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第5話『ファビュラスJAPAN』

第5話 『ファビュラスJAPAN』


「うー疲れた!」


何時間、経ったのだろう。

時計を見るよりも、大きな窓に目をやれば、外の景色でその経過が感じられる。

オフィスチェアーにもたれ、グーンと伸びをするかれんに、由夏はキャスターを転がしてサーッと近付いた。


「でもさぁ、初稿よりずっといいプランに仕上がったよね?!」


「まぁ……そうかもね?」


「ホント怪我の功名! いいブラッシュアップになったわ!」


かれんはあからさまにダストボックスの中にあるコンビニ袋に視線を落として、皮肉めいた口調で言った。

「まぁ、お陰で私の休日はなくなったけどね。昼食もおにぎりだけだったし?」


由夏はにっこりと微笑む。

「ディナーおごるから、許して!」


その屈託ない表情に、かれんも笑い出した。

「よし、許す! 行こう!」




一面ガラス張りのエレベータホールから、海に沈む寸前の大きな赤い太陽が見える。


「今日は一段とキレイ……」


「そうね!」


フロアの奥までのびる夕日が『ファビュラスJAPAN』の文字を赤く染め上げていた。



この会社を立ち上げたのは四年前。

かれんの大学卒業と同時に設立することとなった。

学生の頃から経営を学び、父が会長を務める大手企業『東雲(しののめ)コーポレーション』でインターンの間、催事担当としてマーケティングに携わった。

中でもイベント企画に関しては、学生ながらも実績を出し、実力を認められての起業となった。

共にビジネススキルを学び、同じ大学の同期としてインターンに加わっていた親友の相澤由夏と白石葉月も巻き込んで起業。

この『ファビュラスJAPAN』を立ち上げたのだった。




「やった! 今夜はイタリアン!」


「そう! このお店ね、今年の夏のブライダルフェアの会場にぴったりだと思って、この前商談に来たの。ほら、あの人がマネージャーの岩上奈美さんよ。かれんも名刺出して!」


「了解! 由夏も充分Workaholic(仕事の虫)だと思うけど?」


「まあね」

大きな目でバチッとウィンクする。


「岩上さん、こんばんは!『ファビュラスJAPAN』の相澤です。先日はお話を聞いていただいてありがとうございました。本日はご挨拶を兼ねて、食事させていただこうと思いまして」


「ファビュラスJAPAN、エグゼクティブプロデューサーの三崎かれんと申します」


「カンパーイ!」


二人はグラスを交わす。


「仕事終わりのワインはサイコーね!」


まだ食事も揃っていないうちから、由夏はあっという間にグラスを()ける。


「あのさ。何度も言うけど、ホントは今日はオフだったはずなんだけど?」


「まぁまぁそう言わず、さぁさ、かれん、飲んで飲んで!」


由夏は学生の頃から、気配りの達人だった。

社交的で〝人たらし〟でもある由夏には、公私ともにこれまで何度助けられたことか。


東雲(しののめ)会長、しばらくお見掛けしてないけど、かれんも会ってないの?」


「うん。パパはほとんど本社にいるからね。たまにこっちに居るときに食事に行ったりはしてたけど、ここしばらくは会ってないなぁ」


「それでも仕事は続々と振ってくれるのよねぇ。よっぽど愛娘(かれん)を信頼してるんだわ」


「なに言ってるの、娘だけだったらこうは行かないわよ。優秀なスタッフがいての『ファビュラス』だからね!」


由夏は気を良くしたように、いそいそとかれんのグラスにワインを注いだ。

「そうよね! じゃあ、カンパイ!」


「ふふ、何度カンパイするのよ」


「いいの! 今日もいい仕事ができたんだから。ねぇ、次は何を飲む?」


「明日も仕事だってこと忘れないでよ?」


「ハイハイ、じゃあ次はスパークリングね」


かれんは笑いながら(くう)をあおぐ。

「全くもう……で、優秀なスタッフの葉月さんは?」


「ああ、今日はデートみたいよ、お泊まりで。温泉だって」


「今季最後の温泉か、いいわね。お土産は温泉饅頭(まんじゅう)かしら?」


「リア充葉月にお土産もらってばっかりよね。たまにはお土産買う側に回りたいわ」


「そういえば由夏、あのカレは? 商社マンの……」


「ストップ! 目下審議(しんぎ)中につき、その話題についてはまた今度!」


「あ……なるほど。でも私から見れば、由夏もなかなかの〝リア充〟よ」


由夏はふうっと溜め息をついた。

「なに言ってるの、かれんはね、Workaholicだから自分の身の回りの情勢に気付いてないだけよ! 恋愛なんてさ、至る所に転がってんだから。かれんはそれを拾わないだけ!」


