第47話『レイラの資質』
第47話『レイラの資質』
健斗の所有するカフェ『The Sunset Terrace』の個室で、由夏は時計に目を落とす。
「そろそろレイラちゃんが来る時間なんだけど……レイラちゃんはCEOの話はどこまで知ってるの?」
「あいつは俺のいとこだから……親からも聞いてるみたいだったし『ヘイスティングス社』の一人娘っていうのもあって、あらゆるパーティーにも出席してるからなにかと情報通でさ。この前も、たまたまこの店で食事してたときに、その話題に突っ込まれたところなんだよね」
由夏は思慮深い表情で頷いた。
「そう。じゃあそっちはいいとして……もうひとつ、レイラちゃんはあなたとかれんとの事は、どこまで気付いてるかんじ?」
健斗は不穏な顔をする。
「へっ、気付く? なにを? あいつはなんも思ってないって。そうは言っても、レイラはまだ子供だよ」
由夏は驚いた顔を見せた。
「ええっ? もし本当にそう思ってるのなら、あなたもかれんに負けないぐらい鈍いかもよ?!」
「は? なんで!」
「私から見れば、レイラちゃんは精神的にとっても大人だと思うけど。周りもよく見えてる子よ。なんならあなたたちよりも」
健斗は眉を上げる。
「まさか。あ……まぁそりゃ確かにあいつは小さい時から大人に囲まれて育ってるから、情報には敏感だし、俺にも対等の口きいてきやがるしなぁ。鋭いところもあるかもしんねぇけど……俺に言わせりゃ、女はみんな細かいっつーか、そんな感じなんじゃないのか? よくわかんねぇ」
由夏が笑いだす。
「えー、なにそれ?! プレイボーイが言う言葉かしら?!」
健斗が憮然とした顔で首を振った。
「本当にプレイボーイだったら何もかもうまくやってるっつーの!」
「あはは! そうね、そうじゃないあなたが素敵だわ」
「それはそれは、光栄です」
健斗が皮肉な笑みを浮かべる。
ドアが開いた。
「あ! レイラちゃん!」
「由夏さん、お待たせしました! あれ? なんだか楽しそう!」
由夏に笑顔を向けたレイラは、健斗の方を向くと同時に口を尖らせる。
「珍しく早いじゃない? 大学にいたんなら私も拾ってよ! タクシー来なくて困ったんだから!」
すかさず由夏がフォローする。
「レイラちゃんごめんなさいね、大学が近いからって、こんな山の上に呼び出しちゃって」
「いいんですよ由夏さん! このお店、本当は健ちゃんの店なんですから。あ、厳密に言うともうすぐ正式に健ちゃんに経営権が渡るお店なんです」
健斗が頭を抱える。
「あれ? 言っちゃダメだった?」
「いいえ、大丈夫よ。レイラちゃんはかなりしっかり把握しているようですけど? センセイ?」
由夏の視線に、健斗は苦笑いする。
「レイラちゃん、実はね、その事も聞きたくてセンセイには早く来てもらってたのよ」
「へぇ……そうなんですね……」
レイラは一瞬考えるような表情を見せたが、すぐににっこりと表情を変える。
「あれ? 二人とも飲み物だけ? 私、お腹すいちゃったからケーキ頼もうっと! ねぇ由夏さん、ここのケーキ、なかなかイケるんですよ! 観光ガイドに載せたメニューなんて、今や数量限定ですもん。なんか流行り過ぎて顔さしちゃうから困るんですけど」
「そっか! お店の前でも声かけられそうよね?」
「そうなんですよ。でもそれより困るのがSNSで……学校でもなんですけど、隠し撮りされちゃうから……」
「なるほど、人気者も大変ね」
由夏にレイラがメニューを差し出した。
「由夏さん、どれにします? あ、由夏さんってお酒が強いイメージがあるんですけど……甘いものは大丈夫ですか?」
健斗が吹き出す。
「ちょっと! レイラちゃんまで私を酒豪扱い?!」
「だって、打ち上げの時なんて、もうみんな潰れてるのに、まだ日本酒を注文してましたもん。〝ほっけ〟とか〝なめろう〟だっけ? 私の食べたこともないものをつまみながら、もう永遠に呑んでるってイメージで……」
笑い転げる健斗に由夏が釘を刺した。
「センセイ、笑いすぎよ!」
「あは……すいません」
由夏はレイラに身を寄せる。
「大丈夫、甘いものも大好きよ。あらゆるスイーツコレクションをイベントとして成功させてきた身だから、舌にも自信があるの」
「すごい! やっぱり〝ファビュラス3〟って万能なんですね!」
「あはは。レイラ、どこに感動してんだ!」
愉快そうな健斗を置き去りに、二人はケーキを吟味した。
「悩むなぁ……今日の気分だとモンブランなんだけど……ねぇ健ちゃん、このケーキ、前とちょっと変わったよね? タルトも食べたいから、半分ずつにしない?」
