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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第77話『母の葛藤』

東雲(しののめ)亮一は、馴染(なじ)みのBarに居た。

いつもの席に腰掛け、(そば)にある端末に目を落とす。


数年ぶりとなる元妻からの突然の連絡に、心が揺れた。

そのはやる気持ちに、やはり自分は元の家族に戻りたいのだと実感する。


しかし電話に出ると、元妻は深刻な口調で話し始めた。

多くを語らず、ただ会う約束をした元妻の冷静さを欠く言動に、いったい何があったのかと、今はただ不安を募らせて彼女を待っている。

久方ぶりの再会が、重い話し合いを要する内容であると推測し、東雲は心を曇らせていた。


バーテンの声に顔を上げ、振り向くと、品のいいシックなデザインのスーツに身を包んださゆりが立っていた。

東雲はさっと立ち上がり、椅子を引いて彼女を座らせると、自分と同じものを注文した。


「君にこうして会うのは、随分久しぶりだね」


「そうね」


「元気でやってるのかい?」


「ええ」

さゆりは前を向いたまま答えた。


「覚えてるかい? このBar、毎週のように来てただろう。あの時は……」


さゆりが東雲の言葉を遮る。


「ごめんなさい、あなたがいままでも散々私に気遣ってくれてることもよくわかってるし、これまで私が勝手なことばかりしてきたことも、申し訳ないと思ってるわ」


バーテンがスッと、二人の前から姿を消す。


東雲はさゆりの方を向いた。

「でも、衝撃が大きすぎて私一人では手に負えないことが起きたのよ。あなたに電話するなんて申し訳ないとは思ったけど……でも私、どうにかなりそうで」


出されたグラスに手もつけないさゆりに、東雲は何度も(うなづ)きながら話を聞く。


「そんなこと、気にしなくていい。さゆり、一体何があったんだ?」


心配そうに様子をうかがう東雲に、依然視線を合わせることもなく、さゆりはそのままぐっと(うつむ)いた。


「私にじゃない、かれんに……」


「えっ! かれん? ついこの前会った時は特に何も……むしろ元気そうに見えたけど」


さゆりは顔を上げる。

「どこで……会ったの?」


「ああ」

東雲は少し声のトーンを落とした。


「実は……この前、『JFM』のパーティーに……」


さゆりがバッと東雲を仰ぐ。

「ちょっとまって! そうじゃなくて『May'sカンパニー』のパーティーなんでしょ? それなら私も聞いていたわ」


「ああ……実は、そのすぐあとに、『JFM』のごくごく身内だけでCEO就任披露があって……」


さゆりは目を()く。

「あなた、まさか! そのプロデュースを『ファビュラス』にやらせたわけ?!」


「あ……いやまぁ……でも担当は相澤由夏くんにお願いして、かれんは別の仕事に行くように頼んでおいたんだが……なぜかかれんも会場に来ててね。僕も驚いた」


さゆりは(あき)れたように大きく息をつきながら憮然(ぶぜん)とした態度で東雲を睨み付けた。

「なによそれ! あなたが藤田家とよろしくやるのは勝手だけど、かれんを巻き込まないでちょうだい! 『ファビュラス』を立ち上げるときにも、そう何度も言ったはずよね?!」


「まぁ……そうなんだが、藤田会長に挨拶しただけでかれんもすぐに帰ったから、何もおかしなことは……」


さゆりはバンとテーブルを叩いて、改めて東雲の方に体を向けた。


「あなた! 気付かなかったの?! かれんが誰と付き合ってるか」


東雲は眉を上げる。

「かれん、恋人がいたのか? そんな話は全く……」


「よりにもよって、その相手が……」

さゆりはカウンターに突っ伏した。


「え……どうしたんだ? かれんの恋人って誰なんだ?」


さゆりは力なく身体を起こし、蚊の鳴くような声で言った。

「藤田さんの息子……」


「え……」

東雲は一瞬言葉を失う。


「藤田健斗なのよ! かれんの恋人が!」


「ま、まさか……健斗くんと……」

東雲は目を泳がせる。


「ついさっき、かれん本人からその名前を聞かされたわ。体が震えた……」


東雲は戸惑いを隠せないとばかりに、首を振る。

「そんなそぶりは微塵(みじん)もなかったよ。面識があることすら……知らなかった」


さゆりは大きく息を吐きながらテーブルに両肘をついて頭を抱える。

「どうしたら……」


東雲がハッと顔を上げる。

「さゆり、まさか……かれんは?!」


さゆりは首を横に振りながら、初めてグラスに手を伸ばした。

「いえ。健斗くんの名前も『JFM』も、普通に話してた。なにも感じていないみたいだったから、本当に偶然みたいだけど……」



そう言いながら乱暴にロックグラスの中身を一気にあおった。


「さゆり……」


「ひとつ聞いていいかしら?」


「ああ、なんだい?」


「あなたまさか……かれんと健斗くんの仲を許すつもりじゃないでしょうね?!」


東雲はそっと、さゆりのグラスを取り上げる。


「今度のことは絶対に許すわけにはいかない! あなたは知ってて放置してたわけ?! かれんと彼が出逢う危険性があるってことを知ってて……ひどいわ!」


「いや、秘書に仕事で二人が会ったって聞いたときは驚いたが……まさか付き合ってるなんて」


「どうしてもっと早く引き離してくれなかったの! すぐに何とかしないと! あなたも対策を考えてちょうだい」


「さゆり……かれんも、もう子供じゃないんだよ」


「そんな悠長なこと、言ってられないでしょ! あの子の身に、何か異変が起きたらどうするの!? こんなこと、受け入れられる筈がないじゃない!」


東雲はさゆりの両肩に手をやった。

「なぁ、少し落ち着こう」


さゆりはキッと東雲に強い視線を向けた。


「私はあの子の母親なの! あの子を守るのは当然でしょ! 父親のあなたにはそういう思いはないわけ?!」


「もちろん、心配さ。でも、本人の意思も……」


「話にならない! 帰るわ」

さゆりは東雲の手を振り払って立ち上がった。


「よく考えて! そして思い出してよ! あの絶望の要塞に閉じ込められたような辛い日々を……」


コツコツとヒールを鳴らす後ろ姿を見送りながら、東雲は彼女の言葉によって心の中に甦った思いに、胸を掴む。


そして、瞬時に立ち込めてきた非情なまでの過去の苦悩の渦に、頭を抱えた。




第77話『母の葛藤』- 終-

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