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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第53話『それぞれの想い人』

第53話『それぞれの想い人』


OPENして間もない時間の『RUDE Bar』にはまだ来客がなく、カウンター越しに波瑠(ハル)はレイラに二杯目のカクテルを差し出した。


レイラにとっての健斗、波瑠にとってのかれんという、それぞれの想い人であるこの二人の関係性を懸念する者同士の、妙な会話が続く。


「男として想像してみてよ、自分が窮地(きゅうち)に立たされたときに、かれんさんみたいな人が側にいたら?」


「そりゃあ……」

ふと、脳裏にかれんの笑顔が蘇る。

波瑠は緩みかけた頬を引き締め、レイラの視線を受け止める。


「でもさ、今ボクたちがそれぞれ抱いてる気持ちとあの二人が同じとは限らないから、あくまでも想像にすぎない。一概(いちがい)に同じ気持ちとは言えないだろ?」


「じゃあさ、波瑠はあの二人が怪しいなって思うことはないの?」

レイラが更に詰め寄ってくる。


「え……まぁあと気になることといえば、健斗さんがここのオーナーだってことを隠してることぐらいかな」


意外にもレイラはあっさり返した。

「ああ、それ? 実は健ちゃん、由夏さんにも言ってなかったみたいで、この前三人で会ったときに、私、バラしちゃったの。かれんさんが知るのも時間の問題だと思う」


「え!?」


「波瑠も聞いてるよね? 今度『JFMホールディングス』CEO就任披露パーティーを開くみたいなんだけど、そのプロデュースを『ファビュラス』に依頼するのがいいって、私が藤田のおじさん(健斗の父)に提案したのよ」


波瑠は手にしていたマドラースプーンをシンクの中に落とした。

「ち、ちょっと待った! 健斗さん、CEOを継ぐことを決めたのか?!」


「あれ? 波瑠、聞いてなかったの?」


「いや……うっすらとは。悩んでることは知ってたけど……決断したんだ? なんで話してくれなかったんだろ……」


「いや、多分だけど……」

レイラはカクテルを一口飲んで話し出した。


「健ちゃんの中でも、まだ踏ん切りはついてないのかも。藤田会長は少しフライングをかけて、健ちゃんに決断を迫ったんだと思うわ。何故ならその就任パーティーね、ファビュラスの方でしっかりと企画進行は決まっているのに、日程だけが空白なのよ」


「え、どういうこと?」


おじさん(藤田会長)は健ちゃんに考える時間を与えてるんじゃないかな? なんだかんだ言って、昔の事故があってからは健ちゃんに優しいパパだからね。健ちゃんだってそこをよく解ってるから、父親の要望に応えたい気持ちもあったりするみたいだし……だから悩むんだと思うわ」


「そうか……」

波瑠の脳裏に、今度は健斗の表情が映し出される。


「健斗さんが中学生の時に、なんか大きな事後があったって聞いたことはあるけど……詳しくは知らないんだ」


「私も。本人は〝知らなくていい〟の一点張りで教えてくれそうにないから、今度ママに聞いてみようと思ってね。藤田家は、健ちゃんが小さいときに、私のママのお姉ちゃんだった健ちゃんのママが亡くなったわけだから、そこからは父と息子でそれぞれを尊重して生きてきたって感じなの。だから藤田会長と健ちゃんは、固い絆で結ばれてるってイメージがあるわ」


「そうか……健斗さんのこと、気になってきた。ここしばらく会ってないうちに、色々あったんだな」


レイラが残りのカクテルをグビッと飲み干す。

「実はね、まだあるの」


「まだ?! 本題はべつにあるとか言わないよなぁ?」

波瑠は不穏な顔をしながらレイラのグラスを下げる。


「いいえ、もちろん健ちゃんのことだけど、その前に……」


「なに?」


「波瑠はかれんさんが東雲しののめ会長の娘だっていうことは知ってるの?」


「え……」

今度はアイストングを氷ごとシンクに落とした波瑠が顔をあげた。


レイラは苦笑いする。

「知らなかったんだ……」


「し、東雲って『東雲コーポレーション』?!」


「そう、以前かれんさん本人から聞いたから間違いない。親同士が離婚してるから姓は違うけど、かれんさんの会社の『ファビラスJAPAN』は『東雲コーポレーション』の子会社よ」


