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『記憶の森』 Leave The Forest ~失われた記憶と奇跡の始まり~  作者: 彩川カオルコ


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第46話『あらゆる核心』

第46話『あらゆる核心』


『JFMホールディングス』の次期CEOであることを由夏に言い当てられた健斗は、観念したようにカップを置いて、テーブルに(ひじ)をつく。


「ああ、間違いはないが……ただ、正式な日取りは教えられていないんだ」


「そうよね、こっちにもだいたいの日程しか伝えられていないわ。にしても、浮かない顔よね? 普通は華々しく就任パーティーを開いてもらえる立場なら、喜ぶべきことなんじゃないの?」


健斗は伏し目がちに苦笑いを見せる。

「それは……いつかは継がなきゃならないって漠然と思ってたが……こんな早い時期だとは」


「そう……でも、天下の『JFMホールディングス』よ? 超一流企業の代表のポストを望まない人なんて、いるのかしら? なにか理由でも?」


健斗はまた渋い顔をする。

「正直言うと……俺はCEO就任を望んでいない。少なくとも今はね。俺はずっと数学の道でやっていきたかったからね」


由夏はふうっと息をつく。

「そうだったの。准教授と掛け持ちって訳には……いかないわけね?」


「まあ多分」


「そりゃそうか。あなたもあなたなりの葛藤(かっとう)があるのね」


由夏は一旦カップに口をつける。

「それともうひとつ」


「ん?」


「かれんは知らないのよね? あなたの正体」


「え? ああ、知らない……」


健斗の態度に、由夏は片眉を上げた。

「どうしてなの? かれんには言わないつもり?」


大きな目で覗き込んでくる由夏の視線をかわすように、健斗は大きく息をつきながら窓の外に視線を向ける。


「……どう言っていいかわからないし、わざわざ言うことでもないと」


「まぁ、切り出しにくいのも、わかるけど」


「俺の方もこんな感じで、何かとややこしいわけで……あいつ、そんな話したらさ、またパニックになるんじゃねぇかなって……」


由夏は上目遣いで顔を寄せるようにグッと近付いた。

「じゃあ聞くけど、あなたとかれん、どうなってるの?」


その質問に、健斗は目をむく。

「ど、どうって……」


「まぁ、こんなことを私が聞くのは下世話なことなんだけど、例えば今回のこの案件、もしも二人がたいした関係じゃないのなら、普通に私からかれんに伝えることができるんだけど……そうじゃないのなら、慎重にいかないとって思って。とりあえず話してないわ。かれんにも、おしゃべりな葉月にもね」


「そうか……」


「うん。だからね、この際あなたに聞いておきたいなって思ったの。加えて親友としての立場でも」


健斗は頷きながら視線を下げる。

「正直あいつとの関係性がどうとか、そんなことはよくわからないが……ただあいつ、なんか色々抱えてるだろ? いつも何かしらと戦って見えるんだよ。だから漠然と、混乱させたくないなぁって思ってさ」


「ふーん。その優しさは特別な思いがもとで出てくる感情ではないわけ?」


「特別な?」


「ええ。例えば、レイラちゃんとか波瑠くんとか、私とか? そう言う周りにいる人たちと、かれんは同等なのかな? 私には、違って見えるんだけど」


「それは……どういう……」


由夏が意を決したように顔をあげた。

「ねぇセンセイ、ついでって訳じゃないんだけど、前々からすごく気になってたことがあってね。この際だから、聞かせてもらっていいかな?」


由夏の真剣な眼差しに戸惑う。


「な、なんだよ」


「この前の山上ホテルのブライダルショーの後なんだけど……」


健斗の顔色が変わる。


「あなたはかれんを送ってくれたでしょ? もしかして……かれんに何かあったんじゃない?」


健斗は眉をしかめて視線を逸らす。

「いや……それは俺の口からは……」


由夏が肩を落とした。

「そっか……あった、ってことか。あの子、あなたに口止めしたのね。電話口でのかれんの様子も変だったし、いくら私から頼まれたとはいえ、あなたが夜中にかれんに電話までするなんて、不思議に思ってたのよ。じゃあ……そうね、言いにくいなら当ててみましょうか? かれん、セクハラにあったんじゃない?」


健斗は目を見開く。


「図星か……」

由夏は大きくため息をついた。


「どこの業界でもある話だとは思うけど、特にウチのクライアントは男性が(ほとん)どだから、学生時代からも、多かれ少なかれ嫌な思いはしてきたわ。今までも乗り越えてきたし、大人にもなったし、いわば多少の免疫もあるし覚悟もあるわけよ。かれんは会社を背負ってる身だから、それなりの対応は出来てきたんだけど……それにしても、あの日のかれんの様子はおかしかった。ねぇセンセイ、言いにくいのは承知でお願いするわ。あの日何があったのか、教えてもらえない?」


