第56話『神秘のライブラリー』
第56話『神秘のライブラリー』
かれんが、その複雑かつ遊び心のある部屋の中を興味深そうに見回す。
デザイナーと共同設計した健斗が説明しながら、今二人が座っていたすり鉢状スタジアム型の底面にあるリビングから、ダイニングとは逆サイドに階段を上っていく。
バスケットゴールの壁の左から延びる廊下を入っていくと、ロフトで縦に二層構造になっていると聞いた部屋のドアが見えて、その奥にバスルームが並ぶ。
廊下を突き当たりまで行くと、まるでオフィスの社長室のような重厚な扉が現れた。
「なんだか……ここから雰囲気が違うわね」
「そうだろ。子供の頃にさ、藤田の別荘よく行ってたんだけど、それこそ公共図書館顔負けの書斎があってさ。俺の曾祖父が作ったんだけど、その雰囲気が凄く好きで……もう行けなくなったから、ここに再現したってわけ。ほら、入って」
扉を開けると、シックな書斎の左手に螺旋階段が現れた。
「凄い! ハリーポッターみたい!」
「はは、そんな感じにも見えるか? ここから下のライブラリーに降りられるんだ」
温かみのある白熱灯のオレンジ色の明かりが、なんとも懐かしいようなノスタルジックな雰囲気を出していて、かれんはワクワクする思いでゆっくりと階段へ足を落とし込んでいく。
ライブラリーへ続くその螺旋階段の横にはステンドグラスがはめ込まれた大きな飾り窓があり、なぜか心惹かれて立ち止まる。
「これは曾祖父の書斎にあったのとそっくり同じに作ったんだ。今は夕方だから光は入んないけど、朝はこのステンドグラスから光が差してカラフルでさ」
「そうなんだ、きれいでしょうね」
「うん。今度見せてやるよ。ほら、気をつけて降りろよ」
フロアに辿り着き、一歩踏み込んだ床は趣きのあるダークウッドのフローリングだった。
「広い……これ全部、本?! 凄いわね!」
重厚でアーティスティックな国立図書館のような佇まいがそこにあった。
ステンドグラスを除いては、壁一面が本で埋め尽くされていて、バランスよく陳列された書棚にはジャンルごとに分類された書籍がびっしりと並んでいた。
かれんは目に付いた本を手にしてみる。
やはり数学や物理化学の本が多かった。
裏の棚に回ると歴史書も多くあり、ビジネス書の棚には新書が多くならんでいる。
中央に置かれているテーブルや椅子は木製のアンティークで、その雰囲気に見事にマッチしていて、その近くにある木製の低い棚には、以前『RUDE Bar』で波瑠が言っていたように、確かに絵本やシリーズものの海外童話もあった。
「ほんと素敵ね、気に入っちゃった! あなたがいなくても、ここに本だけ借りに来ようかな!?」
「なんだよそれ?! ちゃんと俺に会いに来い! そしたらこの図書館も解放してやる」
かれんは早速、貸し出しを希望した。
『天然石の原石図鑑』とビジネス書数冊を抱えて螺旋階段を上がる。
「では館長、お借りします!」
「うむ、いいだろう!」
「本当に図書カード書かなくていいの? 貸出カード作ってよ!」
そう微笑みながら重そうに本を抱えるかれんの手から、健斗がひょいとそれらを持ち上げてまじまじと眺めた。
「なんか支離滅裂に見えて、どれもかれんらしいチョイスだな」
「そうかな? 読んでみたいと思ってたビジネス書がいっぱいあって、どれから読もうかなって迷っちゃった」
「ははは、確かに。本を選んでるときのかれんの顔がビジネスモードになってたもんな? 声かけにくいほど真剣で」
「え、やだ! そんなスイッチ入ってた?」
「ああ。『ファビュラス』のエグゼクティブプロデューサーの顔だったよ。ああ、『原石図鑑』は違ったけど」
かれんの顔がほころぶ。
「ああ。実はね、この『天然石の原石図鑑』は書店で一目惚れして一度買ったの」
「え? 持ってるのか」
「それがね」
かれんが楽しそうに話す。
「買った日に、たまたま事務所に由夏の姪っ子が遊びに来たの。高校生だったんだけど、イベント業界とか出版業界に興味があって『ファビュラス』を見学したいっていうからって、由夏が連れて来たんだけどね。その子と意気投合しちゃって、買ったばかりのその図鑑をプレゼントしたってわけ」
「へえ、由夏さんの姪っ子ならファンキーな高校生なんだろうな」
「それが全然! しっとりと清純で綺麗な女子高生だったから、最初は緊張しちゃったわ。でも今は大学生になったから、彼女らの世代の感覚をリサーチさせてもらってるの」
「さすが、なんでも仕事に結びつけるWorkaholicだな!」
「もう! 由夏みたいなこと言わないでよ!」
「あはは。本ってさ、人間性が出るだろ? 選ぶ本を見たら〝人となりがわかる〟ってよくいわれるけど、俺は逆に〝なりたい自分像〟が見つかることもあると思ってる」
「確かに! それも然りね。でも……さすがに数学の本があれだけあっても、私には手が出なかったな……私と健斗じゃ頭の作りは違いそう」
「まあ、そうかもな」
「なりたい自分といえば、MBAの本とマネージメントの本とか、あとはイノベーションの本とか……やたら新書が多かった。ねぇ……あなたの肩には『JFMホールディングス』が、もう既にのし掛かっているの?」
健斗は心配そうに自分を見上げるかれんの頭に手を置いた。
「そんな顔すんな。俺が決着をつけないといけないことだから、何とかする。お前のことだって、ちゃんと見ててやるから」
かれんは笑顔を見せて、その頼もしい肩に頭をひっつけた。
健斗はそんなかれんを愛おしく思いながら、その細い肩を抱く。
その華奢な体で会社を持ち、大きな仕事を動かし制しているかれんの事をリスペクトしていた。
かれんがおもむろに、健斗を見上げる。
「私の知らないこと……まだ色々あるのかな」
「かれん……」
「いいわよ、どんな肩書きがあったって、あなたはあなただもん。私にとっては、ただの藤田健斗でしかないわ」
「かれん……」
健斗はその腕にかれんを抱き締め、かれんはその胸に頬を寄せた。
第56話『神秘のライブラリー』- 終 -




