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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第67話『急患の真意』

病院を後にした天海(あまみ)が車で大通りに差し掛かった時、『RUDE(ルード) Bar(バー)』の店のドアの前にうずくまっているレイラを発見した。

彼女を車に乗せて波瑠(ハル)のマンションまで送るために車を回した天海は、その見覚えのあるアパートに目を見張る。

心のざわつきを隠しながら、天海は言われるままアパートの前に車を停めた。

駐車してすぐにレイラがドアに手をかけたので、天海は慌てて車から降り、後部座席のドアを開ける。


その所作(しょさ)にレイラは感心したように天海を見上げて微笑んだ。

「ホント先生ってフェミニスト! ねぇ、天海先生って、モテるでしょう?」


イタズラっぽく言って足を下ろす。


「まぁ、フェミニストではあるけど……」


立ち上がろうとしたレイラが、車内に引き戻されるかのようにグラッと後ろによろけたのを、天海がサッと抱き止めた。


「モテたいというよりは、医師としての目利きの行動なんだけどね」


天海の腕の中で、レイラは納得したように(うなづ)いた。

「あ……ありがとうございます」


恥ずかしそうに天海の腕から起き上がったレイラは、改めて頭を下げる。

「わざわざ送って頂いてありがとうございました」


「気にしないで。それより、伊波君(波瑠)の部屋の前までついて行くよ。まだフラついてるだろ? 連絡がつかないなら、留守ってこともあるしね。万一そんなことになったら、僕は患者を見捨てたことになっちゃうからさ」


「天海先生……」

レイラは、うっとりと天海を見上げて微笑むと、差し出された腕を取った。

天海がレイラの肩を支えながらアパートの一階の奥まで入る。


「このエレベーターに乗るんだよね?」


「え? ええ……」

身体を支えられたまま中に入ると、レイラが『2』のボタンを押した。


「二階……なんだ?」


「え……そうですけど、なにか?」

妙な表情の天海に、首をかしげる。


「ああ……いや……」


平静を保ってはいるが、()しくもまたこのアパートを訪ねることとなってしまったことに、天海は動揺していた。


二階エレベーターホールのすぐとなりのドアに足を向けると、レイラがインターホンに手を伸ばす前にドアがガチャリと開いた。

天海はパッと彼女から手を離す。


「え? レイラ?! なんで?」


驚いた表情の波瑠はドアを全開して、更に大きなリアクションをとる。

「ええっ?! 天海先生!?」


レイラはお構いなしに波瑠を睨み付けた。

「波瑠! 何度も電話したのよ!」


「え……そうなんだ? ごめん、店にスマホ置いてきちゃってさ。で……どういう……」

波瑠が、レイラと天海の顔を交互に見た。


「ああ……じゃあ僕はここで。レイラさんを送ってきただけだから」


そう言って手をあげて帰ろうとする天海を、波瑠が引き留めた。

「あ、待って下さい! 天海先生、お時間ありますか?」


「え? まぁ……仕事帰りではあるけど……」


「なら、うちでコーヒーでもいかがです?」


「いや、でも……二人のお邪魔をしたら……悪いからさ」


「え?」

波瑠がすっとんきょうな声を上げた。


「お邪魔?」

首をかしげたレイラが、ハッとして波瑠と顔を見合わせる。

二人は同時に微笑んで、天海の腕を掴んで部屋の中へ誘導した。



「わぁ、この部屋も……すごく洒落(しゃれ)てるなぁ。ホントにこのアパートは外観とは違うっていうか……その……ああ、失礼」


波瑠がコーヒーを()れながら笑う。

「ボクも最初にここを見たときは驚きましたよ。土壁(つちかべ)(ふすま)(たたみ)をイメージして内覧(ないらん)しましたから」


「あはは、だろうね。にしても、この部屋の間取りも、けっこう斬新だな。まるでデザイナーズマンションだ」


レイラがフッと笑う。

「それより! 天海先生が、私たちが付き合ってるって勘違いしてたなんてね」


「そうですよ! こっちがビックリしましたから」

波瑠もトレイからコーヒーをサーブしながら笑う。


「いや! だってさ、この前『RUDE Bar』に行ったときも、なんか親密に話してたところをお邪魔したみたいな雰囲気だったし、さっきみたいに伊波(いなみ)くんをあんな風にして待つレイラさんを見たら、そう思うのは自然だろ?」


「そっか……見方によっては、事実と全く違うように見えるってことも、あるのよね……」

レイラが納得したように(つぶや)いた。


「うん、病気も同じだよ。一見して予想がつくものと類似してはいても、中を覗けば全く逆の症例だった、なんてこともある。病状も人間関係も、それぞれ何らかのタイミングだったり、切り込んだ角度によっては違った事情に見えることも多々あるんだ」


天海の話を二人は感慨深い様子で聞いている。


「おっと! ついつい大人ぶって、医者の講釈(こうしゃく)()れてしまって……申し訳ない」

天海は照れくさそうに頭に手を置く。


「天海先生は立派な大人ですもの。それもスーパーエリート級の」


レイラの言葉に、天海は大きく首を振った。


「そんなことないよ。クヨクヨして、自分の気持ちを処理できないからって仕事に逃げたりしてたからね」


「へぇ、天海先生みたいな人でも悩みがあるんだ!?」


「そりゃそうだよ! ここ最近なんてとくに……」


二人が興味津々の面持ちで同時に覗き込んでいるのに気付いた天海は、苦笑いしながら話題を変える。


「あ……あはは。このコーヒーすごく美味しいね。どこの豆?」


波瑠が眉を上げながら答えた。

「ああ……〝ゲイシャ〟っていう品種で」


「えっ?! もしかして世界最高峰の〝パナマ・ゲイシャ〟?」


「ええ。よくご存じで。さすがですね」


「へぇ……よく手に入ったね。高価ってだけじゃなく、入荷も大変だろ?」


「ああ……ボクは家主(やぬし)にいつも(もら)ってて……」


「家主?」


「健ちゃんですよ」

レイラが伏し目がちに小さな声で答えた。


「あーあ……その名前を口にしたから……イヤなこと、思い出しちゃった」

そう言ってレイラが顔を伏せる。


「どうしたの? また気分が悪い?」

天海がその肩に手をかける。


「いえ。そうじゃなくて……」


「ならいいけど……ねぇレイラさん、そもそもどうしてあんな時間に『RUDE Bar』の前に座り込んでたの?」


波瑠も同調した。

「そうだよレイラ。座り込んで待つなんて、普通じゃないよ。天海先生でなきゃ、危ないヤツと間違われて職質(しょくしつ)でもされかねないんじゃない? 携帯が繋がらないんならさ、ここに来てみたらよかったじゃん」


レイラは(うつむ)いたままで話し始める。


「だって……このアパートに来たくなかったんだもん。天海先生が一緒に来てくれたから、来られただけで……」


「え? なんで?」


「実は……」

レイラはあからさまに肩を落とすと、テーブルの上に置いた腕に顎を乗せながら、大きくため息をついた。


「ついさっき……見ちゃったの。健ちゃんと……かれんさんが一緒にいるところを」


「えっ……」



第67話『急患の真意』- 終 -

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