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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第74話『Step Aside』

「じゃあかれんさん、私はそろそろ」


そう言って立ち上がろうとするレイラに、かれんは慌てて手を伸ばす。


「え、待って。もうすぐ彼も帰ってくるし、良かったら一緒に食事でも……」


引き留めようとするかれんの両肩に手を置いて、レイラはブンブンと首を横に振った。


「ダメですよ、かれんさん! 健ちゃん、なかなか帰ってこれないくらい忙しくしてるって、私もパパから聞いてますし。かれんさんだって今夜久しぶりに会うんでしょ? そんなところにのうのうとお邪魔するだなんて……ああ恐ろしい! 私、こう見えても〝空気が読める女〟なので!」


レイラは首をすくめながら笑って見せた。


「だてに何年も〝妹〟やって来た訳じゃないですよ。今夜は疲れきって帰ってくる健ちゃんを、せいぜい癒してあげてください。今やかれんさんが唯一の甘えられる場所なんですから」


「レイラちゃん……」


「それと」

レイラは念押しするように、自分が来たことはもちろんのこと、健斗の過去についても聞いていないことにしてほしいと言った。


「なんて言うか……私と健ちゃんって、いつも喧嘩腰じゃないですか? シリアスな空気感なんて似合わないんですよ。まぁ、そういうところが兄妹じみてるんでしょうけど……でももう、ずっとこのままの関係で居るしかないから……」


