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第52話『恋を取り巻く疑念』

第52話『恋を取り巻く疑念』


『RUDE Bar』の入り口のドアプレートを【OPEN】に掛け替えた波瑠(ハル)は、ゆっくりと階段を降りながら店内に戻る。

カウンターに回り込んでグラスを磨き始めると、早々にドアチャイムの音がして、波瑠(ハル)は階段の上を見上げ、そのシルエットに目を凝らす。


「いらっしゃ……ああ、レイラか。どうした? こんな早くに」


レイラは勢いよく階段を駆け下りてきた。

「ねぇ波瑠、健ちゃんは最近いつ来た?」


波瑠はカウンターにコースターを置いてレイラを席に促す。

「来ていきなりその質問? まあ座って。いつものでいい?」


波瑠はコリンズグラスを取り出すと、慣れた手つきでモヒートを作りながら話す。


「健斗さん、大学には?」


「今日も休校だったの。この前『Sunset(サンセット) Terrace(テラス)』で会って以来、見かけてなくて」


波瑠はため息をつく。

「そりゃそんなこともあるだろ? 確かにここ数日はこっちにも来てないけど、ほら、前に『musée(ミュゼ) de() cuisine(キュイジーヌ)』に行ったときも、健斗さん、論文が大変になるってぼやいてたじゃん? そんな大騒ぎすることでもないんじゃ?」


レイラは()ねたような表情で、グラスを持ち上げた。


波瑠はクスッと笑いながらコースターにグラスを置く。

「連絡してみた?」


「してない」


「なんで? 気になるなら本人に聞いたらいいじゃん」


レイラは不機嫌そうな表情のまま、波瑠を見上げる。

「じゃあさ、かれんさんは?」


波瑠は首をかしげながらまた手を止めた。

「は? なんで急にかれんさん?! 質問の意図がわからない」


「いいから!」


「そうだな……少し前に……」

波瑠は山ノ上ホテルで彼女がセクハラの被害に()った話を思い出した。


「なに? その含みのある言い方は。もしかして健ちゃんと一緒に来て一緒に帰ったとか?!」


波瑠は否定する。

「い、いや……帰りはボクがかれんさんを送っていったよ」


レイラが感心したように眉をあげて覗き込んできた。

「へぇ! 波瑠も頑張ってるんだ? で? それはいつ?」


「あ……山ノ上ホテルのブライダルショーの日。レイラも居たって聞いてたけど?」


「ああ! 私が由夏さんたちと先に出た日ね! ちょっと待って、健ちゃん、最後まで残ってたのかな? てっきり先に大学に戻ったのかと思ってたけど……で? ここへ一緒に?」


尋問するような表情で見上げてくるレイラにたじろぎながらも、波瑠はかれんが被害にあったことは伏せて、〝()がないから送ってやってほしい〟と頼まれたらしいと告げる。


「ふーん。わざわざねぇ……由夏さんが健ちゃんにかれんさんを待っておくように頼んだってことか……やっぱりなんか怪しいのよね」


「怪しいって?」


レイラがカウンターから乗り出す。

「ねぇ波瑠ってさ、由夏さんと会ったことあったっけ?」


「ああ。ここにかれんさんと由夏さんと葉月さんで来てくれたから」


「そうなんだ?! ここって『ファビュラス(スリー)』が(つど)う店なのね! そう聞いたらなんか凄いけど……それで?」


「いや、相当に面白い人たちだったよ。ボクのことも散々いじってくれるし、その時もかなり盛り上がっててさ、そこに健斗さんがたまたま来て。四人であそこのソファーでワイワイやってた」


