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第61話『Close Person』

第61話『Close person』


東雲(しののめ)コーポレーション』の自社ビルの12階に設けられた会議室にて、『ファビュラスJAPAN』がプロデュースする次期イベントの打ち合わせが開かれた。

顔合わせも兼ねたミーティングには、クライアントをはじめとして、各部門のスタッフやモデル達も続々と集まる。


廊下の先に健斗を見つけたレイラは、スタスタと近付いて横並びになると、皮肉めいた口調で話しかけた。


「ずいぶん久しぶりよね、健ちゃん。大学では会えないのに、こんな所で会うなんて。本業がモデルになったわけ?」


健斗はうんざりしたように首をすくめる。

「はぁ? 朝から晩まで数字と格闘してきた俺に向かって、なに言ってんだ! ようやく論文から解放されたんだぞ」


「あっそ!」

ため息混じりに呟く。


「論文だけじゃないクセに!」


「え? なに?」


レイラは背を向けた。

「ほら、もう社長(かれん)さんが来る時間よ。入りましょ!」


さっさと部屋に入っていくレイラのあとに続いて、健斗も室内に入る。


「藤田センセイ、いらっしゃい!」


資料を渡しながら満面の笑みを向ける葉月の意味ありげな視線を、挨拶しながらかわす。

その健斗の苦笑いを、レイラはしらけた表情で見ていた。


かれんが入室してクライアントに挨拶し、着席したところで由夏がイベントの概要を話し始めた。

小一時間のミーティングを終え、クライアントが退出し、続いてモデルたちも立ち上がる。


レイラの側にかれんがやって来た。


「……かれんさん」


「レイラちゃん、何だか疲れて見えるんだけど……体調が良くないとか?」


心配そうに覗き込んでくるかれんをまともに見られず、レイラはうつむき加減で首を横に振った。


「いえ。最近、大学の課題が難しくて、波瑠に手伝ってもらっててそのまま遅くまで飲んじゃったりしてたんで……不摂生(ふせっせい)するなんて、モデル失格ですよね」


「いいえ、売れっ子なのに学業も頑張ってるなんて素晴らしいわ! そう、波瑠くんも元気?」


「え……ああ、まぁ……」


「私もしばらく『RUDE Bar』には行けてないなぁ。波瑠くんがついててくれたら安心よね。でも、だからってあんまり無理はしないでよ。心配になっちゃうから」


そう言って優しい表情を向けるかれんの瞳を、レイラはじっと見つめた。


「はい。ありがとうございます」


声が震えそうになって慌てて(うつむ)く。

「あ……じゃあ、帰りますね。お疲れ様でした」


「わざわざ足を運んでくれてありがとう。何かあったらいつでも言ってね」


レイラはペコリと頭を下げて部屋を出る。

後ろ手でドアを閉めて息を整えていると、すぐ横で声がした。


「なにしてんだ?」


「け、健ちゃん……」


「お前、また波瑠の手を(わずら)わせて課題やらせてたのか!?」


レイラはキッと睨む。

「今の話、立ち聞きしてたの!?」


「まぁ……そんなつもりじゃなかったんだけどな。お前を待ってた」


「なんでよ」


「いや、車で来てるから送ってやろうと思って」


「いいわよ! そんなの」


「ウソつけ! 先に帰ったら怒るクセに!」


「ホントにいいんだってば! 今日はこの後、ママと約束してるの!」


「じゃあ約束の場所まで送ってやるよ」


「ホントにいいってば、すぐ近くなんだから! もう帰れば!」


健斗は頭の後ろで手を組んで、レイラの後ろをついていく。


「なんだなんだ? 思春期の女子はこんな風にある日突然、父親を拒絶するもんなのか……ヘイスティング氏も大変だなぁ」


そのぼやきにレイラは立ち止まって抗議する。


「どういう立ち位置?! 健ちゃんはパパじゃないでしょ! もう! ついてこないでよ!」


そう言ってレイラは走り出した。


「あ、おい! ちょっと……」


健斗は大きくため息をつく。

「俺だって駐車場に向かって歩いてるだけだっつーの。ったく! なんだアイツは!」




会議室に残り、書類等の後片付けをしたファビュラスのメンバーは、七階の自社室に引き上げた。

エレベーターホールは、いつものように見事な夕焼けで紅く染められていた。


「三崎社長! お疲れ様です!」

部屋に戻るなり、葉月が満面の笑みでかれんに詰め寄る。


「もう葉月、その呼び方やめてよ!」


「ふふ。ねぇ社長、今日は一段と藤田先生が決まって見えたんだけど! そんな素敵な彼氏と同席してるのにクールな顔しちゃってさぁ、知らんぷりするなんて!」


