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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第64話『Emergency call』

帰宅するも、かれんの姿が見えないことを不審に思った健斗は家中を探しまわり、ライブラリーで倒れているかれんを発見した。

すぐに抱き起こし、意識の薄いかれんを抱えて寝室あがる。

しばらく様子をみていたが、状態が不安定なかれんを心配した健斗は、深夜にもかかわらず意を決してある人物に連絡をとる。


「もしもし……」


キッチンから取ってきた飲み物をかれんに飲ませながら、健斗は心配そうにベッドの傍らでかれんの手を握る。

三十分もしないうちにインターホンが鳴り、そっと部屋を出た健斗は、飛び付くように開錠して玄関に向かった。


「藤田くん」

そこには大きなカバンを持った天海宗一郎が立っていた。


「天海先生! すみません……こんな時間に」


「いいんだ。それより、かれんちゃんは?」


「こっちです」

健斗が寝室に案内する。


「先生に連絡したあと意識が戻って、ちょっとは落ち着いたんですが……」


天海はドアの前までくると、健斗の肩に手を置いた。

「わかった。まず()てみるよ」


ドアを開けると、かれんが血の気のない顔色のまま、ベッドに横たわっている。


「すまないが、藤田くんは(はず)してもらえるかい?」


「はい」

健斗は部屋の外に出た。


天海は静かにその(かたわ)らに(ひざ)をつく。


「かれんちゃん、僕だよ、わかる?」


「え……宗一郎さん?」

力なくも、驚いたようにかれんが声をあげた。


「そうだよ。気分が悪いんだって?」


「あ……だいぶんましになって……でも頭はまだ痛いです……」


天海はかれんの手首を持ち、自分の腕時計に目を落とす。

「うん。脈拍は安定してるな」


額に手を置き、次にかれんに覆い被さるようにして目を下に引っ張って持ってきたライトを瞳孔に向けた。


「熱はないね。痛いところはある?」

そう言いながらかれんの頭に手を置きながら打撲がないかを確認する。


「いえ、とくには……」


天海は優しい表情で、かれんに問診を始めた。


「かれんちゃん、残業がキツかったとか、ここ数日の間になにか無理をした覚えはある?」


「いえ、特に変わったことはしていません」


「倒れたときはどうかな? なにをやっていて頭が痛くなった?」


「この家の書斎で絵本を見つけて、それを開いて読もうとしたら……あっ……また……」


かれんは苦しそうに胸を押さえた。

呼吸が早くなる。

天海はかれんの手を握って何度も優しくさすった。


「ごめんごめん、わかったよ。なにも思い出そうとしなくていいから、とにかくゆっくり呼吸をして……」


そう言いながら、天海は持参した点滴のバッグをランプシェードに引っ掛けて、管を差し込むと、かれんの腕を消毒する。


「少しチクッとするよ。でも僕は注射はわりと得意なんだけどね」

そんな話をしながら、サッと針を装着した。


「ホントですね。全然痛くなかったです」


「そう? 良かった」

そう言ってクレンメ(調整器具)を操作しながら、天海はかれんを優しく見下ろした。


「大丈夫だよ。ちょっと疲れがたまってるだけだ。かれんちゃんは仕事熱心だからね。回復しても気を付けるんだよ。じゃあ、もう遅いから、このまま休んでね」

そう言ってベッドから離れる。


「あ! 宗一郎さん! あの……私」


振り返った天海はにっこり微笑む。

「かれんちゃん、まずはしっかり休んで体調を整えなきゃ。とにかく、なにも考えずに眠って」


天海は部屋から出て、後ろ手でそっとドアを閉めた。


すぐさま健斗が駆け寄ってくる。

「先生!」


「大丈夫だよ、今は落ち着いているから」


「そうですか……ありがとうございます。安心しました」


「うん。なぁ藤田くん、彼女が倒れてからどのくらい時間が経ってるか、わかる範囲で聞かせてもらえる?」


「あ……俺が帰宅する前ですから厳密にはわからないですけど、二時間か二時間半くらいです」


「そうか。今は少し貧血気味だけど問題ない程度だから大丈夫。水分はとれてたかな? 吐き気とか聞いてない?」


「さっきスポーツドリンクを飲ませました。吐き気はだんだん良くなってきたと……」


「そうか、わかった。身体的には大丈夫だろう。頭を打っている形跡もなかった」


「……身体的には? というと、精神的に何かあると……」


天海は少し考え込むように視線を下げた。

「断定は出来ないが、何らかのPTSDの可能性は否定出来ない。いくつか質問したら拒絶反応が出たからね」


「PTSDですか……どうすれば?」


「とにかくしばらくは、心に負担をかけないように静かに過ごしてみて、回復を待つのが最優先だ。念のため、倒れた場所には一人で行かせないように。もしその後もなにか症状が出るようなら、専門家の受診が必要だけどね」


「そうですか……」


「もしそうなっても、僕の親友にその筋の名医がいるから、心配しないで!」

そう言って天海は、肩を落とす健斗の二の腕を軽く叩いた。


「それでさ藤田くん、今点滴を射したところだから、申し訳ないけどあと四十分くらいここに居させてもらってもいいかな?」


健斗が顔をあげる。

「俺……点滴を抜くくらいなら出来ます。こんな時間に呼び出しといて、今更こんなことを言うのも何なんですけど……これ以上ご迷惑かけられないですし」


「僕は医者だよ? 迷惑だなんて思わなくていいさ。それより君、どうして点滴の扱いを?」


健斗は少しばつが悪そうに(うつむ)いた。

「ああ……実はガキの頃、少し長く入院してたことがあって……勝手に抜いて病室を抜け出したりとか……」


「あはは。へぇ、さては〝不良患者〟だったな!?」

天海は爽やかに笑った。


健斗は表情を緩めるも、姿勢を正すと改めて頭を下げた。


「こんな深夜に駆けつけて頂いて、本当にありがとうございました」


天海は首を振る。

「いや、構わないさ。来て良かった。僕も電話を受けたときは、血の気が引いたよ」


暫しの沈黙があった。


「あの……天海先生、俺たち……」


「わかってるよ、君達はきっと()かれ合うって、そう思ってた。初めて出くわしたあと時からね。そんな予感があったんだ。だから……正直、君の事は警戒してたよ、藤田君」


「えっ……」


天海は自嘲的に笑った。

「僕の気持ちはバレてただろうからもう言ってしまうけど、かれんちゃんが僕の隣に来てくれることを願っていたよ。でも、彼女が望んで君の側にいるなら、もう、邪魔はできない」


「天海先生……」


「じゃあ僕は帰るね。もし何かあったらすぐに連絡して。いつでも構わないから。それとこれとは話は別だ、わかるだろ? 無駄に気を回さないでくれよ! いいね?」

そう言って天海は、健斗に注射用の保護パッドを手渡す。


「ありがとうございます」


健斗は玄関で頭を下げたまま、天海を見送った。



第64話『Emergency call』- 終 -

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