ランプの精霊が元カノの姿だった場合
ついに手に入れた……ノルウェーの通販のみに、ごく稀に出品される伝説のランプ。それはアラビアンナイトでお馴染みの、あのランプそのものだという。つまりは、擦れば精霊が出てきて、願いを叶えてくれるという。
早速段ボール箱を開封。厳重にプチプチで守られているランプ。思ったよりデカいな。精々、急須くらいだと思ってたが……下手したら人が一人入れそうなサイズ。いや、流石にデカすぎんだろ、大丈夫かコレ。
「いやいや軽自動車くらいの値段したんだ。ニセモノでしたじゃ済まねえ……頼む、頼むぞ……いでよ、ランプの精霊!」
いきなりランプを擦りあげる俺。キュッキュ、と言い音がした。きっとこの注ぎ口から、怪しい煙と共に精霊が……
「あー、よっこいせ……」
と、いきなりオッサンくさい声をあげながら、急須で言うとお湯を注がれる所、もっと言うと茶葉を補充する所から、一人の女が出てきた。しかもその女、見覚えがありまくる。何を隠そう、俺の元カノだからだ。
「な、なんでお前が……!」
「さあ、願いを言いなさい。ちなみに一つだけよ。誰かと勘違いしてるみたいだけど、私は貴方が最も信頼出来る姿で出てきただけよ」
なんだと……。
俺のニンテンドースイッチを踏みつけて破壊した女なのにっ! 最も信頼している姿? そんな馬鹿な。ファミコンカセットの基盤部分に息を吹きかける奴を、俺は信用したりはしない。元カノの場合、息を吹きかけようとして咳き込みやがったし。
「本当に……ランプの精? 証拠、証拠を見せてくれ!」
「それ、願いになっちゃうけどいい?」
「なっ!」
それは……勿体ない気がする。ええい、信じろ! 信じる者は救われる!
「分かった……じゃあ、願い……聞いてくれるか?」
「なんなりと」
俺は深呼吸を一つ。鼻から吸い、口から吐く。
「歯磨いた?」
「磨いたわ、口臭がそこまで届いたみたいな言い方やめて。っていうか離れるな、地味に傷つく」
「ぁ、今の願い?」
「違うわ! 待て! シャラップ!」
大袈裟に口を塞ぐジェスチャーをするランプの精。どっからどうみても元カノにしか見えないが、俺が軽自動車並みの値段で買ったノルウェーからの荷物に、元カノが紛れ込むなんて不可能だ。こいつは本物に違いない。
「じゃあ、俺の願い……それは……」
「それは? おっと、シャラップって願いだった」
「それカウントされてるん?! もう願いフェーズ終わってる?!」
「冗談だって」
くそぅ! なんてファンキー? なランプの精だ! マジで元カノにしか見えない! 奴はチャーハンを食べる時も……
『チャーハンって発音する時、ハン! の部分を勢いよく言う事で、そこはかとなく本格派のチャーハンっぽく聞こえるよね』
と意味不明な発言する奴だ。俺は豚キムチチャー……ハン! が好きだ。
「よく分からん回想やめて」
「おっと、失礼。流石ランプの精だ、俺の考えてる事まで分かるという事か」
「うむぅ」
さて……気を取り直して、俺の願い!
言うぞ! 俺は言うぞ!
「俺は……巨万の富を得たい!」
「了解、ご主人。じゃあとりあえず口座開設して」
「……口座?」
「そう、これこれ」
なんだこのサイト……えっと……FX……
「って、ちっがーう! 俺に外国為替証拠金取引させてどうすんだ!」
「巨万の富を得たいんでしょ?」
「そういうんじゃなくて! 魔法でパっと出せないのか?!」
「いや、魔法じゃん! スマホでポチポチするだけで運が良ければお金稼げるんだよ?! これ以上の魔法ある?!」
「お前絶対FXには手出すなよ?! 絶対だぞ!」
「むぅ」
あかん、こいつ……気付いたら滅茶苦茶負債抱えるタイプや。
元カノも、どこかそんな放っておけない所があった。スーパーに買い物に行ったら、いつのまにか数千円するステーキ肉がカゴの中に放り込まれてたりしたし。
「っていうか、お前、本当にランプの精か? 巨万の富、叶えれないのか?」
「んー、私、そっちのタイプの精じゃないんだよね」
タイプって何。
「どちらかと言えば、人間の体弄るのは得意よ。例えば君を……豆しばにするとか」
「ごめんこうむる。しかし体か……じゃあ俺をイケメンにしてくれ」
「フンっ……」
今鼻で笑った? もう大袈裟に声に出しながら鼻で笑う所とか、マジで元カノなんだが。前にも、一緒にスキー行った時、リフトの上から手袋を落してしまった俺を見て……
『ぁ、手が落ちたよ』
とか言いながら鼻で笑ってきたし! この子怖いって思ったわ! 手が落ちたってなんだ! 手袋って言って!
「で、イケメンも無理なのか?」
「じゃあ……ちょっとこれで美容室行ってきて」
と、サイフから一万円を出して手渡してくるランプの精。成程、やはり無理か。というかコイツは……
「ええい、この役立たず!」
「なんだと!」
「もういい! 俺の元カノを生き返らせてくれ! これ出来ないんだったらさっさと帰れ!」
「はいはい、分かったよ。帰りますよーっと」
そのままランプの中へと戻るランプの精。
くそ……無理だったのか。
と、その時……俺の携帯が震えた。なんだ、誰だこんな時に……って、元カノの弟君じゃないか。
「はい、もしもし……どうした?」
『……姉さんが……目覚ました……』
呆然としながら、ランプの蓋を開けてみる。
そこは空っぽの空間が広がっているだけ。
「そっか……心読めるんだっけ……俺の願いとか最初から分かってたんだな、お前……」
そのまま俺は病院へと走った。