「そ、そんなの……しかたないじゃない」


「ねぇ、ホントは彼と一緒に出て来たの?! 〝ムコ殿〟って、普段はどんな感じなのよ? ねぇねぇねぇ!」


「ち、ちょっと! なにその言い方!? 〝ムコ殿〟 なんて……やめてよ!」


葉月の笑みは止まらない。

「じゃあ、なんて呼んでるの?」


「……健斗、だけど……」


「けんとだってー!!」


「もう! 由夏ぁ、助けてよぉ!」


葉月の(あお)りに由夏もニヤニヤ笑いながら加わって、異様に盛り上がり始める。


「へぇ! あんなに存在(ぞんざい)な呼び捨てフルネームだったのにねぇ?」


「もう、うるさいっ! 藤田健斗から健斗になっただけじゃない!」


「いやぁ、より親近感が増したって言うか? こう……熱くなっちゃう感じ?」


「うんうん、なんか興奮してきちゃった!」


「そうそう! もう……早く帰って彼氏のところに行っちゃいなさいよ!」


かれんは呆れたように、大きくため息をつく。

「……全く……なに言ってんのよ」


葉月がしみじみとした表情で、かれんの肩に手を置く。

「でもさぁ、あの藤田先生とかれんがそうなっちゃうなんてね。最初は犬猿の仲かと思ってたけど。不思議なこともあるなって」


「あら? 葉月はそんなふうに思ったわけ? 私は二人はアリだって、ずーっと思ってたよ。雰囲気も合うし、お互い素直じゃないっていう共通点も合ったしね」


「なによそれ!」


「とにかく、()かれるべくして惹かれたって、そう思ってる。現に二人は上手く行ってるでしょ?」


今度は由夏が、葉月の肩を()むようなジェスチャーをして見せた。

「葉月おばあちゃんは〝孫〟の結婚が決まってご満悦なのよ?」


「はぁ?! いつ私が〝孫〟になったのよ?!」


「〝リア(じゅう)葉月〟の唯一の心配事がかれんの恋愛事情だったからねぇ」

そう言って由夏は葉月と(うなづ)き合う。


「勝手に心配しないでよ! 私はいつだって親友に恵まれて幸せでやって来たんだから!」


「バカねぇ、だから今こうしてあなたが最高の幸せを手にした時に、私たちも最高の幸せを共有してるんじゃない」


言葉に出来ない気持ちで、かれんは心が熱くなった。


「ありがとう。色々心配かけたもんね。二人の気持ち、本当に嬉しい」


「じゃあ、照れなくていいからさ、ちゃんと恋愛して、ちゃんと幸せだって私たちにも報告しなさいよ!」


「あはは、わかった。まぁでも……冷やかしはほどほどにしてもらえるとありがたいわ」


大きな窓から陽が暮れていくのを見ながら、三人で朗らかに笑う。


Executive(エグゼクティブ)Producer(プロデューサー)』の立て札があるかれんの机の上にある携帯のバイブレーションが鳴った。

歩み寄るかれんを追い越さんばかりに、バタバタと駆け寄った由夏と葉月が画面を覗き込む。


「ハイ来ました! ムコ殿! なんだ、電話じゃないのかぁ」


「もう!!」


二人は笑い転げている。


「ムコ殿は何だって? 帝央大学?」


「ううん。明日から三日間、数学関連のシンポジウムとかで別の大学の研究室に行くの。これから新幹線に乗るって」


「へぇ……藤田先生もホント多忙よね。『JFM』のCEO就任パーティーも近づいてるから大変なんじゃない?」


「うん、詳しくは聞いてないけど、大学の方も色々整理するべきことがあるみたい。今月末にはアメリカにも行くらしくて」


「まさか、ずっと向こうに行くとかないよね?! 会社、継ぐんでしょ?」


「うん、研究者としての登録手続きだけ。でも、彼も悩んでるみたい」


「ふーん、〝数学の道〟と〝後継者の道理〟か……これらを並行してやるとなると、なかなか大変よね?」


「多忙な彼氏を支える彼女も、これまた多忙と来たら……ホントこりゃ大変だわ! ま、社長! 無理しないで頑張って。そのために私達もいるんだからさ」


「由香……」


葉月も横で頷いている。


「ありがとう! でも私、自分の仕事で手を抜く気なんて更々ないわ」


「そうだった! それこそが〝workaholic(仕事の虫)三崎かれん〟だったわ!」


「もう! その言い方もやめてよ!」


「ムコ殿にも教えちゃおう!」


「やめてってば!」


夕闇の中に(またた)く星のように、彼女たちの笑顔も(きら)めいていた。



第61話『Close Person』- 終 -

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