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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第73話『After-Effect』

健斗の部屋のダイニングテーブルを挟んで、かれんとレイラは静かに向かい合う。

レイラは重大な話があると前置きをした上で、かれんに話し始めた。


「私、なんとか健ちゃんの気持ちをこっちに向かせようって躍起(やっき)になってて……それでこの前、今帰国してるママと話す機会があったので、前々から気になってた健ちゃんの過去についての話を聞いてみたんです」


「……過去? なにか特別なことが?」


「ええ。健ちゃんが中学生の時に。なんか複雑な事情があるらしくて、ママにも詳細は話せないって言われちゃったんですけど、なんかそれも変だなって思いながら聞いていたら……」


レイラは手元に視線を下ろし、ため息と共に目を伏せた。


「私じゃあ……到底健ちゃんを支えられないって、漠然と思ってしまったんです。その時、真っ先に浮かんたのが、かれんさんでした。かれんさんみたいな人じゃないと、健ちゃんを救うことは出来ないんじゃないかって……」


かれんは複雑な表情で首をかしげる。

「救う……って?」


レイラはかれんに視線を上げるも、また伏し目がちに(うなづ)く。


「今の健ちゃんを見てても全然そんな風に見えないと思うんですけど、実は健ちゃんって苦労人っていうか……人一倍、努力家なんです。だってね、数学の教授になるだなんて……元々の健ちゃんを知ってる私からしたら、今でも信じられないくらいで」


「一体……彼になにがあったの?」


不安な面持ちのかれんに、レイラは静かに語り始める。


「健ちゃんが小さい時に母親を亡くしてるってことは本人から聞いていますか?」


「ええ」


「健ちゃんの母親っていうのは私のママの姉なんです。不治の難病に(かか)ってしまって、健ちゃんが十歳の時に他界しました。あっけなかったそうです。それからは父親が、ああ『JFMホールディングス』の会長の藤田公彦氏ですけど、二人で生活するなかで、お父さんがそれまで以上に健ちゃんに気を配っていたそうです。私はその頃まだ小さかったんですけど、しばらくぶりに会った健ちゃんが、めちゃめちゃ大人びて見えたのを覚えています。きっと子供ながらに、お父さんと頑張っていこうって思ったんだろうなって。でも……」


レイラが思い詰めた表情で(うつむ)く。


「幸せに過ごしていたんですよ、それまでは。でも……健ちゃんが中学生になった時に、すごく親しくしていた親友を失ってしまって……」


「……失った?」


「ええ、死んでしまったそうです。母親も亡くして、かけがえのない親友も失って……健ちゃんは酷く憔悴(しょうすい)してたって、ママも言ってました。もちろん健ちゃんにはなんの責任もないことなのに、それをずっと〝自分のせいだ〟と言って自分を責めていたんだそうです」


かれんは悲壮な表情でレイラを見つめる。


「そんなことが……その親友は、なぜ?」


「私も詳しく聞かされてないんですけど……事故だって言ってました」


「事故……」


初めて健斗に遭遇した夜、見ず知らずの自分に対して、身を(てい)してまで助けようと飛び込んでくれた彼を思い出す。

その行為と、あの怒りに溢れた自分への非難の言葉は、彼の身近に起こった命にかかわる辛い経験があったからなのだと、かれんは思った。


「健ちゃんってね、もともと背も高くて運動神経も抜群で、勉強よりもスポーツが得意な子だったんです。中学の時はバスケットボールの選手選抜に選ばれるくらいでした。アメリカに遊びに来た時にはNBAを一緒に見に行ったって私の父からも聞いたことがあったし、プロのバスケット選手になるのが小さい頃からの夢だったんですよ。バスケの強豪校からスカウトも来てて、その高校に行くつもりだって言ってたはずなんです。なのに、そんな健ちゃんが突然バスケをやめて、数学者の道を歩むって言い出して……彼の父親も私の両親も驚いたそうです。その理由が、死んだ親友の夢を叶えたいからって……」


かれんは驚く。

「え?! 数学者は亡くなったお友達の……」


「そうなんです。私の知ってる健ちゃんは、勉強そっちのけでいつも無心にボールを追いかけてる、ただのバスケバカだったんですよ。数学者とか、大学の最年少准教授になんて、なれるはずもないって思ってたのに……当然、簡単になれるわけがないんですから……ものすごい努力をしたんでしょうね。自分を殺して」


「自分を……殺して?」


「そうでしょ? 健ちゃんは中学生以来、人の為に生きてばかりなんです。自分の夢を捨てて親友の夢を叶えた後は、今度は会社っていう父親の夢を叶えるために、また得たものを捨てようとしてる。今まで健ちゃんは誰にも支えられず、たった一人で決断してそれらすべてをやってきたんです。本当は……私が支えてあげかった。だからずっと(そば)に居たのに……でも健ちゃんにとって、私はただの妹なんです。パートナーにはなれなかった……すっごく悔しいですよ! 正直、泣き叫びたいくらい! 辛いけど……だけど……その気持ちよりも今は、健ちゃんに幸せになってほしいっていう気持ちの方がずっと大きいんです。わかってもらえますよね?」


顔を上げたレイラの頬には幾つもの涙が流れていた。


「かれんさん、健ちゃんを支えてくれますか?」


ポタポタとテーブルを打つ音を聞きながら、かれんはしっかりとその目を見つめ、頷いた。

レイラは涙声を必死で押さえながら、かれんに視線を向ける。


「私じゃ彼を救えないから……かれんさん、今かれんさんが想像してるよりもずっと、健ちゃんはこれから大変な局面に立たされます。誰かが側に居てあげないと彼は彼自身じゃなくなる……そう思えて、怖いんです。だからかれんさん、健ちゃんを、よろしくお願いします」


頭を下げるレイラに手を伸ばす。


「レイラちゃん……わかったわ」


かれんの頬にも涙が(したた)り落ちた。

全て話せたことにホッとしたレイラは、ぐっしょりと濡れた頬を拭いながら、なけなしの力を振り絞るように笑顔を見せる。


「あーあ! もう! その役回りが私じゃないなんて! こんなに想ってるのに……ホント辛いんですけど!」


かれんはそのいたいけな心に打たれ、再度彼女の両手をしっかりと握った。


「かれんさん、健ちゃんの気持ちは間違いなくかれんさんの元にあるんですから、健ちゃんを信じて、そばにいてあげて下さいね。健ちゃんをよろしくお願いします」


「ええ。レイラちゃん、聞かせてくれて本当にありがとう。約束するわ、彼を幸せにする」


レイラがいつものように、ふわっと笑った。

かれんは初めて彼女と会ったとき、その笑顔を見て天使のようだと思ったことを思い出す。

とたんにその表情がくちゃっと(ゆが)み、レイラは子供のように声をあげて泣き始めた。


「レイラちゃん……」


かれんは立ち上がってレイラの側に立つと、その細い肩を抱き締めた。

かれんの頬にも幾筋もの涙が流れ落ち、(にじ)んだ視線の向こうにあるレイラの背中を見つめながら、流す涙の意味は違っても彼を思う気持ちは一緒なのだと感じた。



第73話『After-Effect』- 終 -

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