなく、極寒の湖にピンと張った固い氷の国。

その通り、その時の私は、その湖の下に広がっている深く暗い世界に住む魔女だった。


私は悲鳴の様な喘ぎ声を出すのが好きだ。

その朝も氷の国の馬小屋から、私の喘ぎ声が響いていた。

その声は、イエスの産声ではなく、産みの苦しみに、マリヤが思わず出した、よがり声のようだった。その一糸まとわぬ聖母の上にまたがっていたのは、悪魔になりきれず俗世に落ちた哀れな男だった。


彼の名前は、ジェイ。

彼もアルファベットの名前を持つ。

彼の肌は、新雪のように白く、あばら骨がむき出しで腕や足も細く鉛筆を折る力さえあればポキリと折れそうだ。その病的な身体で抱き締められるとまるで骸骨に愛されいている幻覚を見る事が出来る。それが、私の快感だ。

「最近どうよ?」

「どうよって?」

彼は、自分の体より分厚い真っ白なバスタオルを身にまとってソファーに寝転んだ。

何時も私は肉体をむさぼり合った後の火照った身体を冷やす為、氷を噛むのが習慣になっていた。私は、バリバリと氷を噛む鳥肌が立つ音を出すのが好きだ。

きっと、それが、氷の女と呼ばれることになった由縁なんだろう。

「何時も思うんだけどさ それ 歯にしみない?」

「しみるのが気持ちいいだよ」

「出た ドM!」

「私のそこが好きなんでしょ このドS男! 太ももアザだらけだし!」

「いいじゃん 別に 人前で裸になるわけじゃないし」

その時の彼は、まだ、ひまわりも凍らす冷たい氷の心を持った私の本当の姿を知らなかったようだった。

「さぁ それは どうだか?」

「やってるんだ」

「やってるって?」

「枕営業・・・」

「ご想像にお任せします」

一瞬、彼の顔色が変わった。この時、ほんの少し彼の愛を感じた。

「で ちゃんと 指名 取れてんの?」

「ダメ 最近 暇でさ そろそろ 店 変えよっかな」

彼は、何時もの決まり文句を口にして鉛筆の腕で私を抱き寄せた。

「もう いいよ 俺が食わしてやる」

「何時もの?」

「えっ!?」

「お金ならないよ」

「えっー!」

「あんたさ そろそろ 飽きない?」

「飽きないって?」

「私に寄生するの」

まんざら彼も私から寄生虫と呼ばれるのも嫌いではなかったようだ。

「なかなか 面接 うかんなくってさ やっぱ カタギの仕事は無理なんかなぁー」

彼は、Sサイズの黒いシルクのシャツを羽織って、まるで、母親に、算数のテストで0点をとって言い訳をする小学生のように、無邪気にこう言った。

「あんた 仕事 選んでるっしょ」

「うん 楽で金がいいとこ」

「バカ! 一生 仕事ないわ!」

「バカは生まれつきだから・・・店に戻るしかないのかなぁー」

「戻るって あんた 今度 戻ったら マジ 死ぬよ」

「・・・ 仕方ないなー この時計 売ろっかな」

彼は、そのか細い手首に重たそうにぶら下がっている虹色の宝石で彩られた過去の栄光の時計を見てドアノブに手を掛けた。

「ねえ?」

「えっ!?」

「何でもない」

「う うん・・・」

彼は、音もなく出て行った。

よほど、この国の住人は、私以外、音を立てるのが嫌いのようだ。


私は痛めつけられるのが好き。

身体も心も。

だから、彼を寄生させてる。

彼は、私の養分を吸って生きてる。

そう思って、彼と交じり合うと薬物よりも強い刺激を感じる事が出来た。

ミクロのウイルスも宿っていない真っ白な壁に囲まれた小さな馬小屋。

外の俗世では、慌ただしく凡人達が走り回っている時間にも関わらず、ここは、蚊が羽ばたく音も聞こえない静寂の空間。

私は、ボーと、熱いポタージュスープを連想する色をした天井を眺めて、さっきの快感を思い出していた。

天井から伝わってくる、その微かな温度で氷の女が解け始めた、その時、なんの前触れもなく、魔女の国と繋がっている糸電話が鳴った。

画面には、見られない数字が並んでいた。

「誰だろ・・・ 昨日の客? 番号 教えたっけな?」

思わず私は、これが、これから起こる不思議な出来事の分岐点とも知らず、魔法にかけられたように電話に出てしまった。

今から思うと、それは、魔女が魔法にかけられた珍しい瞬間だったかも知れない。

「はい もしもし・・・」

「栗原絵流さんの携帯ですか?」

聞こえて来たのは、か細い中年の男の声だった。

やっぱり、酔って番号を教えてしまったのか。

いや、それは覚えてなかった。

「あっ はい・・・」

思わづ、私は、同意をしてしまった。


金銭欲にまみれた魔女達と性欲にまみれた俗世の男達が集うお城の品評会に行く前の美容院。

それは、魔女のルーティーン。

見た目は、魔女の命。

魔法の鏡に映った、人の心を忘れた氷の女が、男を惑わす魔女に変身していくありさまを、私は、何時ものよに、ぼーと見つめて、糸電話から聞いた、男になりすました天使の誘惑を思い出していた。


その糸電話をかけた来たのは、3年前に死んだ母親が依頼していた弁護士からだった。

どうやら、父親が死んだらしい。

父親と言っても、私は、それまで、魔女の国でパパと呼んだ男はいるが、父親と呼んだ男はいなかた。

「それで お通夜なんですが 誠に 残念ですが ご家族のご希望でご遠慮して頂きたいとのことです・・・」

見ず知らずのその父親と言う男の通夜なんて興味もなかった。

「お葬式も密葬らしいので そちらの方もご遠慮下さい 後日 お別れの会があるとか そちらの方ならどうぞと」

勿論、悲しみなんて微塵もなかった。

お別れの会って、誰とお別れするんだか。


「それから遺産相続の件で一度お会いしたいのですが・・・」

その天使の囁きで、固く冷たかったはずの私の心が一気に解けた。

そして、それは、私を魔女から悪魔へと変身させた瞬間だった。

やっぱり、天使も悪魔の手先だった。

それは、その邪悪な天使が、私の目の前に音も立てずスッと蜘蛛の糸を降ろした瞬間でもあった。

やっぱり、ここでは、私以外、音を立てなかった。





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