「そんなつもりはないんだけど……」


由夏は空になったグラスをトンと置いて、しばらくかれんを見つめる。


「な、なによ?」


「ん……そういう無頓着な所もいいんだろうな……」


「なにが?」


「かれんの知らないところで泣いてるオトコも居るってこと! リサーチでもしてみる?」


「やめてよ、今はWorkaholicで結構よ!」


「真面目な社長様ですこと。そうだ私、今は恋が審議中っていうことが効いてるのかも知れないんだけどさ、最近ショーモデルのスカウトが立て続けにヒットしてて!」


「そうなの? メンズ?」


「もちろんメンズモデル! やっぱりイケメンに目がいっちゃうからかな、街にはいい素材がゴロゴロ溢れてるわけよ!」


由夏は顔を上げて店内を見回す。

「ねぇねぇ! ちょっと、見て見てかれん! あの子、けっこう良くない?」


店の入り口付近で食事しているカップルを指差す。


「あ……確かに、由夏の好みのパーツよね。手足が長くて、頭が小さくて」


「そう! 首が細くて三頭筋が発達し過ぎてないカラダ! さっそく声かけちゃおうかな!」


「え? 今ここで?」


「どこでも関係ないわよ! スカウトは一期一会(いちごいちえ)なんだから! ねぇ、あの彼女の方も可愛いから、ブライダルショーの素人モデルの枠で二人で出てもらうっていうのはどうだろ?」


「あ、それはいいわね!」


「決まり! そうとなればすぐ商談、行ってきます!」


「あ、由夏……」


由夏は人なつっこい笑顔で近寄っていった。



   ホント由夏には関心する。

   確かにあの彼なら……

   由夏が見境なく声かけちゃうのもわかる気がするな。

   ん? あのスタイル……

   どこかで見たような……

   誰かに似てるけど……誰だっけ?



「ただいま!」

にこやかに由夏が戻ってきた。


「ホントよくやるよね。決断力と瞬発力にかけて、由夏の右に出る者はいないわ」


「まあね」


由夏は彼らのテーブルに会釈を投げ掛ける。

かれんも、ぴょこんと頭を下げた。


「で、どうたったの?」


「八割五分ってとこかな。イベントの主旨と場所は伝えたから、あちらのスケジュールと彼女の意向次第ってとこ。名刺渡して連絡先も聞いてきたから、しばらくしたらまたコンタクト取ってみるわ」


「ホント、アクティブ!」


「今回ダメでもさ、彼氏だけ貸してくれないかなぁ……女の子のモデルは沢山いるけど、あの子たちに見合うメンズはなかなか見つからないのよね……まず身長をクリアしないと」


「ご苦労をかけますね、敏腕プロデューサー!」


「まあ半分趣味でやってるからね。任せなさい!」


「心強い! でも、由夏ってさぁ、自分の彼氏はああいうタイプじゃないのよね?」


「そうなの、バーチャルな世界でのみ、『リカちゃん人形のボーイフレンド』みたいな……」


「あ! 昔、持ってた! 『レンくん』とか『ハルトくん』とか?」


「そうだな、どっちかって言うとバービー人形のボーイフレンドの『ケン』かな? とにかくバーチャルはそっちがいいんだけど、やっぱりリアルは……顔が近い方が好きかな?」


「へぇ、そこは全く別なのね」


「かれんはどっちなの?」


「もう! そこは聞かなくていいの!」


「じゃあ……別の質問」

由夏はグラスを置いた。


「なに?」


「その足、どうしたの?」


「え……」


「気付かないとでも思ったの? そんなローヒール履いてさ。それにちょっと足、引きずってるじゃない」


「鋭いなあ……実は昨日ね、ちょっと転んで……」


「だったら今日呼ばなかったのに! みずくさいんだから!」


「大丈夫よ、たいしたことないから来てるんだって」


「そう?」


「そうよ!」


「ホントに?」


「ええ、もちろん……あ!」


「え、なに? かれん、どうしたの?!」


「あ……ううん、なんでもない……」


「変ねぇ。まさか、もう酔った?」


「ああ……酔ったのかも……」


そう由夏には誤魔化した。

でも、ハッとしたのは酔っているからではなく、さっきの彼のスタイルが一体誰に似ているのかに気付いたからだった。



第5話『ファビュラスJAPAN』- 終 -

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