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第83話『意外な取り合わせ』

波琉(ハル)の手料理を挟みながら、健斗はこのところの変化にとんだ生活についての苦悩を吐露していた。


「あのさ……」


「何です?」


「……かれんは」


波琉の箸が止まった。


「かれんは『RUDE(ルード) Bar(バー)』に来てるのか?」


波琉は驚いたように視線を上げた。


「なに言ってるんです?! 恋人なのに、どうしてるか知らないんですか!」


「ああ……実はここしばらく会えてなくて」


ばつが悪そうな顔をする健斗に、波琉はまくし立てる。


「一体どういうことですか?!」


「いや……お互いに忙しい時期だから、余裕ができるまでは会えないというか……」


「はぁ?! そんなの、かれんさんが可哀想じゃないですか!」


健斗は肩をすくめる。


「いや……これはかれんからの提案でさ。実はついこの前、彼女のお母さんと食事をする約束をしたんだが……論文の中間発表会が長引いて、その日に行けなくなっちまってな……そんなに余裕がないなら、とりあえず仕事を立て直すまでは無理に会わないでSNSのやり取りだけでいいって言われてさ」


波琉はため息をつきながら頷いた。


「なるほど。もともとバリバリのビジネスウーマンですから、かれんさんの方が一枚上手(うわて)ってワケですね。経験と気遣いのエキスパートですから。それで結局、会えないことにやられてるのは健斗さんの方ってワケか……情けない」


「うるせえ!」


「ま、こういう時って、女性の方が(きも)が座ってるもんですからね」


「……俺だって不甲斐なく思ってるんだ」


くやしそうに吐き出す健斗に、波琉は笑いだした。


「なんか、健斗さんからそんな言葉を聞くとは思ってなかったです。要するにかれんさんに会いたくて仕方ないのに会えないから(しず)んでるってことか……あはは、カワイイですね、健斗さん!」


「あーくっそ! お前に話すんじゃなかった!」


健斗は()ねたように顔を伏せる。


「今の健斗さんになら勝てる気がするんで、いじり倒してもいいんですけど……ま、可哀想だから教えてあげましょう」


「あ? なんだよ」


「かれんさん、先週一度だけ店に来ましたよ」


「え? そうなのか?」


健斗はサッと顔を上げた。


「ええ。ずいぶん遅い時間だったんで、どうしたんですか って聞いたら、イベントの後処理でトラブルがあって疲れたから一杯だけ引っ掛けに来たって。あちらも本当に忙しいみたいです。僕に気遣ってか健斗さんの話はしませんでしたし、本当に一杯だけ飲んだらサッと帰っていきました。本当に自制心のある女性ですね」


「全くだ!」


健斗はまた仏頂面を見せる。


「あはは。健斗さんがかれんさんの領域に達するまでは、まだまだ鍛練が必要ですね」


健斗が意気消沈と肩を落とすのを見ながら、ふと波琉もため息をつく。


「それに引き代え……自制心の全くない女子が……毎日のように店に来て、困ってるんです」


「あ? 誰の話だ?」


「レイラですよ!」


「あ……」


健斗はばつが悪そうに頬を歪める。


「夜な夜なやって来てはクダまいて帰るんですから。なんなら店が開く前にボクの部屋に押し掛けてくることもあって……」


「そりゃ……大変だな」


他人事(ひとごと)みたいに言わないでくださいよ。誰のせいだと思ってるんですか!」


「あ……そういわれてもなぁ……で? アイツ(レイラ)はちゃんと大学に行ってるのか?」


波琉はまたため息をつきながら、真っ直ぐ健斗を見据える。


「健斗さん、レイラはいつもそういった〝親みたいなことを言う健ちゃんが嫌だー〟って、さんさん飲んでボヤいてるんです。〝大学に行っても健ちゃんがいないから行きたくないけど、健ちゃんには行けって言われてるから行かなきゃならないんだぁー〟って、わめいたり泣いたりで……」


「あ、そりゃ……悪かったな」


「僕だけに謝ってもらってもダメですよ。もっと迷惑をこうむってる人がいるんですから!」


「ええっ?! 誰だよ?」


「僕以外にも、もう一人、〝人がいい人物〟がいるでしょ?」


「え?」


「お忘れですか? 天海先生ですよ」


「あ……」


「僕たちは利害関係が一致してるんでね」


その言葉に健斗はまた複雑な表情をする。


「妙な……間柄だな」


「確かにね。ま、レイラと天海先生は意気投合してて、なんだかんだ言ってすっかり飲み友達になってますけどね」


「う……なんだかそれも恐ろしいな。ますます『RUDE(ルード) BAR(バー)』には行きにくくなった」


波琉が眉根を寄せる。


「いや、しばらくは来ない方が得策ですね。あの二人がいるところに健斗さんを投入するなんて、ああ! 想像するだけで恐ろしい!」


「やめろ! 脅すんじゃねぇよ!」


「あははは」



ビールを一缶飲み干したところで、波琉が立ち上がる。


「さて、僕はそろそろ」


「え、出勤するのか?」


「ええ。あの二人が来るって言ってたんで、今日は店を開けないわけにはいかないんですよ。さっきも言いましたけど、もし開いてなかったらレイラはマジで乗り込んでくる勢いですから、もしもここにいるなんて言ったら、この家に上がり込んでくるかも知れませんよ」


「うわー! よせよせ、対応しきれない!」


「でしょうね。余裕のない健斗さんには、あの二人の対処は無理でしょうから。なので速やかに僕を解放してください」


「わ、わかったよ。脅しすぎだろ」


「あはは。なんせ健斗さんはそもそも論文を書きに帰ってきたわけですから。僕と膝を付き合わせてお酒を飲んでる場合じゃないでしょ?」


「お前はいつもそうやって最もらしいことばかり言う……仙人(せんにん)って言われる所以(ゆえん)だよな」


「何とでも言ってください。じゃあ、論文、頑張ってくださいね」


「わかったよ!」


「あはは。そうだな……こんなつまみではろくに食事とは言えないので、後でまかないを届けに来ますよ」


「え? わざわざ?」


「どうせデリバリーでも頼むつもりだったんでしょう? なら僕の心のこもった料理を久しぶりに食べたいんじゃないですか?」


「確かに……波琉のシーフードピラフもいいよなぁ……いや、ブイヤベースも捨てがたい」


「甘えないでくださいよ! そんなこと言うならレイラに宅配を頼みますよ!」


「あ……それだけは勘弁してくれ……」


「あはは。じゃあ、しっかり勉強してください」


波琉は見送りを断って、ダイニングから出ていった。



第83話『意外な取り合わせ』- 終 -

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