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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第54話『Time of the conference』

第54話『Time of the conference』


『RUDE Bar』のカウンター越しに、波瑠とレイラは話し込む。


波瑠がレイラの疑問について、ばつが悪そうな顔で話し始めた。


「あ……実はさ、ボク、『ワールドファッションコレクション』に健斗さんが出るよりも前に、実は二人がタクシーから出てくるところとか、川沿いを歩いているのを、目撃してたんだよね」


「はぁ?! なにそれ?! 聞いてない!」


「あ……ボクもそれについて触れていいのかわかんなかったし、最初は健斗さんの相手がかれんさんだって判ってなかったのもあるから……」


「で? それは間違いなくその二人だったわけ?」


「まぁ、かれんさんに聞いた限りでは」


レイラが目をつり上げる。

「ちょっと波瑠! どうして話してくれなかったのよ!」


「ごめん……なんか言い出しづらくて。わかったのはつい最近なんだよ。この前ボクら四人でジャズバーに行ったときにさ、レイラと健斗さんを置いて、ここに戻ってきて話してたんだけど」


レイラが肩をすくめながら顔を歪めた。

「ああ……私が酔いつぶれて、後から健ちゃんに散々イヤミ言われた日だ。それで?」


「二人が出会ったきっかけって、事故らしいんだ」


「え? 事故?!」


「詳しくはわからないけど、健斗さんが偶然かれんさんを助けた、みたいな話だった……」


レイラが思い立ったように顔をあげた。

「あ! そういえばかれんさんが足を怪我したって由夏さんから聞いたことがある! 軽いから大丈夫よって。何ヶ月前だったかな? 冬だったと思う」


「うん。その事故の時にさ、外科医の先生がたまたまその場に出くわして、二人を病院に連れて行ってくれたって話だった」


「え?! 誰?」


「ああ、たまたまだけどここの常連さんで、ボクも知ってる人なんだ。天海先生っていうんだけど、カッコいい人でさ。むしろその助けてくれた天海先生が……かれんさんを食事に誘ったり、車でデートに連れて行ったりしてて、いい雰囲気に……見えててさ」


「え……そうなの?! 波瑠からしたらその先生の方が強敵じゃない?!」


「まぁ確かに……相手は大人の男って感じだし」


「そっか……かれんさんだもんね、さすがにライバルは多いか」


「健斗さんもさ、この前たまたまこの大通りでその二人のデートを目撃したらしくて……あきらかに不自然な態度だったよ」


「なにそれ! 思いっきり意識してるじゃない!」

レイラが頬を膨らます。


「だな……でもさ、実際話してるところを見たら、二人はいつも喧嘩ごしって感じだろ? そこに思いがあるように見える?」


「わかんない……健ちゃんも素直じゃないから」


「確かに」


レイラが大きなため息をついた。

「まぁでも……なんか、私たちって、その中心には居ない気がする……」


波瑠も同じく息をつく。

「うん……確かに。〝茅の外(かやのそと)〟のみたいな感じ、するよな?」


二人は同時に(うつむ)いた。


「なぁレイラ、色々勘ぐってるみたいだけど、何かするつもりじゃないよな?」


「わかんない……でも」

レイラは苦悩の表情で、グラスを握る指を見つめる。


「ただじっとして、二人を見守るなんて、やっぱり辛すぎて……」


「わかるよ。けど……」


「波瑠、私がもともと『ファビュラス3』のファンだって知ってるよね?」


「うん。初めてファビュラスで仕事が決まったとき、ホントに嬉しそうだったもんな」


「うん。あの会社は本当に素敵な人ばかり」


「うん、いい人たちだよな」


「特にかれんさんは私の憧れでもあるし、恩人でもある。ホントに大好きだから……だから私が健ちゃんを好きだってことで、複雑な関係になりたくないって思ってた。出来れば、かれんさんと健ちゃんが無関係でいて欲しいって、願ってたのに……」


波瑠も頷いた。

「わかるよ。ボクも健斗さんには人一倍の恩があるから。恋敵(こいがたき)だけにはなりたくない相手だし、これまでも気を付けてきたつもりだったけど……」


レイラは一口あおったグラスに視線を落とす。

「波瑠はいつからかれんさんを?」


波瑠も自分のグラスを持ち上げた。

「ずいぶん前から〝いいな〟とは思っていたけど、自覚したのはかれんさんが僕の名前を知った日かな……健斗さんがボクの名前を呼んだのを聞いたかれんさんが、ボクを名前で呼んでくれるようになった。ちょっとした身の上話もしてくれたり、ボクの話を聞いてくれたり」


「かれんさん、いつも親身に話してくれるから」


「そうだな。由夏さんたちが来た翌週は早い時間にわざわざ〝この前はごめんね〟って、ボクが好物だってちょっと話しただけなのに覚えてくれてて、『キャサリン』のパイを差し入れにって持って来てくれたり」


「かれんさんらしいね。その後の進展は?」


「それからは圧倒的に話す機会は増えたよ。ジャズバーの後からはとくに一人で来てくれることも増えて、必ずカウンターに座ってくれるし。ますます気になっちゃって。でもここに来ても長くて一時間かな。帰る前には手帳やタブレットを出して、仕事の確認してから帰るんだ」


「かれんさんらしい。なるほどね。だから由夏さんにWorkaholic(仕事の虫)なんて呼ばれてたりするんだ?」


「なんかさ、彼女の領域には入れないって感じ。やっぱりカウンター越しじゃ、なかなか発展はしないよな」


「そうか。私ね……かれんさんにも幸せでいてもらいたいから、その相手が波瑠だったらいいなって、そう思ってたんだ。けど……私、相当勝手なこと言ってるんだよね」


「そうだな。そううまくはいかないかぁ……まあ、年の差のハードルも高いし」


「私と健ちゃんの方が離れてるじゃない?」


「なに言ってるの、年下の男が昇格する方が、ずっと難しいよ」


「そっか」



ドアチャイムが鳴って、女性のヒールの音がいくつも階段から響いてきた。


「あ、波瑠のファンが来たみたいだから、私は頃合いを見て帰るわ。ほら! しっかり! 営業スマイル!」


レイラがスッと化粧室に消えて、波瑠は小さく息をついたあと、笑顔で階段を見上げる。


「いらっしゃい」




第54話『Time of the conference』- 終 -

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