「ふーん、健ちゃんまで?」


「その時、由夏さんと葉月さんの二人が、先にかれんさんの家に帰る、ってなって」


レイラが不可解な顔をする。

「ん? 由夏さんと葉月さんが? かれんさん家に? かれんさんを置いて?」


「そう、鍵を渡してた。まぁ葉月さんがかなり酔っぱらって面白いことになってたからそうなったんだろうけど」


レイラは椅子にもたれながら腕組みをする。

「そっか……それなのよ! やっぱり意図的にかれんさんと健ちゃんを二人にしたんでしょ!? 由夏さんって、仲人(なこうど)気質っていうか……」


「それを言うならさ! 由夏さんが店に来たときは、かれんさんにボクのことを勧めてた(ハズ)……なんだけどなぁ」


「へぇ、健ちゃんが来てから風向きが変わったと? チャンス逃したわね」

レイラは白けた視線を向けた。


「そういう言い方はないだろ! まぁ確かに……そこから健斗さんとかれんさん二人でまたしばらく飲んでたわけだけど……」


ふて腐れた顔をしながらそう言った波瑠に、レイラは詰め寄った。

「なあに? 波瑠、なんか……気になることがあるんでしょ?!」


波瑠はやむを得ず頷く。

「まぁ……健斗さんがさ、やたら気を遣ってて……かれんさんのお代わりを取りに来たりするからさ」


「え? 健ちゃんがそんなに素直に優しいなんて、変よね?」


「だろ? わざわざオーダしに来てさ、酒を入れるなって言ってみたり。その時どうも……かれんさん、泣いてたみたいで……」


「え?! どういうこと?!」


「何が原因でそうなったのかわからないけど、健斗さんはどうも聞き役みたいで。まぁ健斗さんもどうしていいかわかんなかったんだろうね、ボクに〝こういう時はどうしたらいいんだ?〟なんて相談してきてさ」


「なにそれ……で、その日は結局どうしたの?」


「かれんさんもそのあと直ぐ回復したから、健斗さんが送っていったよ」


「健ちゃんは……ここに戻ってこなかったの?」


「うん。論文が立て込んでるから、もともと長居するつもりもなく立ち寄ったはずなんだ。だからそのまま帰ったと思う」


レイラが怪しい表情で首をひねる。

「ホントにかれんさんを送っただけなのかな?」


「まぁ正直、その時はさすがにボクもちょっと気にはなったけど、でも考えてみたら、先に店を出た二人がここから徒歩一分のかれんさん家に居るわけだしさ。ボクが気を揉むことはないって、思い直したよ」


「……確かにそうかも。で? 山の上のイベントの後の方はどうだったの?」


波瑠は頭を巡らせた。

セクハラのことは、流石に話せない。


「別に。車を置いたついでに、ここに寄っただけじゃないかな? 通り道だし」


そう言いながらも、あの日は状況も状況だったこともあり、かれんに対する健斗の気遣いは格段に手厚かったように感じていた。


「この前ね、ファビュラスのイベントで、ビーチリゾートを貸しきって、サーフブランドのショーがあったんだけど、二泊三日の泊まりでさ。私と健ちゃんも参加したんだけど」


「ああ、健斗さん、めちゃめちゃぼやいてたなぁ。そのせいで徹夜で論文書かなきゃならないとか」


「そう。ずっと文句言ってた。でね、イベント前夜に現地入りしたんだけど、なんかかれんさんの様子がおかしくて……夕食も食べないまま夜の砂浜に出て行っちゃったりするのよ」


「え、一人で?」


「うん。私が見たときはそうだった。でもね、夕食後に何気なく窓の外を見てたら、海の方から健ちゃんとかれんさんが二人並んで戻ってくるのが見えたの。波の音と、大きな月がきれいなロケーションよ。そんなロマンチックな雰囲気の中で二人でなにを話してたんだろって。で、夜に健ちゃんの部屋に行って聞き出そうとしたんだけど、論文が大変だからって追い返されちゃって……」


波瑠は食い入るように聞いている。


「翌日のイベントが終わった夜、私は仕事の都合で泊まらずに帰らなきゃいけなくて、健ちゃんとかれんさんがタクシーまで見送ってくれたんだけど……その後、二人がどうなったか……気にならない?」


「そりゃぁ……まぁ」


「それ以来、私も『Allurer(アリューアー)』のCM撮影なんかあってかれんさんには会えてないし、健ちゃんには会ったけど由夏さんも一緒だったから聞き出せなかったのよね。でもなんだか二人が急接近しているような気がして……落ち着かないの」


波瑠が(あご)に手をやる。

「ん……それって二週間くらい前のことだよな? かれんさんその後、一度ここに飲みに来てくれてるんだけどさ、その時に〝海のホテルで〟って話してた気がする。ボクが聞いたのは、ファビュラスの三人で打ち上げをしてたら、また葉月さんがいつものように酔っぱらって面白かったって……そんな話だったはず」


「え、そうなの?! それが本当なら、私たちの懸念材料は一つ減るわね!」


そう言って意気揚々とグラスを空けるレイラに、波瑠は大きくため息をついた。

「これで解決した?」


「まるで他人事みたいに言うけど、これから健ちゃんの周りは目まぐるしく変わるのよ! そこにかれんさんみたいな人がいたら?」


波瑠はいぶかしい顔をした。

「どういうこと?」



第52話『恋を取り巻く疑念』- 終 -

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