まるで独り言のように(つぶや)いたレイラは、ハッとして顔を上げる。


「ま、まぁ……それに健ちゃんも、私に辛い過去を知られてるのは、なんかイヤだと思うんですよね! だって……話したかったらとっくに、話してるはずだし……」


努めて明るく話すレイラを、かれんはじっと見つめる。


「わかったわ。私も彼が話してくれるまで触れないようにする。レイラちゃん、ありがとう」


レイラは穏やかな表情で目を閉じた。

そしてまたすぐに大きな瞳を開き、いつものような魅力的な笑顔を見せる。


同盟締結(どうめいていけつ)ってことでいいですね! じゃあ私はこれで」


サッと(きびす)を返して玄関に向かったレイラは、履いていたルームシューズを(みずか)ら玄関クローゼットの奥底にしまって帰っていった。


ダイニングに戻ったかれんは、背中を向ける瞬間に見たレイラの頬に浮かんだ憂いの表情を思い浮かべながら、彼女の残した食器を洗う。

同時に、この家の寝室で診察してくれた天海の顔がふと浮かんできて、二人のその複雑な表情が頭のなかで重なった。

健斗と始める関係性が、幾人もの大切な人たちに少なからず影響を与えていることを実感し、その重みを噛み締める。

そしてレイラから聞いた健斗にまつわる胸の痛む話の数々を担う覚悟を決めつつ、ゆっくりと自分の中で消化していった。


「さぁ、そろそろ準備を始めなきゃ」


冷蔵庫から食材を出して、心機一転、料理を始める。

今夜は健斗のリクエストに基づいたメニューに腕を振るう。

彼の喜ぶ顔だけを想像しながらの調理は、かれんの気持ちを徐々に上げていった。



ほぼ時間通りにインターホンが鳴った。

昼間、レイラの姿が見えたときの衝撃を胸に置き留めながらモニターを覗く。

するとそこには健斗の姿がなく、かれんは不審に思いながら食い入るようにモニターを見た。

突然、画面いっぱいが薔薇の花で埋め尽くされ、驚く。


「え……」


解錠ボタンを押す間も無く廊下の向こうで音がして、慌ててスロープを駆け下りると、そこには大きな花束を持った健斗が立っていた。


「け、健斗……」


「かれん、ただいま」


そう言って健斗は、満面の笑みで両手を広げた。

かれんは我を取り戻したように微笑んで、その胸に飛び込む。

流れ出る気持ちの勢いで、さっきレイラに聞いた話が心に戻され、目頭が熱くなるのを必死で(こら)えながら顔を(うず)める。


「かれん、会いたかった」


ぎゅっと抱き締めたあと、かれんの顔を覗き込んだ健斗が眉を寄せた。


「かれん、どうした? そんなに寂しい思いをさせてたのか……ごめんな」


かれんは慌てて首を振りながら、顔を上げて笑顔を見せた。


「ううん、大丈夫! ようやく会えたから、嬉しいの。健斗こそ、どうしたの? こんな大きな花束……」


健斗はサッとかれんから身体(からだ)を離すと、花束を抱えたままその場にしゃがみこむ。


「えっ?! どうしたの健斗?! なに?!」


健斗は下げていた頭をグッと上げてかれんを仰いだ。


「かれん、これからずっと、俺の側にいてほしい。いつも、どんなときも、かれんと一緒にいたいから」


そう言って花束をかれんに差し出す。


「健斗……」


まるで映画のワンシーンのような、完璧なシルエットのその画角(がかく)に、かれんはしばらく見惚れていた。

同時に沸き上がる、言葉にならない幸福感に言葉を失ったまま立ち尽くすかれんに、健斗はいたずらな表情を向けながら、ゆっくりと立ち上がる。


「あれあれ? まさか俺の気持ちを受け取ってもらえないとか?」


その誤解に、かれんは慌てる。

「そ、そんなわけ……」


「だよな? 良かった! あ、わかった! 柄にもなく、こんな花束とか買ってきたから、ちょっと引いてんだろ?」


「まさか……そんなことないわ。とっても嬉しい……大好きな薔薇の花だし」


「そっか。じゃあ、そうだな……なんで玄関で? とか思ってる?」


「ああ、それはちょっと……」


「ああ……そこか?! しまった!」


健斗は、額に手をやる。


「でもさ、かれん、俺がこういうこと苦手なのは知ってんだろ?!」


かれんがクスクス笑いだすと、健斗は大袈裟に眉を上げて見せた。


「おいおい! なに笑ってんだよ! どんだけ頑張ったと思ってんだ! なぁ、かれん!」


そうけしかけて追いかけてくる健斗に、思わず廊下に向かって駆け出したかれんを、健斗はサッと捕まえてまた強く抱き締めた。


「会いたかった」


かれんは彼の鼓動を聞きながら何度も頷き、その背中に手を回す。


「私も、会いたかった」


二人は寄り添うように廊下を歩いて部屋に向かった。

ダイニングテーブルに用意された食事に、健斗は声をあげる。


「わ、うまそう!」


それに反して、かれんはがっくりと肩を落とした。


「ああ……」


「かれん、どうした?」


健斗の不思議そうな視線に、かれんは腕の中にある薔薇の花束を見つめながら答えた。


「だって……こんな素敵な夜に……唐揚げと煮物のディナーだなんて」


健斗がかれんの肩に手を置く。


「なんで?! サイコーじゃん! 俺、連日パワーランチと接待のフルコースでさ、ここんとこ、ろくに味も感じなくなってたんだよ。だからこういった家庭料理こそ、俺にとってはサイコーのディナーなんだ! それに、このメニューは俺がリクエストしたわけだし?」


「そうだけど。でも……」


「かれんの思いがこもってる料理に勝てるものなんてないよ。まぁ、全部俺の独りよがりのワガママなんだけどさ。それはゴメン!」


そう頭を下げてから、健斗は愛でるように食卓を見回した。


「だから今夜はかれんと、このサイコーのディナーを楽しみたい」


花束を握りしめながら、かれんは頷いた。


食事が始まると、いつもの二人に戻って話が弾んでいく。

お互い仕事を持つ身として大切にすべき点は二人の時間だということに意見が合致して、仕事の話をするかしないかについてはルールを決めず、あくまでもフラットに考えようという結論に至った。


「二人の関係に仕事の話を持ち込まないって方がいいなんて意見もあるんだろうけどさ、俺たちって仕事でも繋がってた分、俺はかれんの仕事も理解してるし、かれんだって俺の周りの状況は把握してるわけだろ? なら、共有したいと思ったら素直に話したっていいと俺は思うんだ」


「私もそう思うわ。異業種であっても繋がりはあるし、逆に仕事の面でも率直な意見を聞きたいって思う局面も出てくると思うしね」


健斗は納得したように深く頷いた。


「まぁでも、ビジネスライクにならないようにしたいよな? なんせかれんは誰もが認めるWorkaholic(仕事の虫)だからな。危険きわまりない」


「そんなことないわよ! その辺はちゃんとわきまえてるって!」


「そう? じゃあ〝かれんの過剰なWorkaholicは俺と恋愛する前の話だった〟ってことにしておこう! ま、またそのうち二人の親友(由夏&葉月)にリークしてもらうよ」


「ちょっと! なにそれ!」


目を見開いて頬を膨らますかれんを、健斗は微笑ましく見つめる。

こうして他愛もない話をしながら、これからも彼女のあらゆる表情を引き出したいと思った。

そんな彼女の存在を(かて)にすれば、窮屈で収まりの悪い日々も乗り越えられると思えた。


「なぁかれん、俗に言う〝とびきり豪華なコースディナー〟は、かれんのお母さんと会うときに取っておこう! それでどう?」


かれんはまた笑顔で頷いた。


大きな花束を傍らに、アンバランスながらも温かみのある家庭料理を囲んでとる二人の食事は最高だった。



第74話『Step Aside』- 終 -

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