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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第81話『Bring back memories』

思いがけなく早い退社となった健斗は、とある場所へ寄り道した。

(しば)しそこで時間を過ごし、待たせていた社用車に戻って後部座席に乗り込むと、健斗は運転席に向かって声をかける。


「栗山さん、付き合わせてしまって、すみませんでした」


「いいえ、お気遣いなく。また寄り道があれば、いつでも仰ってください」


栗山は明るく返答しながらハンドルを切る。

健斗はその横顔を見つめた。


妙な場所に停車を指示しても、栗山は何も聞かなかった。

もう十年ほどこの藤田家の運転手をしている彼がこの場所がどこか気付いていないはずはない。

おそらく父からある程度のことは聞かされているのだろうとふんで、彼にあの家について聞いてみるかどうか迷う。

もし栗山が答えを(にご)すようなら、それは父から何らかの制限がかかっていることになる。

もしそうならば、子供の頃に知り得なかった真相について直接父に聞いたところで、取り合ってはもらえないだろうと思った。


走り出した車は自宅に近付いている。


「あの……栗山さん、さっき停めてもらった場所なんですが……」


栗山は顔を上げて、バックミラー越しに健斗に視線を合わせると、にこやかに答えた。


「はい、東雲(しののめ)会長のお宅ですね?」


「あ……ご存知でしたか」


「ええ。藤田会長の親しいご友人なんですよね?」


「はい。父の古くからの友人なので、東雲会長には僕も子供の頃から世話になっていたんです」


「ええ、存じております。先日の健斗さんの就任パーティーにもお越しになっていましたね。ああ実は私、パーティー会場に同行させて頂いていたんです。会長のお荷物があったのでお供してお運びするお役目だったんですが、健斗さんの就任式を拝見したいと思っていたので、喜んでついて行かせて頂いたんですよ」


「そうだったんですか」


「私がこの仕事に()いたときは健斗さんは大学生になられたばかりでしたよね……なんだかその頃を思い出して胸が熱くなりました……ご立派になられたなぁと」


「それはありがとうございます」


「あ、いえ、生意気を申し上げて……失礼しました。実は前任の運転手は私の伯父(おじ)にあたる人でして、この仕事を引き続ぐ際には健斗さんのお話もたっぷりと聞いていましたから、健斗さんのことはもう、幼い頃から知ってるような感覚で」


健斗が座席から背中をあげた。


「え! あの運転手さんは栗山さんのご親戚だったんですか? ええっと……あ! 児玉(こだま)さんだ! そうそう、思い出した!」


栗山は目を丸くする。


「なんと! 名前を覚えていらしたんですか!?」


「ええ。幼稚園の頃、新幹線が好きで、児玉さんにはよくそんな話をしてもらっていたので」


「あはは、なるほど。新幹線の〝こだま〟とリンクしてたわけですか? 名前を覚えてもらえてたなんて、伯父に話したら大喜びすると思いますよ!」


「児玉さんはお元気ですか?」


「ええ。実家の岡山で隠居生活をしています。伯父は会長にとても良くして頂いたそうで、この仕事を私が引き継ぐことになったときも、健斗さんのことをまるで自分の家族を自慢するかのように話していたので、私も健斗さんを身近に感じていたんです。おっと……喋りすぎですね! うるさい運転手で、すみません」


「とんでもない! 児玉さんの話もまた聞かせて下さい。よろしく伝えてほしいと言っていたと。それと……これはお願いなのですが、父のことも聞かせてもらえたら……長年離れて暮らしているので、息子でもわからないことばかりで。また色々教えてもらえると助かります」


「はい。喜んで!」


再び後部座席に体を預けながら、健斗はその運転手とのやり取りを思い出す。


乗車する度に優しい笑顔で出迎えてくれる児玉は、幼い健斗に対していつも寛容で、時に大人の都合で車内で待たされるようなことがあったりすると、こっそりポケットからお菓子を取り出して食べさせてくれた。

親には子供扱いされて話してもらえないような事でも、知りたいと言えば噛み砕いて説明をしてくれたり、いつも近くで寄り添ってくれた。

心配性な性格で、時に小言を言われることもあったが、健斗にとっては親には聞きにくいようなことでも相談できる親戚のような存在だった。

そのあと心神喪失に陥った時期も、何も話せない自分に対していつも懸命に話しかけて手を貸してくれた。

高校に上がる頃からもう父親の車に乗ることもなくなり、大学生活を終えても実家には戻らなかったので、児玉が引退したこともずいぶん経ってから知った。

名残惜(なごりお)しく思っていたその存在が、今こうして栗山を介して繋がったことで、過去の大切な忘れ物が手元に戻って来たかのように思えてとても嬉しかった。


自宅であるアパートメントの前に車が止まる。


「では、また明日の八時にお迎えに上がります」


「よろしくお願いします」


車が走り去る気配を背に感じながらアパートメントに振り向くと、年期の入った鉄の階段をカンカンと下りてくる人物に遭遇した。


「よぉ! 波琉(ハル)じゃねぇか!」


第81話『Bring back memories』- 終 -

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