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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第60話『旬の来客』

第60話『旬の来客』


不確かな事実に、波瑠とレイラは心の置き場が見つからずやけ酒をあおる。

店じまいしようと波瑠が階段に足をかけた瞬間、ドアチャイムが鳴って、とある人物が顔を見せた。


「こんばんは」

艶やかな大人のバリトンボイスが響く。


「あ……」


「波瑠、どうしたの?」


天海(あまみ)先生……」

波瑠の言葉にレイラも驚いて振り返る。


「こんばんは! ちょっと遅いかなとも思ったんだけど……もう閉めるところだったかな?」


レイラは波瑠の方に向かってこっくりと頷いた。


「いいえ、大丈夫ですよ。どうぞ!」



波瑠は天海を店内に促すと、レイラと数席離したカウンターにコースターを置く。

少し辺りを見回す天海に、目が合ったレイラは軽く会釈をした。


「天海先生、ひょっとして……お待ち合わせですか?」


「あ、いや……」


差し出されたロックグラスに手を添えながら、天海は波瑠に向かって問いかけた。


「あの……三崎かれんさんって……来てる?」


「あ……ここしばらくは来られてませんが、先週なんかは、わりと早めに来られてましたよ。お約束……じゃないんですね?」


「いや、してないんだ。もし居たらいいなぁと……」


「そうですか」


天海は少し恥ずかしそうにグラスに視線を落とした。

その様子を見て微笑んでいるレイラを確認して、波瑠がレイラを紹介した。


「天海先生、彼女はかれんさんのイベントでも出演しているモデルなんですが」


その言葉に天海がレイラの方に体を向けた。

「あ、もしかして『ルミエール・ラ・コート』でブライダルショーに出てたモデルさんでは?」


「はい、そうです! 来月またお世話になるんです。今度は健ちゃんも一緒に」


「健ちゃん? 藤田くんの事?」


「ええ」

レイラは様子をうかがうように上目遣いで天海のことを見た。


「ああ天海先生、実は彼女は健斗さんの従兄妹(いとこ)なんですよ!」

「へぇ、そうなんですか?」


「はい。かれんさんとも、とても親しいんです! 何年も一緒にお仕事させてもらっていて。あの……天海先生、良かったらご一緒しても?」


「ええ、喜んで」


天海の爽やかな笑顔に好感を持ったレイラは、彼のとなりに座り直す。



「じゃあ健ちゃんは、かれんさんが飛び込み自殺しようとしてるって、勘違いしたんですか?!」


「そうなんだ。見ず知らずの女性を体を張って助けようとするなんて、彼はなかなかの男だね!」


「そこに天海先生が通りかかったと?」


「いや、厳密に言うと、僕の車に()かれると思って、彼は助けたんだろうね。実際は距離もあったし、追突するような状況ではなかったんだけど……まあ、慌ててしまったんだろう」


「そんな状況で、二人を病院まで連れていって治療してあげる天海先生だって、なかなかの男ですよ!」


「そうかな、ありがとう」


三人の話は弾み、酒がすすむ。


「そうだレイラさん、藤田くんの従妹(いとこ)なら彼の出身校は知ってるかい?」


「ええ、『灘響(だんきょう)学院』ですけど」


「やっぱり! 実は僕もなんだ」


「ええっ! そうなんですか! 日本屈指の進学校ですもんね、お医者さんも多いって聞きました」


「ああ。大半は医学部志望だからね。それで、彼は帝央大学の准教授だって聞いたんだけど……」


「そうですけど……どなたから?」


「かれんちゃ……あ、三崎かれんさんに……」


「そうですか」

波瑠とレイラが目配せをする。


「実はつい先日、僕の母校の集まりがあってさ。高校のバスケ部なんだけど。で、OB戦したりして後輩と色々話してたら、公立中学でバスケ選手選抜にも選ばれてた長身のヤツが高校から灘響(だんきょう)に入ってきて、今は大学で准教授やってるって話を聞いたんだよ。僕より年下の准教授なんてなかなか居ないはずだから、彼のことだと思うんだけど……」


レイラは頷く。

「間違いないです。小学校中学校とバスケバカだったんですよ。じゃあ健ちゃんは天海先生の後輩になるんですね?!」


「そう。灘響だけじゃなく、東大もね。彼の専攻は数学なんだろうけど。やっぱりそうか……不思議な男だね」


「健斗さんも、実は凄いんですね!」

波瑠が興奮気味に言った。


「もし彼が後輩だったら、是非OB会に招待したいと思ってたから、わかって良かったよ。レイラさん、伝えてもらえるかな?」


「ええ、もちろんです! 天海先生に連絡するように言っておきますね!」


「うん、助かるよ。じゃあ……僕は、そろそろこの辺で失礼するよ」


「え、もう?」


「ああ。勤務明けでね。さっさと寝なきゃ明日起きれないってわかってるんだけど、最近はなかなか寝付けなくて、こうしてフラフラしてる」

天海はそう言って微笑んだ。


「あの……いいんですか? かれんさんは……」


「かまわないさ、またのぞかせてもらうから」


「そうですか、またお話ししましょう」


「うん。レイラさん、よろしくね!」

そう言って天海は自分の名刺にプライベートの番号を書き込んで二人に渡した。


「ありがとうございました」


天海が階段を上って帰っていく。

ドアが閉まる音を、二人で黙って聞いていた。


ドアがしまると暫しの沈黙が流れた。

波瑠はカウンターから出てきてレイラのとなりに座る。


「天海先生って、いい人ね」

レイラがポツリと言った。


「そうだろ? そうなんだよ……」


「あんなに素敵な人だったんだ。でも少し寂しそうな顔してた。言えないよね……健ちゃんとかれんさんの事……」


「まだ、そうと決まったわけじゃ……」


「そうだけど。でも、悲しいかな、私の勘は百発百中なのよ。それに加え、波瑠もそう感じてるなら、もう間違いない……」


「レイラ……」


「きっと天海先生にもじきにわかっちゃうわね。私たちと同じ気持ちを味わうことになるのか……」


波瑠はため息をつきながら、氷を丸く削る。


「人のこと言ってられないけど、天海先生も気の毒に見えた……あ、ごめん! 波瑠はもっと複雑よね」


「いいよ、元々相手されてないから」


「やだ、ふて腐れないでよ!」


「健斗さんに天海先生じゃ、勝ち目ないよ!」


「なにいってるの、私だってあのかれんさんが相手なのよ! それこそ勝ち目なんて、あるわけない……」


二人はお互いに真正面を向いた浮かない顔のまま、ただただその場にたたずんでいた。



第60話『旬の来客』- 終 -

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