健斗は呆れ顔でレイラを見下ろす。
「お前は小学生か?! いらねーよ俺は」
結局由夏とレイラでシェアすることにした。
「二人は仲がいいのね」
由夏が二人を交互に見る。
「まあ、俺ら二人とも一人っ子なんでね」
「でもね、こうやって会うようになったのは健ちゃんが帝央大学に来てからなんですよ。健ちゃん東大だったからずっと忙しそうだったし」
「え、藤田センセイ、東大だったの?!」
驚いた由夏は天を仰いだ。
「あれ? 知らなかったですか? 健ちゃんって自分のこと全然話さないんですよね。自分に無頓着なのか、秘密主義なのかよくわかんなくて」
笑いだす由夏に、健斗はしらけた表情を向けた。
フォークをくわえながら、レイラはさりげなく由夏に問いかけた。
「で? ホントのところは、今日のお話は次のイベントの話じゃなくて、健ちゃんの就任パーティーのことなんじゃないんですか?」
その言葉に二人は驚く。
「お、お前……そんなに具体的に知ってたのか?」
レイラは健斗に向き直す。
「ふふふ。実はね、就任パーティーを『ファビュラス』さんに任せたらどうかって、藤田のおじさんに提案したのは私なのよ」
「ええっ!?」
涼しげに言うレイラに、由夏と健斗が同じ反応をみせる。
カラカラと笑いながらレイラはグラスに差したストローを回す。
「だって、規模を小さくするとはいえ、華々しい就任披露パーティーよ。『ファビュラス』さんが最適でしょ? 由夏さん、もうプランは決まってるんですか?」
「ええ……日程だけはまだだけど、あちらのご要望に合わせて企画書はあげてるわ」
「ほらね健ちゃん! これが『ファビュラス』なんだから! 出席者もほぼ決まってるって、私のパパも言ってたし」
「そうね。まぁ、あと窺うべきことと言えば……ご本人のご意向くらいかな」
レイラが健斗を突っつく。
「ほら! クライアント側がはっきりさせなきゃ!」
「え? 俺がクライアントになるのか? 親父だろ?」
「そんな悠長なこと言ってたら、大企業のCEOなんてつとまらないわよ!」
由夏が感心する。
「レイラちゃんはホント、先見の目があるわね。モデルだけじゃなくて経営戦略にも長けてそう」
「嬉しい! 憧れの『ファビュラス3』にそんな風に言ってもらえて! そうだ! かれんさんはどう言ってるんですか?」
その質問に由夏と健斗が固まる。
「あれ? もしかしてまだ? だったら私、近々かれんさんと食事に行こうって話してたから、私から……」
「いや」
レイラの言葉を健斗が遮る。
「その話は、俺から話す」
由夏が静かに見つめる隣で、レイラが不思議な顔をした。
「ふーん……そうなんだ」
由夏がすかさず挟む。
「ああ……近々、そっちの打ち合わせもしなきゃって思ってたから、なんならそこにかれんを呼ぶわ」
レイラは由夏の言葉に納得したように頷いた。
「なるほど。そういうことなら」
レイラのスマートフォンが鳴って、彼女が退出すると、由夏と健斗は自然と背もたれに身を倒した。
「この緊張感こそが、あなたの答えってことよ、センセイ。わかった?」
「いや……」
「自分で話すのね?」
「まぁ……とっさにそう言っちまったけど……困ったなぁ、いきなり話すことでもないし……」
由夏はクスッと微笑んだ。
「ハイスペックで、どんな難しい問題も解けちゃうあなたにとって、恋愛の方がより難解だなんて。あるいみ神様は平等なのかしらね?」
「由夏さん、笑うことないだろ! ってか……ああは言ったものの、どうしたもんか……」
ちらりと由夏を見る健斗に、由夏は手のひらを向ける。
「あら? 私を頼らないでよ。かれんのことは任せたんだから!」
「えーっ! マジか……」
健斗が頭を掻いた。
「あなたが言ったんでしょ?」
「そうだけど……」
あからさまに困った顔をする健斗を見て、由夏は豪快に笑った。
「あら!? また私がいない間に楽しい話?」
レイラが入ってくるなり頬を膨らませた。
「違うわよ。藤田先生に〝CEOになるってどんな気分?〟って聞いたら困った顔するから、それが面白くてね」
「それなら私も聞きたいと思ってた! ねえ健ちゃん、天下の『JFMホールディングス』のCEOになるって、一体どんな気分なの?」
「いや……その……」
健斗はこめかみを掻きながら、レイラの視線をかいくぐって、由夏を睨む。
由夏は依然、愉快そうにクスクスと笑っていた。
第47話『レイラの資質』- 終 -