「……ホントに?! ちょっと待った……衝撃なんだけど」


レイラはため息をつく。

「波瑠も知らないか……実は健ちゃんも知らないみたいなのよね。私ね、この間『JFMホールディングス』の子会社の『MAY'Sカンパニー』の五周年パーティーに出席したのよ。パパと一緒に呼ばれてね」


「へぇ、ヘイスティング氏と? 親子でパーティーなんて珍しいな」


「まあね。列席者がそうそうたる人物ばかりだから、半分は社交界への営業って感じで参加したんだけどね。そこに東雲会長もいらしてて。その時ね、藤田のおじさんと東雲会長が話してるのを見たのよ。それもかなり親しげに。それにね、健ちゃんもその会場に来てたの」


「健斗さんが?」


「うん。パリッとスーツ来てさ、藤田会長の(そば)に居た。それに会場の隅でかれんさんをちらっと見かけて……一瞬驚いたけど、まぁ東雲会長もいるんだし当然かと思って」


「え! 健斗さんと鉢合わせじゃん?!」


「そうなるかなって私も一瞬思った。相当大きなパーティーで、人も大勢いたからね、私、参列者の方々への挨拶の後に体が空いたらかれんさんに話をしに行こうって思ってたから、見失わないようにずっと目で追ってたの。かれんさん、お父さん(東雲会長)と一緒に参列者と話してるとき以外はずっと一人だったし、私が見た限りでは健ちゃんとも話をしてないはずよ。ただ来賓(らいひん)の挨拶が始まったくらいかな、私が壇上に目をやった隙にかれんさん急にいなくなっちゃって……帰っちゃったのかなって」


波瑠は首をひねる。

「健斗さんはかれんさんが居たことに気付いてるのかな?」


「わからない。藤田会長と健ちゃんがステージに並ぶ前には、既に見失ってたからね。もう帰ってたのかも」


「じゃあ、かれんさんは健斗さんが『JFM』の会長の息子だってことは?」


「どうだろ? もともとは知らなかったと思う。今はどうだか……」


「レイラはかれんさんのお父さん(東雲会長)と知り合いなの?」


「うん。イベント関係で何度かご挨拶したからあちらも覚えていて下さってて」


「そうか。まあでも、父親同士が話してたくらいで、子供同士が面識ない事なんて、よくあるんじゃないか?」


「その時は私もそう思ったけど、ちょうど藤田のおじさんと東雲会長が話してる近くでクライアントの人に呼び止められて、話が聞こえちゃったんだ。ご家族の話とか、〝あの時はすまない〟とか……とにかく親しげというか、親友レベルの話し方だったの」


「へぇ……かれんさんと藤田会長は?」


「面識はあるはずよ。かれんさんぐらいイベントを手広くやっていたら、各界に知り合いがいるはずだし、現に『ファビュラス』に就任パーティーの依頼をしてる関係なのよ。日程が未定でもプラン出してるなら、さすがに由夏さんもかれんさんに話は通してると思うけど」


「そうか、『MAY'S』のパーティーにも招待されてるわけだしな」


「そう。でもねやっぱりおかしいと思うのよ。父親同士が家族の話までしてるのに、かれんさんが〝藤田健斗〟と聞いてピンと来ないことなんてある? 健ちゃんと直接面識はなくても、名前も知らないなんてちょっと不自然じゃない?」


「確かに……」


「なんだか腑に落ちないのよね。でもかれんさんと健ちゃんは、『ワールドファッションコレクション』の時が初対面のはずなの。「初めまして」って挨拶してたし。なんだか変よね」


波瑠が言いにくそうに話す。

「あ……それなんだけどさ。レイラに言いそびれちゃってたんだけど、実は……」



第53話『それぞれの想い人』- 終 -

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