由夏のかれんを思う気持ちを疑う余地はなく、かれんもまた、由夏に負担をかけまいと黙っていたに違いないと思った健斗は、ホテル社長によって森の奥に連れていかれた話から、かれんの身に起こったことの経緯を話した。

由夏の顔から血の気が引いていくのが見て取れる。

その目に怒りが(あらわ)となり、そして再びいつもの由夏に戻った。


由夏が頭を下げた。

「ありがとう、センセイ。かれんを助けてくれたのね。あなたに残ってもらって、本当に良かったわ」


「それは俺も良かったと思ったよ。由夏さんのお陰で、あいつを守ることが出来たし」


由夏は水を飲み干した。

いつもの明るい顔に戻っていく。


「あーあ! かれんを残していくんじゃなかったわ! あのホテルの支配人さん、最高にいい人だったから油断しちゃった。そのバカ息子には私たちも会ったことなかったのよ。ホテル側も存在を隠してる感じだったしね。それにしてもセンセイ、よくそいつの父親の話が持ち出せたわね?! ファインプレーじゃない?」


「ああ。たまたまその数日前に、ウチの親父(オヤジ)からその会合に顔を出さないかって誘われて、出席者の名簿を見せられてた。ただ、あのブライダルフェアの日だったからさ、それを口実に会合を断ったんだ」


「そうなのね! 藤田センセイ、やっぱりあなたって凄いわ。機転も利くし、何よりかれんを救ってくれた! 最高よ! そんな人だと思ってた! かれんがちゃんとあなたのこと好きになればいいなって、心から思ってるわ!」


健斗が立ち上がらんばかりに身を起こした。

「ち、ちょっと待った! 何か、話が違う方向に行ってないか?!」


由夏は平然とした表情を向ける。

「え? まさか……自分の気持ちに気付いてないとか?」


「は? 自分の気持ちもなにも……」


「もしもあなたの中に、かれんのことが特別な存在として映っていないと本気で思っているのなら、センセイはこの先も一生恋愛するのは不可能よ?! だって鈍感すぎるもの」


「ちょっと! それはひどいんじゃぁ……」


「あ、もしくは全ての女性に優しくして(はべ)らせようっていう、超絶(ちょうぜつ)八方美人のとんでもないプレイボーイか……」


「そんなの無理に決まってんだろ」


「そうね、体がいくつあっても足らない。それほどのことをあなたはかれんのためにやってのけてるのよ。そこにあるのはただの友情かしら? 私には愛にしか見えないんだけど」


健斗は困惑したように頭に手をやる。

「由夏さん……」


「ごめんなさいね。始まったばかりの恋の芽をえぐり出そうなんて思ってる訳じゃないのよ、だけど困ったことに……」


「なに?」


「かれんはね……実はあなたよりも更に、鈍感なタイプなの!」


健斗はプッと吹き出した。

「ははは、確かに。見るからに鈍感だ!」


「でしょ? もう見てられないわよ」


お互いそれぞれ別の光景を頭に浮かべながら笑いだす。


「こうやってね、かれんのことを分かち合って話せる人が現れたってことが、私にとっては本当に嬉しいことなの」


「親友ってそんな気持ちなのか? すごい(きずな)だな」


「かれんはあなたが言うように、社長っていう立場も含め、色々背負って生きてきたし、恋愛においても苦労して来てるからね。それにね、水くさいことに、何でも話せる間柄(あいだがら)であるべき(はず)なのに、私の心に負担をかけまいと、大事なことも秘密にしたりしちゃうところがある。まぁ、誰よりも傷の痛みを知ってるからなんだと思うけど」


健斗は何度も頷きながら聞いていた。


「ただね、教えておいてあげる! あの子ね、ライバルは意外と多いわよ!」


「え?」


「私に恋の相談をしてきたのは、あの〝元カレ〟だけじゃないってこと!」


「ええっ?!」


「でも安心して! 私が()してるのは藤田センセイだけだから!」


健斗は大きな手で顔を押さえる。

「……まいったな」


「大変よ! このままずーっと平行線ナンテことも充分ありうるわけだから? なんせ相手は相当手強(てごわ)い〝恋愛鈍感娘〟なんだから。どうするの?!」


「わ、怖えぇ……俺もきっと苦労するな」


「間違いなくね! でも、そろそろ決め時かも!」


「由夏さん、簡単に言わないでくれよ!」


二人は笑いながそれぞれのカップを持ち上げる。


由夏が挑発的な眼差して微笑んだ。


「ようやく認めたわね、セ・ン・セ・イ!」


その言葉に、健斗はコーヒーを吹き出しそうになる。

悠々とカップを飲み干す由夏の姿を、健斗はぎこちなく固まったまま見つめた。



第46話『あらゆる核心』- 終 -

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